第9節

 ホムンクルスたちの動きは定まっていなかった。攻撃意欲に満ちたモノもあれば、ぼんやりしているモノもいる。なかには、霧に拡散したかと思えば、密度を上げて実体化するのを繰り返しているモノもいる。

 アルケウスと対峙するトリカワポンズは、まだこの事態に気づいてない。

「あの」

 アゲダシドウフが控えめに声を発した。

「美咲ちゃんは私がなんとかします。あなたは彼を助けにいってください」

「なるほど」

 ナンコツは周囲を見回しつつ、同意した。

「そのほうがよさそうですね。わかりました。私は彼を援護しに行きますので、美咲さんをよろしくお願いします」

「はい。なんとかします」

「では」

 跳躍のための姿勢をとるナンコツ。

 アゲダシドウフのふくよかな両腕に守られながらも、エレオノーラ美咲の表情は不安に支配されていた。ナンコツはそれに気づいて動きを止めた。

「ご心配なく、美咲さん。あなたを必ず守ります。なぜなら」

 サングラスのブリッジ部分を、右手の中指でくいっと押し上げる。

「私もあなたのリスナーだからです」

 その言葉を残して、ナンコツの姿は消えた。次の瞬間には、トリカワポンズに集まりつつあるホムンクルス二体を蹴散らしていた。

『悪くないですよ! 押してます!』

 アゲダシドウフは接近してくるホムンクルスを払いのけ、ナンコツは積極的にそれらを散らして回る。トリカワポンズの両腕の回転速度は、衰えることなくアルケウスを弱らせていった。

『もう一息です!』

 見た目にも、アルケウスの体躯はひとまわり縮んでいる。

「これをいつまで……続ければいいんだ」

 さすがにトリカワポンズに疲労の色が見えてきた。

『もうすぐです』

「もうすぐには……見えないぞ」

『ところで、トリカワポンズ。あなたの前職はなんでしたっけ?』

 白衣の男の声が、心なしか弾んでいる。

「は? そんなこといま関係……」

『関係あるんですよ。あなたがこれから放つ必殺技にね』

「必殺技?」

『ええ。サングラスやスーツを、単なる強化用だと思ってもらっては困ります。皆さんもエナジーを活用することで、特殊攻撃ができるんです』

「それは……どんな?」

『人間の持っている理性や職業倫理が強く影響します。なので、人によってまったく異なる必殺技が生まれます』

「それで……前職を聞いたのか」

『はい。どんな仕事でしたっけ?』

「わたしは……」

 トリカワポンズの脳裏に、店舗兼本社ビルの外観が浮かんだ。

「老舗和菓子屋、大浦堂の……人事部長」


つづく

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