四章 第十四話



 浮島のある穏やかなネストは直人の望みを反映していた。彼が求めて止まなかった物がイメージとして具現化された場所。

 今その主達は滅び去り、三機のタイタンが制止していた。


 ハガネは消滅をさせた直人の、余韻を未だ処理しきれずにいる。彼を貫いたときの感触を。彼が投げかけた言葉の全てを。


 しかしハガネが思い悩もうとも、最早取り返しのつかないことだ。

 その変化に最初に気付いたのは、ゼグヴェルに乗ったビーハイヴだった。


「何かが変だ。この感触は?」


 彼はゆっくり周囲を見渡した。

 しかし特に変化は見られない。つまり、それが大きな問題だ。


「そうね。コアを消滅させたのに、このネストは崩壊していない。まだ他にコアが居るのかそれとも……」


 フラムは推測出来ているらしい。

 それを披露する暇は無かったが。


「これは、感情が、集まってくる」


 ハガネは感じ取ったままに言った。

 空間に集っていたエネルギー。空間を構成していた力。それらが圧倒的な勢いで、ハガネ達に向けて押し寄せてきた。


 全方位から来る力の津波。ハガネ達は逃げる暇すらも無い。三機のタイタンは背中合わせに、立ってフィールドでそれを食い止める。

 浮島も木々も小鳥も空も、崩れ去り漆黒が支配する。


「ファントム・エネルギーが集結中! 集結地点はネスト中央部!」

「つまりはここですわ。ハガネ様。このままでは力に潰されます」


 ミウとレフィエラの言うとおりだった。そしてこれに対する策は無い。

 アイリスが恐れた仕草のように猫の耳を寝かせている程だ。


「フランベルジュ!」

「既に全力よ? 貴方こそもう少し努力して」

「悪いがワタシも限界だ。己の未熟を恥じるほかはない!」


 ビーハイヴとフラムの二人組。この二人でも脱出は出来ない。

 まるでブラックホールの中心に、捉えられてしまったかの如くだ。


「そう言えば一つだけ言っておくわ。レフィエラの発言は不正確よ。力は圧死させるためではなく、消滅するために集まっている。コアの制御を失った力は、ファントムの目的そのものだから」

「結局これを突破しなければ、全滅することには変わりは無い」

「そうね。貴方にしては良い指摘。貴方にしてはだけど、ビーハイヴ」


 三機のタイタンから発せられたマナによって今は護られている。

 しかしこのまま力が集まれば、耐えきれなくなるのは明白だ。


「て言うかお二人ともふざけずに! 何か手段を考えてください!」


 ミウが指摘したときだった。思わぬ所から救援が来た。


「ヒャッハー! 楽しそうな状況だ! オレも混ざるぜ! 良いだろ!? 良いよな!?」


 マッドハッターのグラスであった。

 空間を突き破ったタイタンが、ハガネ達に向けて突っ込んでくる。もっとも両腕両足は、ほぼ喪失している状態だが。


「師匠!? しかし、そのダメージは……」

「馬鹿によると手足はお飾りだぁ!」

「いやまあ師匠ほどの腕があれば、フィールドのみで戦えるでしょうが」


 呆れるビーハイヴの横に入り、マッドハッターは三人に告げる。


「良いかお前ら! これから全マナを! 大将のウォルフへと集中する!」


 正気とは思えない発言だが、彼の場合はだいたいそうである。


「四人でバラバラに対処するよりこっちの方が効率が良いだろ!?」

「ハガネ一人でそれだけのマナを?」

「今の大将ならやれるぜ! たぶん!?」


 マッドハッターがサムズアップした。

 彼の策は無謀にも思えるが、ハガネには他に対策など無い。


「ワタシは異論は無い。対応する」


 ハガネはマッドハッターに答えた。


「私はハガネを信じるわ」

「あ、ずるい。私も信じます」


 フランベルジュとミウも了承する。


「ハガネ……」

「安心してほしい」


 アイリスの不安を和らげるため、ハガネはなるべく優しく言った。

 手が届くなら頭を撫でていた。しかし今はこれが精一杯だ。


「ワタシは師匠の策に乗るだけだ」

「こちらは全力でサポートします」


 ビーハイヴとレフィエラも同意した。どうやら反対する者は居ない。もっとも仮に反対があっても、最早それを加味する暇は無いが。

 空間はタイタンの周囲のみに存在するほど圧縮している。このまま耐え続けていたとしても、いずれは爆発してしまうだろう。


「ヒャッハー! んじゃあマナを注入だぁ!」


 マッドハッターの合図を契機に、ハガネにマナが流れ込んでくる。

 あの三人が放つエネルギーだ。ハガネの予測を遥か上回る。


「圧倒的なパワーだが、しかし」


 ハガネはそれでも、怯まなかった。

 ハガネの半身の直人は言った『もし君が行き続けると言うなら』。彼はハガネがこれを切り抜けると、可能性があると考えて居た。

 それをハガネも信じてやるだけだ。まだ死ぬわけにはいかないのだから。


「アモルファス・ウォルフ。対抗する」


 ハガネはウォルフに集まったマナを、全力で空間に解き放った。



 ハイランドにあるハガネ達の家。その非常に広いリビングの中。ハガネとアイリスとそしてゲンブはテレビゲームに向かい、興じていた。


「尻尾を狙う」

「拙者は頭部を!」

「えんご。あ……」

「げふうでござるぅ!」


 ドラゴンのような巨大な生物。その頭突きで、ゲンブのキャラが飛ぶ。

 ハガネは長剣を持って斬撃。アイリスのキャラはジャンプして躱す。


「レフィエラ。貴方はやらないの?」

「私はまだ足手まといですから」


 その後方で、フラムとレフィエラ。二人が茶とケーキをしばいている。


「皆さんもうすぐご飯ですからね! それが終わったらお皿を並べて……。あ、二人はケーキ食べないで! そう言うのはご飯の後なんです!」


 そしてキッチンから料理をしつつ、ツッコミを入れるミウの声が飛ぶ。


 ―――――――――――――――


 あの決戦の日。ネストが限界まで集束して弾け飛んだ後。

 ハガネ達は何とか生きていた。三機のタイタンは全機が無事だ。


「何とか生き残ったか……師匠は?」

「逃げたわね」

「またか! 追跡する」


 姿を消したマッドハッターの、グラスをビーハイヴは追っていった。

 残ったメンバーは自宅に戻り、そして今に至るという訳だ。


 ―――――――――――――――


「今でござる! 素材取るでござるよ!」

「終わったら手を洗ってくださいね」


 必至にキャラを操作するゲンブとその後ろで食事を運ぶミウ。

 何てことは無い日常であるがこれが命懸けで護ったものだ。


『価値はあったか?』


 直人が囁く。ハガネの幻聴かもしれないが。

 しかしハガネには確かに聞こえた。


『ある。常に』


 ハガネは応えて、アイリスの頭を優しく撫でた。

 その目の前ではハガネのキャラが、頭をガジガジと囓られていた。



 漆黒の中に浮く光る点と、それを取り巻く波を打ったリング。

 システムと呼ばれている存在はセプティカを常時観測していた。


 一つの大きな戦いが終わり、しかしまたファントムは生まれ来る。彼等の闘争が止むことは無い。故にこそシステムは存在する。

 だからと言う訳では無しに彼は、戦士達の様子を見つめていた。

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四ツ目のハガネ 谷橋 ウナギ @FuusenKurage

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