第2節

 室内には、心地よい緑茶の香りが漂っている。

 アゲダシドウフは、ひとりひとりにお茶を配って回った。

「アクアリウムの役割はふたつ。まずはエスエナジーの濃度変化を感知するレーダーとしての機能です」

「レーダー?」

「はい。先日のアルケウスの出現の際、赤坂周辺のエナジー濃度が急上昇したのを感知しました。それによって駆けつけることができたわけです」

「なるほど。水の色が変わったのはそれが理由ですか」

「そうです。アルケウスには複数のタイプがあります。先日現れたのは”攻撃と対立のアルケウス”です。このタイプには赤く反応します」

 トリカワポンズはお茶をひと啜りして、ため息をついている。ナンコツはまた中指でメガネのブリッジに触れた。

「では、もうひとつの役割とは?」

「はい。スーパーエゴエナジーを操ることができます」

「なんですか? それは」

「エスエナジーの対立概念です。エスエナジーが欲望を象徴するなら、スーパーエゴエナジーは理性や良識を象徴します。大量のエスエナジーを浴びた人間がアルケウス化するのと同様に、大量のスーパーエゴエナジーを浴びた人間は、ヒーロー化するんです」

 トリカワポンズはお茶を吹き出した。

「それってつまり……」

「はい。ジェントルマンのことです」

 アゲダシドウフは膝ではなく腹を打った。

「じゃあ、あのスーツやサングラスも?」

「そうです。スーパーエゴエナジーを極限まで圧縮し、具現化したものです。博士は天才と紙一重のほうなんですが、それを遺憾なく発揮して……なんかつくっちゃったんですよね。それらも全て、このアクアリウムが制御しています」

 地下室を横断するように横たわる巨大水槽アクアリウム。確かにそれは異様だった。いま彼らがいるダイニングエリアから見ると、水槽の向こう側の空間に、幾つものモニターが並んでいる。コントロールエリアとダイニングエリアは、厚さ1mほどのアクアリウムによって分断されているのだ。人の往来のために、中央にアーチ型にくり抜かれた部分があり、通路として機能している。

「この巨大な水槽にそのような機能が……」

 ナンコツはアーチの下に立った。透明な水が穏やかに揺らいでいる。

「ところで千堂さんはSNSはやってないんですか?」

 突然尋ねるアゲダシドウフ。

「え? まぁ、人並みには。どうしてです?」

「いや、なんか、赤く光っている時とか、映えるんじゃないかなと思って」

「確かに映えますね。松永さんはやってないんですか? SNS」

「私は色々やってますよ。インスタとか」

「インスタやってるんですか。私の叔母がけっこう有名なインスタグラマーなんですけど、北原しほりって知ってます?」

「知ってます、知ってます。北原しほり。読モ出身ですよね。ミドルエイジの星じゃないですか。千堂さんの叔母さんなんですか。へー」

 盛り上がるふたりをよそに、トリカワポンズは緑茶のおかわりを汲みに行った。ナンコツは頬をはりつけてアクアリウムを眺めている。

 そこに、あの男がやってきた。

「おはよう! 紳士淑女のみなさん!」

 阿佐ヶ谷博士だ。

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