2.上司殺しの空挺騎士

「どうやら、生きてはいるらしい。全身ひどい打撲だったそうだが、命だけはとりとめたようだ」

「おー、おめでとう! やっぱヘルメットだのギアだのつけとくもんだなぁ。普段は邪魔だとしか思わんが、ヤツが命を大事にするタイプでよかったぜ」


 エクリュ隊長の報告を聞いて、僕の隣でシィランが手を叩いた。

 青薔薇騎士団アプローズナイツの事務所、小さな衝立をはさんだミーティングスペースで、先ほどのターゲット追跡に関するデブリーフィング中である。


 帰署直後のため、ギアの半分はそのままだが、さすがにヘルメットは脱いでいるし、シィランにいたっては首元から胸までジッパーを開け放している。裸の胸元を出しっぱなしにされても、むさくるしいだけだからやめてほしい。

 僕の視線に気づいたのか、シィランがちらりとこちらに視線を流した。僕より頭一つ分上の身長が、こういうときに腹立たしい。

 よく晴れた青空みたいな瞳をしているくせに、性格ときたら。


「おーいー、なんか言うことあるんじゃねぇの、クラウス? ほんと、あれこれ勝手しやがってぇ」

「……エクリュ隊長、すみませんでした」

「そこ、おれに対してじゃないわけ?」


 シィランに謝るのはさすがに嫌だ。

 隊長は、薄い唇を微かに歪めて、苦笑を浮かべた。


「クラウスは飛びたがるだろうと、わかっていたからな。人選ミスをしたのは俺の方だ」

「おい、エクリュ。そりゃねぇよ、甘すぎるだろ」


 シィランが唸るような声でエクリュ隊長に食ってかかった。

 職位こそ副隊長だが年齢はシィランが二十八歳、エクリュ隊長は二十五歳だったかで……シィランの方が年上だ。だから、二人の会話は敬語も敬称も取っ払っていてひどく気安い。

 まあ、僕もシィランに対しては敬称なんて使わないけど。


「クラウスはまだ若い。うまく動けるように、こちらがフォローすべきだろう」

「ンな優しくしなくても、こいつはちゃんとやれるさ。ただの我儘だ、おれに対抗したかっただけだろ」

「……ぐッ」


 思わず口から出かけた罵倒を飲み込んだ。ここで言い返したら、その通りだって認めるようなもんじゃないか。


「仕方ないよな。お前だって、男同士バチバチ熱い感情のぶつけ合いしたいんだろ? 男だもんな」

「――いや、別に」


 気を静めて答えたが、シィランはわかったような顔で頷いている。

 待て違う、そういうんじゃない! 僕はただこいつが気に食わないだけだ。

 いや、もっと気に食わないヤツも他にいるけど……と、頭に浮かんできたロイの顔を振り払いつつ、改めてシィランを睨む。

 睨まれた方は既に僕から目をそらしているけれど。


「な、エクリュ、優しいだけじゃ部下は育たねぇぞ。いつも言ってんだろ」

「別に優しい訳じゃない」

「ああ、単に興味がないだけだよな」

「シィラン」


 エクリュ隊長は一度なにもない天井を仰いでから、結局はそれ以上言い返さなかった。

 そして、僕に視線を戻す。


「まあ、俺もシィランもお前のように飛ぶことにこだわってはいない――なにしろこれまで数えきれないほど飛んできたし、そもそも好きで飛んでいるわけじゃ……」

「おい」

「……いや、訓練で飛ぶだけで十分だ。だから、お前が作戦の時にもっと飛びたいと言うなら、次からそれを中心に計画を立てることにするが」

「いえ、大丈夫です。……すみませんでした。シィラン……さんの言う通り、僕の我儘です」

「そうか、ならいい」


 ぽん、と僕の頭を軽く叩くように撫でて、エクリュ隊長はすぐに話を戻した。


「多少計画を修正しながらだが、ターゲットを追い詰めたのは各位の尽力によるものだ。最後の狙撃は完全な想定外で、これこそ俺の責任と言うべきところだろう。つまり、お前たちはよくやってくれた、お疲れ様」

「あの、隊長。最後に僕を撃ってきた相手はあの後どうなりましたか?」

「捕まらなかった。シィランが追ってくれたが、人ごみに紛れて見失ったそうだ」

「悪ぃな。さすがに商業施設の中に、騎馬で突っ込むわけにはいかなくてね」


 しれっと言われた。軽い謝罪の様子からして、そんなに悪いとも思ってないのだろう。

 ……まあ、僕もシィランに対してなんか絶対に謝らないので、お互いさまと言えばそうだ。


「今回のターゲットの関係者でしょうか?」

「どうだろうな。ターゲットが回復すれば、聞き取り調査もできるかもしれないが、捕縛して地面にしばったからには、もう俺たちの捜査範疇から外れている」

「もともと、陸上憲兵アンツから回ってきた話だからねぇ。えっと……一般人向けの詐欺か。ケチな罪で超高高度までよく逃げてきたなぁ」

「詐欺事件なら、背後に大きな組織があることも多いですが――」

「そりゃお前は狙われた側だから、気になるのはわかるけどよぉ。まあ、終わったこと終わったこと。次の話しよーぜ」

「……では、このままプリブリーフィングとするか」


 シィランに乱雑に片付けられ、話題は強引に次のターゲットへと移った。

 納得いかない気持ちは、残っていたけれど。

 少しばかり二人に借りのある僕には、なにも言えなかった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「じゃあ、俺は上に報告に行ってくる」


 隊長がミーティングスペースを出て行く。

 その背中を見送っていると、シィランが隣から手を伸ばしてきた。

 肩を掴まれて引き寄せられる。


「おっし、じゃあおれらはメシでも行くかぁ」

「行きませんけど。馴れ馴れしいですね」


 腕を振り払って立ち上がった。

 が、シィランは後ろからしつこく追いかけて来る。


「お前さぁ、あんま飲み会とか来ないって? なんか下のヤツらがわいわい言ってたぞ。三番手が冷てぇって」

「三番手?」

「お前だよ。隊長・副隊長に次ぐ実力派」

「別に、そんな職位ないでしょ」

「そりゃないけど、最近おれらが組むときっていつもお前ばっかだろ。エクリュがお前の実力認めてるからだって、みんな言ってる」

「ふーん……あんたはどうなんですか?」


 僕は、ぴたりと足を止めた。

 シィランは一歩先へ踏み出してから、こちらを振り向く。

 にやりと笑うその顔を、強く睨めつけた。


「僕に実力があるから組んでるんですか? それとも――」

「エクリュがお前を気に入ってるから、じゃダメか? おれの評価なんて、お前にとっちゃクソの足しにもならんだろ」

「評価されたいとは言いませんがね、思ってることがあれば言えよ、とは思います」


 怒りで弾けた理力が、僕の足元でバチバチ音を立てる。

 それを見てさえシィランは顔色を変えないから、ますます苛立ちは増す一方だ。


「ま、落ち着けよ、少年。筋は悪くないと思ってるぜ」

「悪くない、だけかよ」

「エクリュを別にしても、おれのところにさえまだ届いてないからな」

「――へぇ」


 バチッと大きな火花が弾けた瞬間、僕はシィランの顎に向けて殴りかかった。

 理力を最大に乗せた攻撃だ。体格で負けていようが問題じゃない。

 事務所の床を踏み込む音が、ひどく大きく聞こえる。


 やった――と思った。

 振り抜こうとした拳が、シィランの手のひらの中におさまるまでは。


「――ってわけだ、少年。まだまだったらまだまだだよ」

「クソ……っ」

「――なにやってんの?」


 拳を境に睨み合っていたところへ、横から声がかかる。

 悔しいことに同じタイミングで振り返った先には、少年が一人立っていた。

 短く色素の薄い癖っ毛に、深い青の瞳。生意気そうな顔立ちは、僕よりいくつか年下に見える。


 途端、余裕のあったシィランの表情が曇った。


「……ヤコウか」


 その声には、普段にないあからさまな拒絶の色があらわれていた。

 少しばかり好奇心がわいて、二人の顔を見比べてみる。


「えっと……知り合いですか、シィラン」

「……黒百合騎士団ヴェンデッタナイツの一人だよ」

「はじめまして、青薔薇騎士団アプローズナイツの先輩。オレはヤコウ、先日ヴェンデッタに配属されたばかりなんだ、よろしく」


 にこやかに手を差し伸べられる。

 僕も慌てて手を差し出そうとしたが、脇からシィランがそれを押さえた。


「ちょっと、なにするんですか」


 僕の非難を無視して、シィランはヤコウを睨んでいるだけだ。


「おい、ヤコウ。こいつに手ぇ出すな」

「はは、シィラン副隊長は三番手をずいぶん可愛がってるって本当らしいですね?」

「悪意ある言い方すんなぁ、おい」

「……可愛がってるってなんですか、変な噂たてるのやめてくださいよ」


 思わず割って入ったが、二人はこちらをちらりとも見なかった。


「聞きましたよ、シィラン副隊長。アプローズで楽しそうにされてるそうで」

「そら楽しいよ。お前がいないもん」

「ひっどい言いぐさですね。オレはまだなにもしてませんよ。それより、あなたの方じゃないですか、副隊長」

「おれがなによ」

「上司殺しで有名なあなたが、今度はアプローズナイツの次の隊長狙ってるって話、聞きましたよ。邪魔者はうまく除けられそうですか?」

「上司殺し? シィラン。それって――」


 そんな噂があるのだろうか。

 エクリュ隊長を退けて、自分が隊長に?

 そもそもシィランは隊長になりたいなんてカワイイことを言うタイプだろうか、という疑問はあったが、シィランを見れば想像よりもはるかに嫌悪を露わにしている。


「根も葉もない噂を、あんまり垂れ流されても困るんだがな」


 その手がぴくりと動いたのは、どうやら無意識にホルスターに伸ばそうとしたらしい。

 さすがに署内で抜くわけにはいかない。シィランにもまだ常識はあったようだ。


「図星さされて激高するようじゃまだまだですね、兄上」

「――その呼び方やめろって言っただろ」


 苛立った表情で、シィランはくるりと背を向けた。

 なぜか、僕の手を握って。


「――ちょっと」

「行くぞ、クラウス」


 僕を引きずり、ヤコウを後において、シィランはさっさと署の外へと向かって行った。

 僕らの携帯端末から招集ベルが鳴ったのは、それからしばらく経った後――シィランに連れられてイヤイヤ入ったラーメン屋でだった。

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