四章 第十四話
1
浮島のある穏やかなネストは直人の望みを反映していた。彼が求めて止まなかった物がイメージとして具現化された場所。
今その主達は滅び去り、三機のタイタンが制止していた。
ハガネは消滅をさせた直人の、余韻を未だ処理しきれずにいる。彼を貫いたときの感触を。彼が投げかけた言葉の全てを。
しかしハガネが思い悩もうとも、最早取り返しのつかないことだ。
その変化に最初に気付いたのは、ゼグヴェルに乗ったビーハイヴだった。
「何かが変だ。この感触は?」
彼はゆっくり周囲を見渡した。
しかし特に変化は見られない。つまり、それが大きな問題だ。
「そうね。コアを消滅させたのに、このネストは崩壊していない。まだ他にコアが居るのかそれとも……」
フラムは推測出来ているらしい。
それを披露する暇は無かったが。
「これは、感情が、集まってくる」
ハガネは感じ取ったままに言った。
空間に集っていたエネルギー。空間を構成していた力。それらが圧倒的な勢いで、ハガネ達に向けて押し寄せてきた。
全方位から来る力の津波。ハガネ達は逃げる暇すらも無い。三機のタイタンは背中合わせに、立ってフィールドでそれを食い止める。
浮島も木々も小鳥も空も、崩れ去り漆黒が支配する。
「ファントム・エネルギーが集結中! 集結地点はネスト中央部!」
「つまりはここですわ。ハガネ様。このままでは力に潰されます」
ミウとレフィエラの言うとおりだった。そしてこれに対する策は無い。
アイリスが恐れた仕草のように猫の耳を寝かせている程だ。
「フランベルジュ!」
「既に全力よ? 貴方こそもう少し努力して」
「悪いがワタシも限界だ。己の未熟を恥じるほかはない!」
ビーハイヴとフラムの二人組。この二人でも脱出は出来ない。
まるでブラックホールの中心に、捉えられてしまったかの如くだ。
「そう言えば一つだけ言っておくわ。レフィエラの発言は不正確よ。力は圧死させるためではなく、消滅するために集まっている。コアの制御を失った力は、ファントムの目的そのものだから」
「結局これを突破しなければ、全滅することには変わりは無い」
「そうね。貴方にしては良い指摘。貴方にしてはだけど、ビーハイヴ」
三機のタイタンから発せられたマナによって今は護られている。
しかしこのまま力が集まれば、耐えきれなくなるのは明白だ。
「て言うかお二人ともふざけずに! 何か手段を考えてください!」
ミウが指摘したときだった。思わぬ所から救援が来た。
「ヒャッハー! 楽しそうな状況だ! オレも混ざるぜ! 良いだろ!? 良いよな!?」
マッドハッターのグラスであった。
空間を突き破ったタイタンが、ハガネ達に向けて突っ込んでくる。もっとも両腕両足は、ほぼ喪失している状態だが。
「師匠!? しかし、そのダメージは……」
「馬鹿によると手足はお飾りだぁ!」
「いやまあ師匠ほどの腕があれば、フィールドのみで戦えるでしょうが」
呆れるビーハイヴの横に入り、マッドハッターは三人に告げる。
「良いかお前ら! これから全マナを! 大将のウォルフへと集中する!」
正気とは思えない発言だが、彼の場合はだいたいそうである。
「四人でバラバラに対処するよりこっちの方が効率が良いだろ!?」
「ハガネ一人でそれだけのマナを?」
「今の大将ならやれるぜ! たぶん!?」
マッドハッターがサムズアップした。
彼の策は無謀にも思えるが、ハガネには他に対策など無い。
「ワタシは異論は無い。対応する」
ハガネはマッドハッターに答えた。
「私はハガネを信じるわ」
「あ、ずるい。私も信じます」
フランベルジュとミウも了承する。
「ハガネ……」
「安心してほしい」
アイリスの不安を和らげるため、ハガネはなるべく優しく言った。
手が届くなら頭を撫でていた。しかし今はこれが精一杯だ。
「ワタシは師匠の策に乗るだけだ」
「こちらは全力でサポートします」
ビーハイヴとレフィエラも同意した。どうやら反対する者は居ない。もっとも仮に反対があっても、最早それを加味する暇は無いが。
空間はタイタンの周囲のみに存在するほど圧縮している。このまま耐え続けていたとしても、いずれは爆発してしまうだろう。
「ヒャッハー! んじゃあマナを注入だぁ!」
マッドハッターの合図を契機に、ハガネにマナが流れ込んでくる。
あの三人が放つエネルギーだ。ハガネの予測を遥か上回る。
「圧倒的なパワーだが、しかし」
ハガネはそれでも、怯まなかった。
ハガネの半身の直人は言った『もし君が行き続けると言うなら』。彼はハガネがこれを切り抜けると、可能性があると考えて居た。
それをハガネも信じてやるだけだ。まだ死ぬわけにはいかないのだから。
「アモルファス・ウォルフ。対抗する」
ハガネはウォルフに集まったマナを、全力で空間に解き放った。
2
ハイランドにあるハガネ達の家。その非常に広いリビングの中。ハガネとアイリスとそしてゲンブはテレビゲームに向かい、興じていた。
「尻尾を狙う」
「拙者は頭部を!」
「えんご。あ……」
「げふうでござるぅ!」
ドラゴンのような巨大な生物。その頭突きで、ゲンブのキャラが飛ぶ。
ハガネは長剣を持って斬撃。アイリスのキャラはジャンプして躱す。
「レフィエラ。貴方はやらないの?」
「私はまだ足手まといですから」
その後方で、フラムとレフィエラ。二人が茶とケーキをしばいている。
「皆さんもうすぐご飯ですからね! それが終わったらお皿を並べて……。あ、二人はケーキ食べないで! そう言うのはご飯の後なんです!」
そしてキッチンから料理をしつつ、ツッコミを入れるミウの声が飛ぶ。
―――――――――――――――
あの決戦の日。ネストが限界まで集束して弾け飛んだ後。
ハガネ達は何とか生きていた。三機のタイタンは全機が無事だ。
「何とか生き残ったか……師匠は?」
「逃げたわね」
「またか! 追跡する」
姿を消したマッドハッターの、グラスをビーハイヴは追っていった。
残ったメンバーは自宅に戻り、そして今に至るという訳だ。
―――――――――――――――
「今でござる! 素材取るでござるよ!」
「終わったら手を洗ってくださいね」
必至にキャラを操作するゲンブとその後ろで食事を運ぶミウ。
何てことは無い日常であるがこれが命懸けで護ったものだ。
『価値はあったか?』
直人が囁く。ハガネの幻聴かもしれないが。
しかしハガネには確かに聞こえた。
『ある。常に』
ハガネは応えて、アイリスの頭を優しく撫でた。
その目の前ではハガネのキャラが、頭をガジガジと囓られていた。
3
漆黒の中に浮く光る点と、それを取り巻く波を打ったリング。
システムと呼ばれている存在はセプティカを常時観測していた。
一つの大きな戦いが終わり、しかしまたファントムは生まれ来る。彼等の闘争が止むことは無い。故にこそシステムは存在する。
だからと言う訳では無しに彼は、戦士達の様子を見つめていた。
四ツ目のハガネ 谷橋 ウナギ @FuusenKurage
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