第8節

 地下のワンフロアを占める正方形の部屋で、白衣の男はモニターを注視している。

 この場所を訪れる者があるとすれば、まず最初に目を奪われるのは巨大な水槽だろう。高さは室内高と同じ、すなわち床から天井まであり、横も同様だ。奥行きは1mほどと思われるが、配置場所が地下室の中央であることが特徴をさらなるものにしている。

 つまり地下室は水槽によって仕切られ、ふたつの空間に分けられていた。

「トリカワポンズの攻撃が効いているようですね。博士」

 助手の千堂が、ポニーテールを揺らしながら、水槽の反対側から戻ってきた。人が往来できるよう、水槽にはアーチ型の通路が設けられている。

「ああ、少し押しているね。悪くないと思うよ」

 白衣の男が背もたれに体重を預けると、ギッと音が鳴った。

「このまま押し切れると思いますか?」

「それはどうかな。向こうだってモニターしているだろうし、次の手を打つんじゃないかな」

 男はオフィスチェアを回転させ、水槽に身体を向けた。

「ほら。アクアリウムが反応している」

 指差す先で、水槽が泡立ちはじめている。

「本当ですね。対応が早いこと」

「うん」

「泡、ということはアレですね」

 真っ赤な水をたたえた巨大水槽アクアリウムは、湧き上がる泡が狂ったように踊るせいで、まるで沸騰しているように見えた。

「赤と泡。良い初陣になりそうだよ」



 最初に変化に気づいたのはナンコツだった。

 後ずさりしていくアルケウスの周囲に、なにかが漂っているように見えたのだ。はじめは散った霧かと思ったが、集合したり霧散したりを繰り返し、次第になにかの意思を帯びているように感じた。

 それらが、小さいながらも人型をしていると気づいたとき、意外にもナンコツたちのほうが取り囲まれていた。

「なんだこいつは!」

 一体がナンコツの右肩に殴りかかってきた。アゲダシドウフの臀部にも別の一体が蹴りを入れた。ダメージはほぼないが衝撃は強い。

『そいつらはエスエナジーの集合体です』

「集合体?」

『ええ。アルケウスを構成している黒い霧と同質ですが、ベースが人間のアルケウスとは違います。ただ空気中のエスエナジー密度を上げただけのニセモノです。サイズも小さくて、消化器くらいの大きさでしょ』

「たしかに……」

『私たちはそれをホムンクルスと呼んでいます。まぁ、ショッカーとか、サイバイマンみたいなものですよ。知能なき戦闘員ですね』

 また別の一体が殴りかかってきた。ナンコツは左の裏拳で殴り返したが、手応えはなかった。霧が拡散しただけだ。

『だが馬鹿にはできない。ホムンクルスの打撃は一般人には致命傷を負わせられます。美咲ちゃんを守るなら防御を徹底してください。それにトリカワポンズをしっかり守らないと、打撃の衝撃でバランスを崩せば、いまの攻撃は中断させられてしまうでしょう』

 ナンコツは周囲を見て唖然とした。

 ホムンクルスは軽く100体を超えていたのだ。


つづく

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