第4話

 思いがけない言葉に辺りがざわついた。


「どういうことだ!?」

「この中で殺し合いをしろと言うこと……?」


 各所から怒声や不安の声が上がった。しかし映像の男は静かに微笑むだけだった。そして立てていた三本の指をおろした。


「そのホテルの最上階に『自愛ルーム』というものを用意しております」


 男が説明を続けると、一旦会場は静まった。


「『自愛ルーム』の前にはその時計をかざす場所があります。時計をかざすと扉が開きます。基本は鍵がかかっており入れませんのでご注意を」


 そもそも先ほどの説明を聞いて外して持っていくやつなどいないだろう。


「『自愛ルーム』に入った後部屋にあるコンピューターで『自分』か『他人』を選択してもらいます。自分を選択した場合保管庫が解除されますので、そこに置いてあります好きな機材で自分を傷つけてください」


 笑いを含んだ声に会場がどよめいた。


「他人を選んだ場合はどの人を傷つけるか選択肢が出てきます。選択肢に沿って選んでいき、どの程度傷つけるのか決めて行ってください。皆様が選んだとおりに我々が相手を傷つけます」

「……つまりここにいない人間を傷つける……?」


 秀一は首を捻った。他人の定義がいまいちピンと来ていなかった。


「そして自分でも他人でも傷の深さ、傷を負った時の派手さ、様々なものがの評価によりいくら支払われるか決まります。額が決まった直後、部屋に入った際にスキャンした時計にペインが振り込まれます」

「お客様!? どういうことだよ! そんな悪趣味なモノを誰かに見せてるって言うのか!」


 健一郎が声を荒げた。「そうだそうだ」という賛同の声が上がる。


「皆様が傷つく姿や皆様の家族、恋人、友人が傷つく姿は今私が映っているこのスクリーンとお客様に配信されます。くれぐれも惨めな姿は晒さないように」

「ふざけんな! できるわけねえだろ!」


 秀一も声こそ出せないものの、健一郎に同意見だった。それに合わせ会場もどんどんヒートアップしていく。

 一気に騒がしくなった。

 すると映像の中の男が大きく舌打ちした。


「わーわーうるさい蠅共が」


 人が変わったようだった。スクリーン越しに秀一たちを見つめるその男の顔はゴミでも見ているように冷たい。


「別に無理にやれなどと強制はしていない。嫌なら勝手に借金背負って死ね。我々は貴様らがどうなろうと関係ない。ただ親切心でチャンスを与えているだけ。それをわーわーわーわー文句言いやがって」


 男はうんざりした顔をした。そしてだらしなくソファに腰を掛け、腕を広げた。


「大体、貴様らがここに来ている理由は何だ? 金が欲しいからだろう? 金に困っているからだろう? じゃあ聞くぞ。何故そうなった? 何故金に困っている? 何故金が欲しい?」


 その問いに人々は視線を逸らした。

 ここにいる人間は秀一を含め確かに金に困っている。借金をしているものがほとんどだろう。

 その理由は様々。秀一のように騙された者もいればギャンブルに費やした者、会社の経営が上手くいかず火の車になってしまった者――――。

 どれもこれも後ろめたいものがあるのかもしれない。


「それは貴様らが色んな所において自堕落で自愛に満ちていて傲慢でプライドだけはいっちょ前に高い弱者だからだろうが!」


 あんまりな言い方だと思った。だがどこか言い返せない、そう秀一は感じてしまった。


「人は少なからず生きるために自分を傷つけ、鞭を打ち、痛みに耐えて暮らしている。何故なら仕事とはそう言うものだからだ。例え天職であったとしても自分の時間を会社と言う組織に捧げ、嫌な上司がいれば我慢し働いてやっと金を得ている。日々精神的苦痛を浴びながらそれでも必死に暮らしている。それが大人であり人間だ。ところが貴様らはどうだ?」


 男がぐっと上半身を起こし、身を乗り出した。冷徹な瞳が会場を見渡す。


「自分を甘やかしそう言った精神的苦痛から逃げてきた。そのくせプライドや自愛が高く周りにはよく見られたいばかりに見栄を張り、自分もいつかはワンチャン、なんて夢を見ている。現状を打開しようと藻掻くでもなく、常に他人頼り、運頼り。何とかなる、どうにかなる、そうやって自分を甘やかしに甘やかして借金を作ってきた。そして藁に縋る想いでここにきた。そうだろうが」


 ぐうの音も出なかった。確かに秀一はギャンブルなどで借金を作ったわけではない。これまで真面目に働いてきた方ではあると思う。

 だが見栄を張った結果、ここにいる。理不尽ではあったが、その自分への甘さがここへ自分を導いた要因だ。


「そんな貴様らに我々はチャンスを与えているのだ。精神的苦痛が耐えられないのならば、身体的苦痛に耐えて金を得ろ、ただそれだけ。それもここは自分可愛さに自分を甘やかしてきたクズばかり。だからわざわざ選択肢に『他人』を入れてやっているのだ。これ以上の優しさがどこにある?」


 再び男が背もたれに体を預けた。そして優雅に足を組みなおすと、にっこりと笑った。


「最大一億だ」


 その言葉に人々の顔が上がった。衝撃的な額に希望の光が差したようだった。


「貴様らが自分を『殺す』という選択をした場合、もしくは他人を『殺す』という選択をした場合、派手さやお客様の満足度関係なく一億ペイン追加される」


 しかし次の説明で希望の光は絶望に変わった。


「死んだら一億稼いだって意味ねぇじゃん……」


 誰かが呟いた。その通りだ。

 その呟きに男は鼻でせせら笑った。


「どこまでも自分本位で我儘なクズどもが。ペインは基本的に七日後、現金に換金し貴様らに付与される。だが自分の殺害を選んだ場合のみ、指定口座に現金振り込みすることが可能だ。最期くらい、家族にでも残してやろうっていう慈愛はないのかねぇ」


 再び会場は絶望の渦と後ろめたい気持ちに飲み込まれた。できることならばそうしたいと思う人もいるかもしれない。だがそのために自分の命を捨てられる人はそうそういないだろう。

 俯く彼らを見つめ、男は続けた。


「まあ、ここまで話した上でなお、自分はそんなゴミじゃないと言いたい者もいるだろう」


 新たな提案の予感がした。


「ここはある意味世界の縮図。だとすれば貴様らの主張を聞くのも義務。もう一つルールがある。貴様らの主張する権利、『選挙権』が一人一回与えられている」

「選挙権……?」


 秀一は健一郎の方を見た。健一郎も同じく秀一を見つめるが首を捻るだけだ。


「私にここまで言われてなお、異論がある者はこの『選挙権』で証明して見せよ。自分がいかに傷つくに値しない存在であるかを」


 何度目か分からない、男の口元が歪んだ。赤い舌が楽し気に唇を擦った。


「ここにいる誰か、この中のこいつには負けない、そんな相手を選択し、選挙戦を申し込む。そして自分は相手に比べどこが勝っているのか、どう優れているのかを演説してもらう。もちろん選挙戦を受けた者も否定するための演説する時間を設ける」


 選挙戦、それはこれまでの話の中で最も異質なものに思えた。これまでは自分か自分の身内を選ばせるもの。しかし選挙権はこの施設にいる者との闘い。潰し合いだ。


「選挙戦終了後、お客様と貴様たちとで投票を行ってもらう。勝てば無償で一億。負ければ――――」


 勿体ぶった言い方に秀一は背筋が凍るのを感じた。


「死」

「っ!」


 一瞬にして壁ができたような気がした。心持ちそれぞれ距離を取っているように見える。


「負けた方には即刻、死んでもらう」


 これは主張する権利ではない。命を懸けた賭けだ。


「ただし、これは挑まれた方も無条件に選挙権を失うことになる。そのため我々は慈悲を持って『拒否権』というものを同時に発行する」

「拒否権……?」


 秀一は冷や汗が止まらなかった。


「その名の通り、選挙を『拒否』する権利。挑まれた者は挑んできた者の演説を聞き、戦うまでもなく『自分は相手より劣っている』と認めた時、『拒否権』を使用することができる。皆の前で敗北を認め、土下座を行い、相手の靴を舐めれば認めよう」

「……悪趣味だ。何が慈悲だ。ただの冒涜じゃないか」


 次第に秀一の中で怒りが沸き上がってきた。


「もし相手が拒否権を執行した場合、勝者には一千万、敗者はマイナス三百万となる。優しい世界だろう? 貴様らは自分の非を認め、たった土下座程度で命が救われる。そして普段認められることのない貴様らは愉悦に浸り、一千万を手にできる。こんなこと、日常じゃあり得ない。我々の慈悲に感謝したまえ」


 映像の中の男はそう言って立ち上がった。いかにも高そうなスーツの襟元を整え咳ばらいをする。


「それでは武運を」


 恭しくお辞儀をすると映像は途切れた。

 一瞬暗闇に包まれる。だが数秒後に煌々としたシャンデリアが会場を照らした。しんと静まり返る会場。

 秀一は自分の時計を見た。表示は10月23日 AM6:30。当日入れて残り七日。

 命を懸けた金稼ぎショーが始まった。

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