第3節

「おはよう! 我が阿佐ヶ谷研究所の、紳士淑女のみなさん!」

 阿佐ヶ谷博士はクローゼットに直行して、白衣に袖を通した。

「お。皆さん、緑茶パーティ中ですか。ベストチョイスですね」

「ベストチョイス?」

「そう。なんとここに、大浦堂のきんつばがあるのです。じゃーん!」

 博士は、老舗和菓子屋大浦堂の紙袋をかかげた。

「私の前の職場じゃないですか」

 トリカワポンズが言う。

「そうです。前回のトリカワポンズの闘いぶりを見ていて、ああ、大浦堂のきんつばが食いたくなってきたなぁって思ってたんですよ」

「あの戦闘中にそんなことを?」

「ええ。考えていました」

「考えてたんですか」

「なにか問題でも?」

「いや、別に」

 アゲダシドウフが緑茶を淹れなおし、全員でテーブルを囲んできんつばを味わった。

「ああ、美味い。大浦堂は名物が多いですが、きんつばが一番です。そして緑茶とのマリアージュ。寿命が百年は延びました」

「延びすぎでしょ」

「確かに美味しいですね。幸せな気分です」

「あれ、ひょっとしてみんな、つぶあん派ですか?」

「その話題は却下です」

 博士の冷たい声が響く。

「え? どうしてですか?」

「どうしてもです」

「ど定番トークじゃないですか」

「ダメです。きんつばの味に集中してください」

「はあ」

 この話題の最中、千堂は無言を貫いている。

「博士。質問いいでしょうか?」

「なんでしょうか。ナンコツ」

「さきほど千堂さんからアクアリウムについてのレクチャーを受けたのですが、わからない点があります。高濃度のエスエナジーがアルケウスを産むなら、そのエスエナジーの集中はなぜ起きるのでしょう」

 博士の白すぎる犬歯が剥き出しになった。小豆がはさまっている。

「それでは可能性をひとつづつ潰していきましょう」

「あ、はい」

「まずそれは、マングースの仕業ではありません」

「は?」

「下水道局の仕業でもありません」

「ええ?」

「カマキリの産卵とも関係ありません」

「可能性の潰しかたが下手すぎません?」

 ナンコツはメガネのブリッジを触ろうとしたが、指がベタついているのでやめた。

「大気中に漂っているだけのエスエナジーが、自然現象によって集中するわけないですよね。意図的にそれをやっている者がいるってことですよ」

「……それはいったい」

 博士の口角がふたたび上がった。まだ小豆はとれていない。

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