第3話

 翌日、秀一は一週間の有給を使い仕事を休む旨を上長に伝えた。表上は実家の親が足を捻挫してしまい、家事ができないため一時的に帰省するということになっている。


 そして夜八時五十分、新宿駅西口に着くと健一郎と合流した。

 二人はそれぞれリュックに着替えや日用品を持ち、旅行に行くような出で立ちだった。そのまま招待状に記載された場所まで向かう。

 そこには大型バスが用意されていた。

 三十人くらい乗れそうな大型バスの入り口には黒いスーツに身を包んだ男が一人立っていた。

 どうやら乗客のリストを確認しているようだった。乗客はその男に招待状を見せバスに乗り込んでいく。


「あれみたいだな」


 健一郎がカバンから招待状を取り出し男に駆け寄る。


「中本健一郎だな。そして連れの武井秀一。話しは聞いている。Fの四、五番だ。乗れ」


 男は機械的に確認し、二人に席を伝えた。

 秀一と健一郎はそのままバスに乗り込む。車内は夜行バスのように薄暗かった。これから一夜かけてどこか遠くに向かうのかもしれない。

 薄暗闇の中窓枠の上に記載された座席指定を確認し、F列に進んでいく。

 F列にたどり着いた二人は秀一が窓側、健一郎が通路側に座った。

 荷物棚はなく、こじんまりとした空間だった。それぞれリュックを足元に置き腰を掛ける。


「一体どこに行くんだろうな?」

「さあ? とは言え都内か関西、少なくとも日本のどこかだろ」


 健一郎の小さな問いに秀一も声を落として返す。

 健一郎はちらりと通路を挟んだ隣の席を見つめた。窓側は深く帽子をかぶり、顔を覆った人が座っていた。体にも羽織っていたジャケットを布団のようにかけ、男か女かもわからない。

 一方通路側に座っているのはひどく血色の悪い男だった。緊張した様子で俯き、今にも逃げ出しそうな雰囲気を醸し出している。

 前後はさすがに見えず、健一郎は諦めて秀一を見た。


「どのくらいかかるんだろうか?」

「朝には施設についてるだろうよ」

「だな」


 そうしているうちに入り口に立っていた男が乗車してきた。


「時間になったのでこれより会場に向かう」


 男は車内全体に響くような声で言った。


「走行中貴様らには全員、眠っていてもらう」

「は……?」


 男の言葉に健一郎が思わず声を漏らした。それと同時に車内がざわついた。

 実際他の乗客も何か違和感を覚えたようだった。しかし尋ねる間もなく男は続ける。


「以上、健闘を祈る」


 次の瞬間、車内にガスが充満した。プシュッという音と共に視界が曇る。


「んだよ、これ……!」


 健一郎が腕で口元を塞ぎ、ガスを散らそうとする。ところが出遅れた秀一は既にガスを吸ってしまい、うとうとし始めていた。


「秀一?」


 健一郎が肩を揺らす。


「やば、い……」


 しかしもう意識は朦朧としており、まともに返事ができない。


「しっかりしろ!」


 次第に健一郎の体内にもガスが巡り始めた。そして二人はそのまま意識を手放してしまった。



「んっ……」


 秀一は激しい頭痛に襲われた。意識がぼんやりとしていて状況を理解するのには時間を要した。

 重い体を起こし、あたりを見回す。

 ぼやける視界を何度か瞬きを繰り返すことで鮮明にする。最初に目に入ったのは赤い絨毯だった。オレンジ色の明るい光に照らされ、ふかふかの赤い絨毯に横たわっていたことを理解する。

 次に目に入ったのは同じように絨毯に横たわった、年齢も性別も様々な見知らぬ人たち。

 だがすぐ横に倒れている人は知っていた。


「健一郎!」


 そいつの名を呼び、体をゆする。


「うぅん……」


 秀一に呼ばれ、健一郎はぼんやりと目を開く。それからゆっくりと体を起こした。


「……ここは……?」

「分からない。俺もさっき目を覚ましたばかりだ」

「そうだ。俺たち確か新宿でバスに乗ったんだよな? そしたらいきなり眠らされて……」


 ようやく意識が覚醒してきた健一郎がハッとする。


「じゃあここが施設、なのか?」


 辺りを見回しながら立ち上がる。

 そこはホテルなどにあるパーティー会場のような場所だった。天井には大きなシャンデリアがつるされており、正面にステージのような壇上がある。だがパーティーのようにテーブルや料理は用意されていなかった。


「どうなってんだ……? ここはどこなんだ?」


 焦りを見せる健一郎。秀一も不安がよぎった。

 徐々に横たわっている人たちも目を覚まし始め、会場内にざわつきが広がる。

 そうして会場にいる三十人弱のほとんどが目覚めた頃、シャンデリアの明かりが落ちた。


「なんだ!?」


 秀一は身構える。

 暗闇が人々の不安を掻き立てる。しかしその暗闇は長くは続かなかった。一筋の光が壇上の方に向かって伸びる。

 光は四角い映像を映し出した。


「ようこそ、愛傷ホテルへ」


 映像の中に一人の男が映し出された。黒で統一された部屋には見るからに高級そうなスーツを着た男がソファに座っていた。ワインレッドのネクタイが嫌に目につく。

 男は芝居がかった様子で足を組み、ソファに背中を預けていた。年のころは三十半ばと言ったところか。


「自愛と自尊心に満ちた貴方たちにはこれからちょっとしたショーを行っていただきます」


 演技じみた声で彼はそう切り出す。

 一瞬静まった会場が再びざわついた。


「ショーだと?」


 健一郎も眉間に皴を寄せる。

 そんなことは招待状に一切記載されていなかったはずだ。


「これからここで一週間過ごすにあたってのルールをご説明いたします。一度しか言いませんので聞き逃さないように。質問は一切受け付けません。またここで起きた傷害、盗難、殺人など様々な法律的違反の一切を認めますが責任は負いませんのでそのつもりで」

「ちょっと待てよ! それが起きるような環境にこれからなるってことかよ!?」


 誰かが叫んだ。秀一は無駄だと思った。どうせ今流れているこれは録画された映像。こちらの反応は無視するだろうと考えたからだ。

 ところが映像の中の男は言った。


「言ったはずですよ。質問は受け付けないと」

「っ……」


 秀一は辺りを見回した。

 そこで気が付く。部屋の至る所に監視カメラが設置されていることを。


「どうかしたか?」


 そわそわし始めた秀一に健一郎が尋ねる。


「どうやら既に何かの実験は始まってるみたいだ。そこら中に監視カメラがある」

「まじで?」


 健一郎も辺りを見てうなった。


「ほんとだ」

「さて、話を続けます。皆様右手首をご覧ください」


 映像の中の男が口を開いた。その言葉に応じて各々自分の右手首を見る。秀一と健一郎も同じように自分の右手首を見た。

 そこには見覚えのない電子時計が付いていた。現在の表示は10月23日 AM6:00となっていた。


「その電子時計には四つの機能が付いております。一つ目は見ての通り日時が分かります。この時計が一週間後の10月30日PM6:00を表示した時、貴方がたは解放され晴れて大金を手にすることができるかもしれません」


 何人かがごくりと唾を呑む音が響いた。


「そして二つ目は電子通貨の役割をしております。ここでは専用通貨となる『ペイン』というものを使用していただきます。『ペイン』は宿泊、食事、娯楽、様々なところで求められます。その際にその腕時計をかざしていただければ自動決済となります。残高は右にスライドしていただければご確認可能ですので」


 言われた通り電子版を右にスライドすると画面が切り替わり1000ペインと表示された。


「今回皆様にはお一人1000ペインずつ付与させていただいております。このペインこそが皆様が最後にこのホテルを出る時、手にできる金額となるのです」

「どういうことだ?」


 言葉の意味が理解できず、秀一は思わず独り言を零した。


「このホテルを出る時、1ペイン1円として換算し、日本円、現金にして換金いたします」


 ようやくこの施設で行われることの趣旨が見えてきた。だが問題はその「ペイン」を稼ぐ方法である。


「このペインを稼ぐ方法は追って説明します。一旦時計の機能の説明を続けます。三つ目の機能は四つ目の機能と連動しています。一つは人感センサー。そしてそれに伴うGPS機能」


 秀一はもう一度右にスライドをしてみた。だが画面は変わらない。左にスライドをしてみる。元の日時を知らせる画面に戻った。しかしそれ以上左にはいかない。どうやらその人感センサーとGPSは付けている側からは把握できないようだ。


「その時計にはそれぞれIDが割り振られており我々はそのIDと皆様の名前を紐づけることで管理をしております。人感センサーに三十分以上反応がなかった場合、失格と見なし直ちにその人を排除します」

「排除……?」


 不穏な言葉に女性の不安そうな声が上がった。


「そのためこの時計は肌身離さずお持ちください。ちなみに防水機能も付いておりますので水に濡らしても大丈夫ですよ」


 男がにやりと笑った。

 秀一は嫌な笑みだと思った。


「併せてGPS機能も搭載してあるためIDを基に皆様がどこにいるのか我々は常に把握をしております。基本的に施設内や施設の外を自由に移動していただいて構いませんが、このホテルの周りには境界線を設けております。その境界線を越えた三秒後、その時計は爆発します」

「爆発!?」


 健一郎が声を上げた。


「そして爆発したIDと紐づけられた人間がまだ存在していた場合は、排除します」


 男の口元が歪む。赤い舌が唇をなぞった。

 背筋に寒いものを感じた秀一は身震いをした。


「ちょっと待て。さっきここでの傷害、盗難は認めるって言ってたよな……?」


 秀一の隣で健一郎が顎を擦った。


「つまり人の時計を奪うことは可能……?」

「ああ……。もし誰かの時計を奪えばその時計に記録されたペインを自分のものにできる」

「かつ奪ってから三十分、身につけなければ奪われた側を排除、すなわち消すことができる……」


 秀一と健一郎は顔を見合わせた。


「要は弱みであり、命綱ってことだ」


 二人の話を盗み聞きしていた男が笑った。声の方を振り返ると三十代前半の男がポケットに手を突っ込み、余裕の笑みを浮かべていた。

 身なりはそれなりに整っており、金に困っているような風には見えない。


「あんたは……?」


 秀一が尋ねると男は軽く肩を竦め、口を開いた。


「石上成之。石上グループの御曹司さ」

「石上グループって、あの有名ITグループの!?」


 秀一は目を丸くした。


「知ってるのか?」

「ああ。うちのお得意さまだ」


 健一郎の問いに声を落として応える。


「でもなんでそんな大手グループの御曹司がこんなところに……?」

「まあちょっとこっちにも事情があんだよ。それより人に名前を聞いたんだ。お前らも名乗れよ。名乗られたところで興味もないし覚える気もないんだけどさ」

「なら聞くなよ」


 健一郎が噛みつく。


「辞めろ」


 秀一は健一郎の腕を引いた。


「石上さんが言った通り、時計が命綱であり弱みだ。変に周りに敵を作らない方がいい」

「けど……」

「多少は頭がキレるみたいだな。せいぜいお互いに大金を得ておさらばしようぜ」


 悪趣味な笑みを浮かべ、成之の視線は映像の方に戻った。

 腑に落ちない健一郎は歯を強く噛み締める。それでも秀一がトントンと肩を叩くと静かに怒りを収めた。


「さて、ではいよいよ皆様お待ちかねの『ペイン』を稼ぐ方法をご説明いたします」


 会場の空気感が変わった。緊張感に支配され、張り詰めた空気が漂う。


「いたって簡単――――」


 静かな間が落ちた。


「自分か」


 映像の男が人差し指を立てた。


「家族か」


 次に中指を立て。


「友人」


 薬指が立ち、三の数字を指で表す。


「傷つけるか、殺してください」

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