ジャングルの果て

oxygendes

第1話

 密林は獣の咆哮や鳥の鳴声にあふれていた。私は前を歩く蛮人に必死でついて行く。

「ちょっと、待って……」

 切れ切れになる息の中で必死に絞り出した声は、何の助けにもならなかった。蛮人はこちらを振り返ることなく、目の前の密林に鉈のようなナイフをふるっていく。斬撃が一閃するたびに、垂れ下がるツタや鮮緑色の葉を広げる植物が、切り落とされ薙ぎ払われる。人ひとりがどうにか通れる空間が現れ、蛮人はその中に体をねじこんで行く。


 蛮人の背中は赤銅色に日焼けし、無数の傷跡に覆われていた。身につけているのは腰布と肩から下げた弓と矢筒だけ。研ぎ上げられたナイフとわずかばかりの衣服は蛮人が文明と無縁でないことを示していたけど、私がいくら話しかけても一言の返答も無い。でも、ここで置いていかれたら野獣の餌食になってしまう。私は棒のようになった足を懸命に動かし、蛮人の後を追った。


 ジャングルの奥地で鉱山を開発している父のもとへ小型機で飛びたったのは今日の早朝のことだった。中継地になった友好部族の村で、案内人が食糧が足りないとか小型機の整備が必要とか言って出発を延ばしていたのが我慢できなくて一人で出発したのだ。数時間で到着できるはずだったけど、行程の半ばで小型機のエンジンが不調になってしまった。急激に高度を落とす小型機を必死に操縦し、なんとか密林の合間のわずかに開けた草地に着陸させたものの、機体は大きく破損し二度と飛び立てなくなってしまった。

 途方に暮れ、頭上に大きく枝葉を広げる密林の樹木にもたれて座り込んでいた私の前に、突然樹の上から蛮人が飛び降りて来た。蛮人はぎらりとした目で私と小型機を一瞥した。小型機に近づき、あちこちに手をかけて揺さぶっていたが、すぐに興味を失ったようで、私の方にやって来た。

 私は彼に助けを求めた。英語、フランス語から、スワヒリ語やバンツー語まで、知っている限りの言語の単語を並べ、遭難して困っていること、文明人の住む町に連れて行って欲しい、交易船が沖合を通る海岸へでもいいと訴えた。

 だが、蛮人は一言の返事もしなかった。背は私より頭半分高く、口を引き結んで私を見下ろす表情には言葉を理解したような様子はみじんも感じられなかった。

 あきらめかけた時、蛮人は二三度左右を見回して、一つの方向に目を止めた。そちらへ歩いて行って、立ちふさがる茂みをナイフで切り払う。そして、振り返ってナイフで密林の奥を指し示した。どこかへ案内しようとしている、私はあわてて蛮人の後に従い、この突破行が始まったのだ。



「いったいどこへ向かっているの?」

 私は蛮人の背中に声をかける。それは答えを期待すると言うより、湧き起こる不安が自分を押しつぶす前に外に吐き出すためのものだった。蛮人は一言も言葉を発せず、ひたすら密林を突き進んで行った。


 永遠に続くかと思われた苦行だが、やがて変化が現れた。蛮人が立ち止り、頭上に広がる密林を見回しはじめる。私も上を見上げ、生い茂る葉々の間から差し込む光が弱々しくなっていることに気付いた。日が暮れかけているのだ。

 密林の中で夜を迎えるのか、私は今度こそ答えをもらおうと蛮人に詰め寄った。

「ねえ、私をどこに連れていくつもりなの?」

 だが、蛮人は大きな掌を広げて私を遮った。もう一度周りを見回した後、そばにあった曲がりくねった幹をするすると昇って行く。五メートルほどの高さの枝分かれの上で蛮人は一度静止した。こちらを振り向いて私を指差し、さらに指先を木の根元に向ける。そこまで来いと言う意味なのか? 私が考えている間に、蛮人は再び幹を登りはじめ、その姿は頭上に広がる絡み合った枝葉の中に隠れてしまった。

 だが、揺れ動く葉が蛮人の居場所を示していた。蛮人は樹上を高速で移動している。地上をナイフで切り開いて進んでいた時よりもずっと早い。枝葉の動きはすぐに遠ざかり、見えなくなってしまった。私を置いてどこかへ行ってしまったのだ。


 私は木の根元に座り込んだ。肩に下げていた水筒から残っていたわずかの水を飲み干す。獣の咆哮や鳥の鳴声は相変わらずけたたましいけど、見える範囲では近づいてこようとする動物の姿はなかった。座り込んだまま蛮人の先ほどの動作の意味を考え、ここで待っているようにとのことだったかと推量した。

 はたして蛮人は私をどうするつもりなのか。奴隷として売りとばすつもりなのか、それとももっとおぞましい運命が待っているのか。私は不十分な装備と経験でジャングルに入った自分の未熟さを呪った。


 辺りがすっかり暗くなった頃、頭上でがさがさという音が聞こえ、蛮人が樹の上から飛び降りてきた。右脇に木の枝の束を抱え、腰布に茶色い毛並みをした鼠のような獣を結び付けている。

 蛮人は私の目の前に木の枝を積んだ。その中から私の腕ほどの一本を選び、ナイフに体重をかけて二つに割った。その一つを手に取り、中ほどにナイフの切っ先で小さな窪みを刻み込む。そして、枝を右足で押さえ、指ほどの太さの真っすぐな枝の先端を窪みに押し付け、両方の掌で挟んで両手を前後に動かし始めた。火を起こそうとしているのだろう。

 私は友好部族の男たちがこの方法で火を起こすのを見たことがあった。簡単に火が点くものではない。長時間を費やして、結局点かないこともあった。

 だが、ごつごつした蛮人の手の中で回転する枝は、窪みに食い込んでいくように見えた、十回、二十回、手を動かすと、先端が焦げて煙がたなびき始める。三十回、四十回、動かした頃、窪みにたまった黒い粉に赤く輝く火の粉が現れた。蛮人は棕櫚の枯葉を丸めたものを押し付け、息を吹きかける。白い煙とともに炎が上がり、蛮人は注意深く火を移して焚火を燃え上がらせた。


 蛮人は焚火で鼠のような獣の毛を焼き、ナイフで二つに割いて、細い枝で串刺しにして火にかけた。肉が茶色く焼け、油がじゅうじゅうと沁みだしてきたものを火から外し、一つを無造作に私に投げてよこす。私がどうするかを確認することもなく、もう一つの串刺しにかぶりつく。仕方がないので私も渡された肉にかじりついた。ひどく固くて、いくら噛んでも柔らかくはならず、飲み込むのは一苦労だった。


 食事の後も焚火をはさみ、蛮人と向き合って座り続けた。めらめらと燃える火が揺れるたびに、黄色く照らし出される蛮人の顔は陰影を目まぐるしく変えた。それは不思議な美しさがあって、私は彼の顔を見つめ続けた。そして、私は……、


 私は鳥の鳴き声で目を覚ました。燃え尽きた焚火が目の前にある。私はいつのまにか眠ってしまったらしかった。蛮人は既に出発の準備を終えていた。顎をくいと動かして、私に立ち上がるよう促してくる。


 再び、ジャングルの突破行が始まった。蛮人が行く手を遮る植物をナイフで切り裂き、薙ぎ払って進み、私は懸命について行く。昨日と同様の行動が果てしなく続くと思われた時……、


 突破行は突然終わった。密林が途切れ、砂浜と一面に広がる水面が現れたのだ。これは海なのか? そうなら、船に助けを求めることができる。だが、ナイル川だって対岸が見えないほど大きい。あるいは湖かもしれない。

TARZANターザン KNOWノゥ IT’Sイッ SEAシィ

 背後からざらざらした声が聞こえた。振り向くと蛮人の鋭い視線が私を貫き、その先の水面を見つめていた。こいつ喋れたんだ。驚きとともに彼の言葉がゆっくりと意味を成していく。

 私は水辺に向かって駆けだした。水を掬って口に含む。しょっぱい、あわてて吐き出した。海だ、沖を通る船に火を焚いて煙で合図しよう、流木を集めて……。


 振り返った時、彼の姿は既に無かった。自分の役目は終わったと考えたのだろう。余計なお荷物が片付いてせいせいしたと考えていたのかもしれないが……。

 私は浜辺に打ち寄せられていた流木を集め、ポケットに入れていたマッチで火を点けた。そして、その日のうちに通りかかった交易船に救出してもらうことができたのでした。


 私が生還できたのは彼、ターザンに偶然出会ったからでした。読者諸兄には、不十分な装備と経験でジャングルに入った私の愚かな行動を他山たざんいしにしていただきたい。今も目を閉じると彼の声が蘇って来ます。

  「TARZAN KNOW IT’S SEA」



              see you in next storyおあとがよろしいようで            


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