第2話
翌日、秀一は居酒屋に入り安い酒を飲んで気を揉んでいた。本日上司に怒られた回数は七回。昨日のことが頭を過り、全く仕事に身が入らずミスばかりしていたのだから仕方がない。
そして定時に退社すると、逃げるように近くの居酒屋に入り込んだ。
こんなところで無駄遣いしている場合ではないのだが、たかが数百円のビールだ。これを我慢しようが飲もうが、三百万と言う大金にはさほど関係ない。
それよりもあと六日で三百万をどうやって集めるか。考えられる手段としてはパチンコ、競馬、ボートレース、宝くじなどのギャンブルの類。
「はぁぁぁぁぁぁ~~」
盛大にビールを煽り、机に突っ伏す。近くに金を借りられる人間もいない。当然だが地方の親に相談することもできない。
しかしこのままでは結局家族の方に迷惑をかけてしまう。
もう一度ビールを煽ろうとした、その時。
「秀一?」
男が秀一に声をかけた。秀一は口に近づけたジョッキを止め、ちらりと声の方を見た。
既に酔いが回っているのか、若干視界がぼけている。
目を凝らすと、そこには小麦色の肌をしたガタイのいいイケメンがいた。
「……健一郎?」
秀一がその名前を呼ぶと、男はにこっと笑った。
「おお、久しぶりだな。良かったら座ってもいいか?」
人懐っこい笑みを浮かべるのは中本健一郎。秀一の同級生で高校から大学までずっと一緒だった。
就職で上京していたのは知っていたものの、時間が合わずなかなか会う機会は少なかった。
「おう、座れよ!」
秀一は向かいの席を勧めた。それからメニューを差し出す。
「サンキュ。すみませーん!」
健一郎はサラッとメニューに目を通し店員を呼んだ。
「生ビールとたこわさ、それに枝豆」
店員に注文を伝えると、すぐに秀一に向き合った。
「こんなところで会うなんて偶然だな。仕事帰りか?」
「まあな……」
少しばつが悪そうな秀一を見て健一郎は首を傾げた。
「どうしたんだよ、浮かない顔して。なんかあったのか?」
「……お前さ、清水美香って覚えてる?」
唐突に切り出すと、健一郎は一瞬驚いたような顔をした。目を丸くし、首を縦に振る。
「ああ、あのマドンナ。綺麗だったよな。一度は告白考えたことあったけど、彼氏いるって聞いて諦めたわ」
苦笑する健一郎の前にビールが運ばれてきた。
「ども」
店員に簡素にお礼を言うと、健一郎はジョッキを掴んだ。秀一も飲みかけのジョッキを掴む。二人はジョッキを突き合わせた。
「お疲れ」
カチンとガラスがぶつかる音が響く。
「お疲れ」
秀一が浮かない顔のまま返事をすると、健一郎はグビッとビールの三分の一を飲み干した。
ぷはーっと息を吐き、ジョッキを机に置く。
「で、その清水美香がどうしたんだよ」
秀一はぽつぽつとここ数カ月の出来事、そして昨日起きた話を健一郎に話した。
ビールとおつまみの枝豆、たこわさびを食べながら健一郎は黙ってその話を聞いていた。
「なるほどなぁ……」
話し終えた秀一を見て健一郎は肩を竦めた。
「とんでもねぇ女だな」
「いやまあでも騙された俺が悪いって言うか……」
「どう考えても清水が悪いだろ。連絡とれないのかよ?」
「ああ。昨日から電話もメールも、チャットも、全部反応がない」
「ってことは、最初からお前に借金をかぶせてとんずらするつもりだったんだろうな」
「だよなあ~~」
現実を改めて突きつけられ、秀一は肩を落とした。
「まあ災難だったとしか言えないな……」
そんな秀一に健一郎は同情することしかできない。秀一は健一郎を上目遣いで見つめ、気まずそうに口を開く。
「……お前、今何してんの……?」
健一郎は飲みかけていたビールを止めた。
「……」
そして秀一をまじまじと見つめ、ビールジョッキを机に戻した。
「言っとくけど俺も金はないぞ」
「うっ……」
先読みされたようだった。
「むしろ俺も実は借金してんだよ」
「まじで!?」
秀一の声が店内に響いた。一瞬客の視線が二人に集まった。だがすぐに喧騒に紛れ、客の興味は失せた。
健一郎もまた、うんざりとした顔で手をピースして見せた。
「二百万ほど」
「なんでまた?」
秀一が尋ねると彼は苦笑した。
「ちょっとしたギャンブルで……」
「まじか……」
「うーん……別にこれと言ってやりたいこともなくてさ、仕事に就いても長続きしなくてフリーターしてたんだけど……ある時同僚に競馬連れてってもらったら見事にハマっちゃったんだわ」
「おいおいまじかよ……大丈夫なのか?」
「んーまあね」
思ったよりも余裕そうな返事に秀一は首を傾げた。
「返せる当てでもあんのか?」
「まあな」
にかっと笑った健一郎は残りのビールを煽った。そして追加注文をする。
秀一は身を乗り出した。
「どうやって返すつもりなんだ? 俺にも教えてくれよ」
「実はさ、ちょっと美味しい話があるんだよ」
勿体ぶった様子で健一郎は盗み聞きしてる奴がいないかとあたりをキョロキョロする。
「この間家にさ招待状が届いててさ」
「招待状?」
「一週間とある施設で過ごすだけで数億稼げるって言うんだ」
「過ごすだけで? それなんか怪しいヤツじゃないのか?」
乗り出していた身を戻し、秀一は顔を顰めた。
「まあもちろん施設に入ってから何かはしないといけないらしいんだけど、詳細は会場に着くまで教えてくれないんだってさ」
「ますます怪しいじゃん」
「まあ。あとは施設で過ごす間は共同生活になる可能性があるって言うことと、行動がモニターによって外部の人間に監視されているってことくらいかな」
「何かの研究みたいな感じか?」
「あーかもな。試薬のバイトとかあるしな。ある程度開発の進んだ薬を医療関係者監視の元服用してしばらく様子を見るってやつ。あれと同じ感じで何かの実験なのかも」
秀一は俯いて考え込む。だがすぐに顔を上げ、健一郎を見つめた。
「それって招待状がないと参加できないのか?」
「どうだろう? 差出人は俺が金を借りてる金融会社からで、更に元は知らないんだ。金融会社が金を返せそうにない奴らに救済処置として送ってるらしい」
「なあ、頼むよ。俺も参加できないか聞いてみてくれよ。俺も一週間のうちに返さないとまずいんだ」
「うーん、そうだなあ……ちょっと待ってくれ」
健一郎はポケットからスマートフォンを取り出した。そしてどこかに向かって電話を始める。
しばらく二人の間に沈黙が落ちた。
それから数秒後、どうやら呼び出し先に繋がったらしい。健一郎の顔がパッと変わった。
「あ、もしもし。飯田さん? 中本です」
健一郎はちらりと秀一の方を見た。
「あの例の招待状の件なんですが、連れも一緒にいいですか?」
健一郎が話す様子を固唾を飲んで見守る秀一。
「……ええ。借金が三百万ほど……ええ。はい。はい……分かりました。はい……ありがとうございます。はい。失礼します」
見えない相手に頭を下げ電話を切る健一郎。そんな彼をじっと見つめ、秀一は返事を待った。
健一郎は貯め込み、スマートフォンをポケットにしまった。
そしてにこっと笑う。
「いいってさ!」
「まじで!?」
「おう。明日の夜九時新宿西口に集合だ」
「新宿西口?」
「ああ。そこから施設に移動するらしい」
喜んだのもつかの間、秀一はふっと我に返る。
今日を除けば返済期限まで残り八日。明日の夜集合と言うことは明後日の朝から七日間施設で過ごすことになる。つまり帰ってくるのは返済期限当日と言うことだ。
もしここで稼いで来られなければ秀一の人生は落ちていく。家族にも迷惑をかけ借金に追われる日々。
もしかしたら殺されることもあるかもしれない。殺されないまでも内臓を売り飛ばすことも視野に入れなければいけない。
最初で最後のチャンス。絶対に逃すことはできない。
「分かった。二十一時に新宿西口だな」
「ああ」
こうして健一郎と秀一は残りのビールを煽り、明日の決戦を迎えるべく居酒屋を後にした。
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