第9話

「……え?」


 思いがけない言葉に健一郎と美香が唖然とした声を漏らした。

 秀一は嫌な予感が的中してしまい、苦虫を噛みつぶしたように顔を歪める。


「拒否なんかしねえよ?」


 そう言ってニタっと笑うと、彼女は長い前髪をかき上げた。ずっと陰になっていた目元が露わになる。

 これまで感じていた儚さや透明感、清楚なイメージはがらりと変わる。右眉毛の上にはピアスが付いており、よく見ると耳にも大量のピアスが付いていた。

 悪魔的な笑みを浮かべお腹を抱えて笑う彼女は狂気に満ちていた。

 異変を感じた周りの視線が四人に集まる。


「ほんと、男って馬鹿でチョロいわ。もうちょっと遊んであげても良かったんだけどねぇ」


 大きな瞳が美香を睨みつける。


「邪魔が入ったから、さ」


 睨まれた美香は一歩身を引いた。代わりに秀一が前に出る。


「その女が来なければ、もうちょっと利用できたのにね」

「……最初からそのつもりだったのか?」

「当たり前じゃん。誰がてめぇみたいな男に協力するかよ」

「……残念だよ。君がそんな人だったなんて」


 秀一はいたって冷静に応える。だがまりあは鼻でせせら笑った。


「ほんと、馬鹿で偽善でなーんもわかってない。そんなんじゃ、またその女に裏切られるよ?」


 意地悪な笑みを浮かべるまりあ。先ほどまで青白いと思っていた肌は赤く高揚していた。ピンク色の唇は赤リップでも塗ったかのように艶めかしい。


「あんた、裏切られてここに来たんでしょう? それなのにまた騙されて。その女だってまだ信用できるかわかんないでしょ?」

「清水のことは信用してる。彼女は謝ってくれた。疑う理由はない」


 きっぱりと言い切る秀一をまりあはつまらなさそうに睨みつけた。


「なにそれキッモ」


 そして唾を吐きかけるように暴言を零す。


「あたし、あんたみたいな男が一番大っ嫌い。ちょっとか弱いふりすると勝手に弱者だと決めつけて、ナイトにでもなったつもり? 守ってあげなきゃ、俺が何とかしなきゃ、偽善とエゴの塊。見てるだけで虫唾が走る」


 ほとんど間髪を入れずに彼女は吐き捨てる。それでも秀一は眉一つ動かさなかった。


「それってさ、結局自分の為でしょ? 人の為を装ってるけど、ただ単に自分が必要とされている快楽に浸ってるだけ。そうやって他人に認められ求められることでしか承認欲求を満たせない欲求不満な哀れな男。まじ惨め」

「なっ! お前いい加減に――――」


 健一郎が噛みつこうとする。だが秀一が腕を引いた。


「そうだよ」


 そしてあっさりと彼女の言葉を認める。


「確かに俺はエゴイストで承認欲求の塊かもしれない。更には見栄っ張り。だからこそ清水に一度は騙されてここに来た。でもその生き方に俺は恥じてないし、後悔もしてないんだよ」


 すっと声が下がった秀一は迫力があった。その言葉には芯があった。揺らがない気持ちがあった。


「んだよ、それ……まじで気持ちわりぃな! 勝手にほざいてろ。明日その女はてめえのエゴのせいで死ぬんだからよ! そして救いきれなかった自分を後悔して二度とそんなこと言えねえようにしてやる!」


 まりあは中指を突き立てた。そして唾を吐きつけ、その場を後にする。

 苦々しい空気が充満した。

 三人はしばし沈黙を保っていたが、ふっと秀一がため息をついた。二人を振り返り苦笑する。


「悪いな。俺のせいで……」

「別に秀一は悪くねえよ。でもどうする? このままじゃあ清水が……」

「……悪いが清水には負けてもらう」

「は?」


 思いがけないセリフに健一郎も美香も目を見開く。


「ちょ、ちょっと待てよ! 負けたら清水は殺されるんだぞ?」

「でも勝ったら相浦さんが殺される」

「いいだろう、あんな女! 裏切り者だぞ!? 別に死んだって俺たちには――――」

「そうもいかないだろ」


 感情的になる健一郎を秀一がぴしゃりと遮った。


「どんな理由があっても意図的に殺されていい命なんてあるわけないだろう。それに俺は、彼女が死ぬ様を見たくない」

「けどそしたらどうすんだよ……?」


 彼の問いに秀一は美香をまっすぐと見つめて答えた。


「清水、お前の命を俺に買わせてくれないか?」

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