第8話
「なんで、清水がここに……?」
秀一は立ち上がり狼狽えた。
「し、知り合い、ですか?」
「ああ。俺たちの同級生で
まりあに簡単に説明し、健一郎が秀一を押しのけ前に出る。秀一と美香の間に壁のように立ちはだかった。
「どういうつもりだ?」
「……借金の件はごめんなさい」
威嚇する健一郎越しに美香は深々と頭を下げた。
「本当にあの時はお金に困ってて……最低なことをしたと思ってる……だから愛傷金融の人にこの話を聞いて来たの……武井君のお金もちゃんと稼ごうと思って……」
申し訳なさそうに話す彼女を信じていいのか分からなかった。見栄を張れば再び自滅するかもしれない。
「そう言ってまた秀一を騙す気か? どうせ本当はもっと借金があって秀一や俺を利用しようって魂胆だろ?」
「違うわ! 私は本当に……」
「信じられるか。一度騙されてんだ。命かかってる以上、迂闊に頼めねえよ」
美香の言葉を遮りきっぱりと言い切る健一郎。そんな健一郎の肩を秀一はトントンと叩き、自分が前に歩みでた。
「ありがとう。けどいいんだ。騙された俺が悪い」
「けど……」
「いいよ、俺たちに協力してくれ」
「秀一!」
見栄は自分を貶める。それは学んだはずだ。それでもここで美香を見捨てることはできなかった。ここで彼女を見捨ててしまえば、きっと一生後悔する。例えこの後騙されたとしても、それよりも後悔する。そう思ったのだ。
その奥に秘めた思いは恋愛感情ともまた違う、過去の全てを嘘だったと思いたくない、願望に近かった。タクシーで笑った彼女は、学生の時からコロコロと笑う姿と重なった。きっとそれは作り物じゃない、心から彼女がそうしたもの。そうであってほしい。それが秀一の願望であり、エゴである。
「清水が信用できないなら俺と清水が選挙をする。そしたらお前と相浦さんが選挙をすればいい」
「……」
秀一の強い意思を感じた健一郎は押し黙った。
沈黙が四人の間に落ちる。その沈黙を破ったのはまりあだった。
「だ、大丈夫です!」
彼女の一言に三人の視線が集まる。
「た、武井さんが信用している人です……! そ、それなら私も、信用できます! だ、だから私と、選挙しましょう!」
勇気を振り絞ったセリフだった。それは声からも仕草からも見て取れた。
「本当にいいのか?」
念を押すように健一郎が秀一とまりあに尋ねる。
「ああ」
「はい……!」
二人の意思を確認したところで彼は一旦大きく息を吐いた。
「そんじゃ、選挙と行きますか!」
そして空気を変えるように手を叩き、元気に言う。
「そういや選挙ってどうやるんだ?」
「言われてみれば特に説明なかったよな?」
秀一が首を捻ると健一郎も首を捻った。確かにモニターの男は制度は説明したものの、実行の仕方は説明していなかった。
フロントに行けば聞けるのだろうか。
「あら、気づいてなかった?」
美香が口を切る。それから自分の腕を突き出し、腕時計の表面を見せてきた。
「武井君、私の画面に向き合わせるように自分の時計を突き出してみて」
言われた通りに腕を突き合わせる。
「こうか?」
画面と画面が向き合った。すると両者の腕時計がわずかに振動を放った。時計を見ると日時が表示されていた画面が変わっていた。
そこには「清水美香と選挙戦を行いますか?」と書かれていた。その下にはyesとnoの文字も表示されている。
どちらも押さないまま、美香が腕を引っ込めるとその文字は消えた。そして再び日時が表示される。
「これで先にyesを選んだ方が選挙を申し込んだことになるみたい」
「yesを押されたら受けるか拒否権しかないってわけか」
「その通り。相手が既に選挙権使用済みだと出てこないみたい」
健一郎と美香の言葉を聞き、秀一は首を横に振った。
「それなら急ぐ必要もないな。情報取集を先にしよう。それにまずは他の人の選挙戦を見て見たい」
「だな。別に石上に近づかなければ選挙戦が申し込まれることはないわけだし」
「いいえ、遅くとも今日の内には使っておいた方がいいと思うわ」
今度は美香が首を横に振った。
「4階より上のフロアも色々見て回ったけれどここは宿泊にもペインがかかるみたい。4階の共同部屋だったら一人3千ペインで泊まれるけど、個室ってなると一人5万ペイン。一応キャンプセットを買えば野宿って言う方法もあるみたいだけど……」
だから売店にキャンプセットが置いてあったのかと納得をする。
「個室以外は鍵なし。正直寝ている間に申し込まれたら手が打てないわ。まあ今すぐにでも5万ペイン稼ぐか、借金するっていう前提なら話は別だけれど……」
この状況で共同の部屋はまずい。仮に選挙戦を申し込まれなくても、時計自体を奪われれば終わりだ。
「となると、残しておくメリットがないな……」
ため息交じりに秀一がつぶやくと、健一郎が腕を差し出してきた。
「ならやっちまおうぜ」
「だな」
秀一は苦笑し、同じように腕を突き出した。
秀一の時計には「中本健一郎と選挙戦を行いますか?」と表示され、健一郎の時計には「武井秀一と選挙戦を行いますか?」と表示される。
「それじゃあ押すぞ」
健一郎がごくりと唾を飲み込む。秀一がこくりと頷くと、彼は自分の時計をタップした。yesを押すと画面がすぐに切り替わった。
健一郎の方には「武井秀一に選挙戦を申し込みました」と表示され、秀一の方は「中本健一郎に選挙戦を申し込まれました」と表示される。
そして先ほどの「ショー」とは別な音楽が館内に流れた。
『ただいま選挙戦が成立致しました。先行中本さんには24時間の演説時間が与えられます。好きなところで好きなだけ演説を行ってください。明日の11時45分になりましたら千絶時間終了となります』
男の説明する声が流れた。
『選挙戦を挑まれた武井さんは24時間以内に受けるか拒否するかを選択してください。受ける場合は明日の11時45分から6時間の演説を許可します。拒否する場合パーティー会場にて土下座をお願いします』
後攻の方が時間が短いのは平等性を保つという意味なのだろうか。
『最後に投票する皆様は腕時計にて投票できます。投票は今から最大明日の17時45分まで。その前に武井さんが拒否した場合、それまでの投票は無効になります。また外部で見てくださっているお客様も同時に投票を行い、こちらで集計をしております。より多く圧倒的な差で投票数を得るとボーナスが付く場合もありますのでぜひ知略を尽くして勝利を目指してください』
嫌な助言だ。
『それでは熱き戦いを』
最後にそう締めくくって放送は終わった。
「茶番だ。さっさと終わらせようぜ」
「だな」
ボーナスと聞いても健一郎の意思は変わらないようだった。疑っていたわけではないが、秀一はほっと胸を撫でおろし「拒否」ボタンをタップした。
すると秀一の時計がアラートのように赤く光った。画面には「パーティー会場に向かえ」と記載されている。
だが特に放送はならなかった。
「とりあえずパーティー会場まで向かおう」
秀一が提案すると三人は首を縦に振った。
そのまま四人でパーティー会場に向かう。
秀一が部屋に入ったとたん、スポットライトが当たった。
「さあ、負け犬の登場です」
既に映し出されたモニターの中で男が嘲笑う。
「戦う前から逃げ出し敗北を認め命を乞う哀れな敗者。さあ、負け犬よ。ここで、皆の前で勝者の靴を舐め命乞いをしろ。負けを認めろ。そして永遠に借金に追われ地を這うがいい」
次々と並べられる罵倒。ざわめく会場の中にはその罵倒に乗っかる者もあった。
しかし秀一は一切怯まない。
そして会場の一番目立つスクリーンの目の前まで来ると、健一郎の方を振り返った。そのまま一切の躊躇いもなく膝を地につける。
流れるように額を床にこすりつけ、靴をぺろりと舐めた。
「俺はあなたより劣っている。だから勝負はできない。許してほしい」
さすがに健一郎も美香、まりあもその姿を直視することはできなかった。いくら作戦とは言え友人、仲間にこんなことをさせるのは心苦しいものがある。
だが健一郎は秀一を見下ろし、咳ばらいをする。演技、作戦だとバレないように胸を張り、彼は言う。
「哀れな男だ。いいだろう、お前は俺の格下。許してやる」
健一郎の言葉を聞き、男は笑った。
「拒否権成立。中本氏には1000万ペイン、武井氏にはマイナス300万ペインとする」
思ったよりあっさり終わりそうだった。
「これにて選挙戦閉幕。引き続きショーをお楽しみください」
男は客に向かってお辞儀をする。きっと今頃ブーイングの嵐だろう。客にとって本来この施設は人の死を見に来る場所。それで人が死ななかったのだ。さぞ楽しめなかっただろう。
しかしそれでいい。客にも不満が募れば秀一たちにとっては好都合だ。
「よし、次は清水と相浦さんだ」
立ち上がって言うと、二人はこくんと頷いた。
この作戦が二回続けばさらに客の不満は募る。そして自分たちと同じ作戦にでる奴らが他にも出てくるかもしれない。そうなればどんどん客はこの施設への興味を失っていく。さらにはボイコットも発生。
男の首は回らなくなるはずだ。
「それじゃあ相浦さん、私に選挙戦を挑んでくれるかしら?」
美香が尋ねると、まりあは首をぶんぶん横に振った。
「だ、ダメです……! し、清水さんに、ど、土下座何てさせられません……! わ、私が土下座するので、清水さんから挑んでください!」
「そんな、申し訳ないわ」
「だ、大丈夫です! お、お願いします!」
まりあが腕を突き出す。美香は少し困ったように秀一の方を見た。秀一は黙って頷く。
それを見て決意を固めた美香。
彼女も腕を突き出し、二人の時計を合わせる。予定通りの文言を確認し、美香はまりあに選挙戦を挑んだ。
「さあ、相浦さん、拒否を――――」
「ふふっ……」
「相浦さん?」
まりあが俯き肩を小刻みに揺らす。異変に気が付いた秀一は嫌な予感がした。
健一郎も戸惑ったように口をパクパクさせる。
そんな三人に彼女は顔を上げ、一言。
「ばーか」
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