4.譲りたがりの空挺騎士

 空挺騎士エアロナイトなんてもてはやされても、所詮は超高高度を担当する取締係ってだけだ。いつもいつも空を飛んでいられるわけじゃない。


 捕縛の仕事が終われば、面倒くさい書類仕事が待っている。

 それに、捕縛対象の尋問だって。


「正直、僕は飽きてきたんですけど」


 ノートに向かってため息をついたが、机の向こうの相手――先日捕縛した狙撃手は、後ろ手の拘束もどこ吹く風で、なんでもない顔をしている。


「こっちだってそうさ。いい加減、俺を解放するか、さもなくば早々に裁判に送ってくれよ」

「残念ながら、疑いがある間はそれができないんですよね」

「なんの疑いがある? 俺はあんたを狙って撃った。それがバレて捕まった。罪状は明らかだ」

「殺人未遂――まあ、相手が僕なんで公務執行妨害がメインになりますね。問題は、なんでそんなことをしたか、ですが」

「お高くとまってるエアロナイトを墜としてやったら面白いだろうと思ったんだよ。何回言わせるんだ」


 そのしれっとした顔の自白を、信じるヤツはいないだろう。

 少なくとも、空挺騎士団はそんな善人の集まりじゃない。この犯人が僕らをどう評価しているのかは知らないが。

 ……と、いうわけで、僕は本日十五回目のため息をついて、再び同じ質問を繰り返すことになったのだった。


「……で、動機はなんですか」

「愉快犯だよ。そこにもそう書いてあるだろ」


 こいつぶん殴ってやろうかと思ったが、腐っても僕は空挺騎士である。

 そんな非人道的な尋問は認められな――


 ――とか考えた直後に、ガンッ、と机が鳴った。


「ふん、いいだろう。もう一度言ってみろ。そこの坊ちゃんは優しいが、俺はそう甘くはせんぞ。どうせ足取りは辿れてるんだ、正直、貴様が真実を吐く前に死んでも構わん」

「……ロイ」


 いつの間にか入って来たロイが、狙撃手の頭を机にぶつけたのだった。

 十六回目のため息。


黒百合騎士団ヴェンデッタナイツの隊長様が、どんなご用で僕らの隊の尋問室にお越しですか」

「まだるこしい喋り方はやめぃ」

「では、侯爵閣下の三男坊とお呼びいたしましょうか?」

「……貴様も同じように殴られたいか」


 自分をおいて始まった言い合いに、狙撃手は机に顔を押し付けられたまま目を丸くしている。

 そちらを見もせずに、ロイは狙撃手の後ろ髪を掴んだまま持ち上げると、再び天板に叩きつけた。

 鼻のへし折れる鈍い音と共に、赤い血が机上に飛ぶ。


「ちょっと、ロイ。ひとの隊の獲物だからって、好き勝手やるのはやめてくれよ。お貴族様の君はやりたいことやってすっきりできるかもしれないが、僕ら平民はルールを破れば後で始末書書くことになるんだぞ」

「残念ながら、もはやこいつはお前の獲物ではなくてな、幼馴染殿」

「……どういうこと?」

「罪科が変わった。こやつの身柄は、今この時から我々第二隊ヴェンデッタが引き受ける」


 ロイの手元から、はらりと一枚の紙切れが落ちる。


「……国家反逆罪の疑い?」


 引き渡し決定の指示書を読み上げると、狙撃手の顔色が微かに変わった。

 確かに、僕らアプローズとヴェンデッタでは捜査範囲が変わってくる。

 どちらも超高高度における犯罪捜査を職域とはしているが、一般的な平民の犯罪を取り扱う僕らに対し、貴族の子弟が多く所属するヴェンデッタは貴族階級以上に関わる犯罪を取り扱う。当然、互いの持つ権限も変わってくるわけだ。


 それを考えれば、国家反逆なんて大事はロイたちが引き受けるのが妥当だろう。

 ……それに、今の狙撃手の反応からして、どうやらロイの独断専行ではなくそれなりの証拠があってのことのようだし。


 ロイの手によるひどくガサツなサインの入った書類を持って、僕は、これ幸いと席を立つ。


「そういうことなら君に任せるよ。後はよろしく」

「はは、相変わらずだな、幼馴染殿。正義よりも真実よりも、お前の追うのは空だけか」

「面倒な仕事をやってくれるって言うなら、ごねる必要ないでしょ」


 ひらひらと手を振って、尋問室を後にする。

 なんで大人しく譲ったんだなんて、後からシィラン辺りに怒られそうだけど――ま、どうでもいい。それより、浮いた時間で少し空中遊泳パトロールと行こうじゃないか。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「――なんで大人しくヴェンデッタに譲ったんだ!」


 やはりと言うか、当然と言うか、普通に怒られた。

 がりがりと髪を掻きまわすシィランの横で、エクリュ隊長も微妙な顔をしている。


「譲るなとは言わんが。俺たちが戻るまで少し時間を稼いでくれたら……まあ、ありがたかったかな」

「指示書がありましたので。隊長ご不在の時間に、同格である他隊の隊長から命令を受ければ、そちらに従わざるを得ませんでした」

「おーまーえーはっ! どうせ、おれとエクリュがお前に尋問押し付けて、飛んでたのが気に食わなかっただけだろっ! これ幸いと事務所出て行きやがって!」

「わかってるなら、どうして僕に押し付けたんですか? 最初からあんたがやればよかったんですよ、シィラン」

「そうやって好きなことばっかやってたら仕事になんねぇんだよ、このバカ! せっかく経験を積ませてやろうっていう上司の心遣いを無にしやがって」

「もうやめろ、二人とも」


 無意味な言い合いを止めたのは、隊長の落ち着いた声だった。

 声を張っているわけでもないのに、なぜか彼の言だけは無視できない。

 線は細いがひどく整った顔立ちとなにを考えているのかわかりづらい無表情には、妙な迫力がある。


 黙り込んだ僕たちにそれぞれ視線をあててから、エクリュ隊長は長い銀髪をさらりとすいて続けた。


「次の任務だ。明後日の皇帝陛下生誕祝賀パレードにおいて、第一皇女シドレッタ殿下の超高高度圏における護衛は我々アプローズナイツが引き受けることになった」

「皇女殿下の護衛ぃ? なんでただのパレードで皇女が超高高度まで上がってくるんだよ」


 僕の感想もシィランと同じだったので、黙って頷いておく。同じ意見だと認めるのは、腹立たしいが。

 だけど、これまで皇帝一族がなんちゃらと理由をつけて帝国首都:浮遊都市ラグセリエンをパレードすることがあっても、超高高度まで上がってくるなんてことはなかったはずだ。


 エクリュ隊長は、顔色ひとつ変えずにその疑問に答えた。


「超高高度開発が進み、帝国民の居住者が増えたから――と、いうのが表向きの理由だが。まあ、超高高度開発企業が圧力をかけたんだろうな。皇女が通るとなれば、見物客も増える。周辺の店舗にとっては売上向上につながるだろう。長期的に見れば、皇族パレードが通るルートは、主要通路として認められうる」

「……じゃあ、そんな大事な話がこんな前々日なんて直前になって、僕らのところに来るのはなぜですか。担当範囲から言えば、通常はヴェンデッタが引き受けるべきでしょう」

「第一皇女がパレードで超高高度を通るのは、最初から決まっていたことだ。護衛はヴェンデッタがやると言っていた。ところが――それが直前で覆った」


 書類から顔を上げ冷ややかな琥珀の瞳が、静かに僕らを見据えた。


「超高高度パレードに、第二皇女リーリア殿下も参加すると言い出した。ヴェンデッタはそちらの護衛に当たることになった」

「……つまり、上の方々は、シドレッタ姫よりリーリア姫に第二隊ヴェンデッタを当てるって言い出したのか? 後付けで割り込んできたワガママ姫を優先して?」

「そうだ」


 皮肉げなシィランの声も、エクリュ隊長は一言で肯定するだけだ。

 どこかで舌打ちが鳴った気がしたけれど、シィランが鳴らしたのか、それとも――いや、僕自身のものかもしれない。


 第一皇女シドレッタ殿下が、皇帝の正妃の娘ではないという話は、僕も耳にしたことがある。

 当時は、ひどく大きなニュースになったものだ。帝国中枢の直接の検閲を受ける大新聞社は黙したままだったが、僕ら平民が簡単に手に入れられるゴシップ誌は、どこもこぞってその噂を取り上げた。

 曰く、高慢な貴族の娘である正妃に飽きて、愛嬌のある平民の娘に浮気した皇帝陛下の落とし胤。


 実際、正妃とその実の娘である第二皇女リーリア殿下には、似つかわしいところも多い。宝石のような金の髪や青い瞳、少し冷淡に見える顔立ちは、正しくその血を引いていると思わせる。

 ところが、シドレッタ殿下と来たら、親しみやすいもの柔らかな雰囲気の顔立ちに、平民にも多い赤毛に栗色の瞳をしている。

 幼い頃に養子となって、戸籍上は皇帝夫妻の娘ということになっているが、その出自については、たぶん帝国民が想像する通りなのだろう。


 そのせいか、シドレッタ殿下は平民にひどく親和的で、帝国上層部からはあまりウケがよろしくない、という話も聞く。逆に、平民たちからは一種のアイドルじみた熱狂的な敬愛を一身に集めていたりするのだが。


 元の予定をひっくり返し、後から言い出したリーリア殿下を第二隊に護衛させることになったいきさつには、そんな皇帝一家のあれこれとあまたの忖度があるだろう。


「はっ、血統主義か。いつまで経ってもお貴族様の考えときたら」


 吐き出したシィランに対し、エクリュ隊長は珍しく、微かに唇を歪めてみせた。


「そうは言うが、シィラン。結果的に貧乏くじを引いたのがどちらなのかを考えれば、シドレッタ殿下にとっては最善の決断がなされたとも言えるんじゃないか?」


 淡々と述べられた皮肉に、僕とシィランは顔を見合わせて苦笑したのだった。


 ああ、まったく隊長の言う通りだ。

 あの死にたがりなんかに任せるより、僕らアプローズが護衛する方が何万倍も安全だってこと、見せてやろうじゃないか。

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