第5話
「とんでもない所に来ちまったな……」
健一郎が頭を掻いた。秀一は頷きつつ周りの様子を伺う。
「どうする?」
「そうだな……。とりあえずどこでどのくらいのペインを求められるか見に行こう」
「だな」
秀一が提案すると健一郎は首を縦に振った。
「あと荷物も探しに行かないと」
「そう言えば俺たちの荷物どこに行ったんだろう?」
「もしかしたら部屋に置いてあるとか?」
「確かに! あり得るな! ホテルって言ってたし一人一部屋用意されてて部屋に行けば俺や秀一の名前があるのかも?」
「でも確か宿泊にもペインがかかるって言ってたよな……? つまり部屋に入るのにも金がかかるのかもしれないな」
「まじかよ!」
健一郎が項垂れた頃には何人かが会場を出ていた。
「とにかくまずは情報収集。稼ぎ方はその後だ」
「だな。行こうぜ」
先を歩く友人を見て秀一も後に続いた。
会場を出ると広いロビーがあった。右手に二機のエレベーターがあり、左手にはトイレがある。真っすぐ進むと吹き抜けになっており、そこから下が見下ろせた。
まず二人は真っすぐと進んでいく。
下は一階フロントになっているようだった。だがフロントは形だけで現状は無人。特に意味はなしていないように見える。
しかしもう少し様子を見ていると若い少女がフロントに声をかけた。年のころは二十にも満たないように見えた。
「あの、荷物ってどこですか?」
少女の声が下から響く。
するとフロントから男が出て来た。
「お荷物はこちらフロントでお預かりしております。お預かり料として500ペイン頂戴いたします」
「はあ!? ふざけんなよ! なんで持ってきたものを受け取るだけで金がかかるんだよ!」
少女の怒声が響き渡った。
声を聞きつけた何人かが二人と同じように下を見下ろす。
「いいからさっさと返せよ!」
「ルールはルール。破るようでしたら失格と見なし排除します」
「聞いてねえよ! さっきの映像の男出せ!」
次第にヒートアップしていく少女の声。それでもフロントの男は淡々と続ける。
「500ペインお支払いいただけないのであればお荷物は渡せません。これ以上妨害行為を行いますと排除します」
「だから、聞いてねえって言ってんだよ、さっきのモニターに映ってた男を出せ――――」
パァン!
日本では聞きなれない、大きな音が響いた。
そして次の瞬間、少女は仰向けに倒れた。
「きゃあああああああ!」
見ていた中の一人が甲高い悲鳴を上げる。
「まじかよ……」
健一郎もようやく吐き出した言葉がこれだった。
秀一は言葉も出ないまま倒れた少女を凝視する。額から鮮血が浮かび上がり、目を開いたまま倒れている。
そしてフロントの男の手には拳銃が握られていた。
一切の躊躇いもない、殺意しか感じられない瞬間だった。
「行こう」
秀一は倒れた少女に背を向け、歩き出した。
「ちょ、待てよ!」
健一郎が慌てて後に続く。しかし秀一は振り返ることなく突き進んだ。エレベーターの方ではなくトイレの方に進んでいく。
トイレのすぐ近くには階段があった。
秀一は階段を昇っていく。
「秀一……?」
人気のない階段を黙々と上っていく秀一に健一郎が声をかける。すると今度はぴたりと足を止めた。
その体はわずかだが震えている。
「なんだよ、これ……」
振り返ることなく呟いた秀一の声は、怒りと恐怖が滲んでいた。健一郎の顔が強張る。
「聞いてた話と全然違う! 何が救済だよ! おかしいだろ。なんで自分や家族、友達を傷つけなきゃいけないんだよ? 意味が分かんねえよ……挙句ルールに逆らったら即殺されるって、頭おかしいんじゃないのか……?」
そのまま崩れるように秀一は階段に座り込んだ。そんな彼を見て健一郎もようやく事の重大さ、事の異常さを理解し始めた。先ほどまで夢でも見ていたかのようなふわふわした感覚がリアルになる。
「……他の奴らはどうしてんのかな?」
「さあ?」
「なあ、みんな思ってることは同じなんじゃないのか?」
励ますように健一郎が言う。
秀一は擡げていた頭をむくりと起こした。
「こんなの間違ってる、おかしい、今すぐ帰りたいって思ってる奴はきっと他にもいる。そいつらを集めてボイコットしようぜ! そしたらさっきの男も観念して帰してくれるかも!」
必死に明るく振舞う健一郎の考えは楽観的に見えた。だがその楽観的な笑顔が秀一に勇気を与える。
「……だな。そうだ、ボイコットメンバーを探そう。こんなところに一週間もいられない」
「ああ。金のことは出てから考えようぜ」
「だな!」
健一郎が手を差し出すと、秀一はそれに捕まり立ち上がった。
そのまま階段を上って行くと三階に出た。
三階は食堂と売店があるようだった。広々とした食堂は食券でメニューを選び、カウンターで出してもらうシステムだ。
当然ここでもペインが要求される。それもかなり高めの設定だった。例えばカレーは1500ペイン、うどんは900ペイン。ペインが日本円と価値が変わらないと考えるととても安いとは言えない。
最初に支給された1000ペインなどすぐに使い終えてしまう。そもそも荷物を受け取るのに500ペイン必要ならば残りは500ペイン。一食もまともに食べられない。
一刻も早くここを出なくてはいけない。
秀一はまず食堂で何かメモを取っている女性に目を付けた。既に荷物は受け取っているようで、リュックを背負っている。
その手にはノートとペンが握られており、値段などをメモしているようだった。
「あの……」
秀一が声をかけると女性の肩がびくりと震えた。
「な、何ですか……」
気が弱そうな女性だった。声も小さく、全体的に線が細い。今にも貧血で倒れてしまいそうな印象だった。年のころは二十歳になるかならないか、と言ったところだろう。
「俺たちに力を貸してもらえないかな?」
「ち、力を貸す……? わ、私が、ですか?」
少し長めの前髪がくぼんだ目にかかった。その目はきょろきょろと視点が定まらない。
「こんなショーだかなんだか知らないけど、おかしいと思わないか? 自分を傷つけてお金を得ようなんて馬鹿みたいじゃないか。君だってお金の為に家族や友人、自分を傷つけようなんて思わないだろ?」
「そ、それは、そうですが……で、でも……帰れない、ですし……どうしようも、ないんじゃ……」
「だから俺たちはボイコットをしようと思う」
秀一と女性の会話に健一郎が割って入った。「ボイコット」という言葉に女性の顔が少しだけ明るくなった。
「こ、抗議をするんですか?」
「ああ。こんなの間違ってる、早く解放しろって声を上げるんだ。そうすれば早めに抜け出せるかもしれない。そうなるために俺たちは一緒に声を上げてくれるメンバーを探してるんだ」
秀一が熱を込めて言うと、女性の顔が綻んだ。笑うとえくぼが見えて結構可愛い。秀一と健一郎の心も少しだけ緩んだ。
「ぜ、ぜひ! 協力させて、ください!」
わずかにボリュームアップした声は強い意志が感じられた。二人は顔を見合わせて頷く。
「ありがとう。改めて俺は武井秀一」
「俺は中本健一郎。よろしく」
自己紹介をすると、彼女は顔にかかった髪を耳にかけてほほ笑んだ。
「わ、私相浦まりあって言います。よ、よろしく、お願いします!」
まりあはメモしていたノートを閉じ、胸にぎゅっと抱きしめた。
「よ、良かったです……」
またボリュームダウンした声で彼女は呟く。
「と、とにかく、不安だったので……。た、武井さんと、中本さんに話しかけてもらえて、わ、私、ラッキーです」
照れ笑いした彼女は実に愛らしかった。こんなに可愛らしい子がお金に困っているのかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
「こちらこそ協力してくれると言ってくれて嬉しいよ。相浦さんは何故メニューの値段のメモを?」
秀一が尋ねると、まりあは再びきょろきょろしながら応えた。
「ま、まずは一週間暮らすのに、どれほどペインがかかるのか計算しようと思いまして……」
確かに賢い選択だ。そのために荷物を真っ先に回収する決断力もある。見た目や話し方に相反して頭がキレるのかもしれない。
秀一の中で期待度が上がった。
「確かに。ボイコットをするにしても知っておいて損はない。俺たちにも手伝わせてくれ」
「も、もちろんです! こ、このあとは、一通り施設を回って、お、お金のかかるものを見るつもりでした」
「このフロアには売店もあったよな? 一応何があるか見てみようぜ」
健一郎が提案すると、秀一もまりあも首を縦に振った。
そして三人は食堂を後にした。
売店は割高ではあったが何でもあった。着替えや日用品、ゲームなどの娯楽商品まである。中にはキャンプセットなども置いてあった。
最も必需品とも思える携帯の充電器も置いてあったが10万ペインと見て目を剝いた。そもそも携帯電話は秀一も健一郎も荷物の中だ。まりあは持っていた。どうやらインターネットは繋がるようだが、メール、電話などの外部との連絡は取れないようになっているらしい。
だがインターネットは情報を得るには絶好のアイテムだ。限りはあれど外とコンタクトを取る方法か、もしくは何かしら有益な情報を得られる可能性が高い。
一旦は充電の温存を考慮し、電源をオフにしてもらっている。もし10万ペイン稼げるのならば充電器は買ってもいいかもしれない。
その他にはお菓子やおつまみ、お酒など飲食類も置いてあった。しかし500mlビールを3000ペインで買う気にはなれないし、ここで酒に吞まれては何が起きるか分からない。
売店では携帯の充電器以外は特に目ぼしいものはなかった。
「あとは部屋だな。部屋はどのくらい整備されてるんだろうな?」
健一郎が頭を掻いた。
確かに日用品として歯ブラシやシャンプーなども置いてあった。もしかしたら部屋には置いていないのかもしれない。そうなればこの辺の日用品も買うことを考慮しなければいけない。
「そしたら次は上に上がってみるか」
秀一がそう提案した、その時。
♪~♪~
軽快な音楽がホテル全体に響き渡った。
「な、なに?」
まりあが辺りをキョロキョロと見回す。
『お待たせいたしました。これよりショーを開演いたします。皆様パーティールームへお越しください』
館内放送が流れた。
三人は顔を見合わせる。
「まさか、誰か『自愛ルーム』に行ったのか……?」
秀一は自分の顔が青ざめるのを感じた。
「行こう」
健一郎が駆け出す。秀一も後に続いた。
「ま、待ってください!」
まりあも慌ててついていく。
三人は階段で一つ下の階に降り、先ほどまでいたパーティー会場に向かった。一度散った人たちが再びその場に顔を合わせる。
会場では既にモニターの映像が映されている。映像には先ほどと同じ男が映っていた。
「それでは始めましょう。レッツショータイム」
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