四章 第十三話
1
浮島を縫い、或いは砕きつつ、二機のタイタンが剣を振るう。ウォルフとヨツメ──互いが互いに、高速で斬撃を繰り出しあう。
間断無く。呼吸の暇すら無く。衝突した刃が火花を撒く。
濃密な濃密な殺し合い。しかしミウが、違和感に気付いた。
「ハガネさん?」
おずおずと問いかけた。
しかしハガネが返すことは無い。ただ無言で戦い続けている。本当に機械と化したが如く。
精密に速く。鋭く強く。それ以外は無いとでも言う様に。
「ハガネ様のマナの波動……これは、敵の波動と重なり合っている。まるで二つに分裂した物が、一つに戻ろうとしている様に」
「危険な状況……なんですよね?」
「わかりません。私も初めてです。マナの出力は上昇している。ただやはり正常ではありません。早く意識を呼び戻さなくては」
二人が宙に浮かぶキーボードを必至に叩くが解決はしない。
「ハガネ……?」
耳を寝かせたアイリス。彼女の声も届かない程だ。
明らかに異常な状態である。ハガネと、それと戦う直人も。
「対応策が一つだけ有ります」
そこでレフィエラは二人に告げた。ただし表情は険しいままでだ。
「今ウォルフは私達三人のマナをも利用して戦っている。言い替えればマナが繋がっている。その流れを使って呼び掛けます」
レフィエラは言って震える右手を、左手で包み込み握りしめた。
上手く行く保証などどこにも無い。それでも出来ることはこれしか無い。
「具体的には?」
「祈り、呼び掛けます。マナの流れに意識を傾けて」
言ってレフィエラは目を閉じた。
ミウとアイリスも彼女へと続く。ハガネに思いが伝わるように。少しでも魂に届くように。
戦い続けるウォルフの中で。ハガネが応えてくれると信じて。
2
世界は純白に、包まれていた。一点の濁りも、光も影も、果てさえも無い究極の領域。ハガネは気付くとその領域に、直人と向かい合って浮かんでいた。
いつから? そしてどうやって? ハガネには推測のしようもない。戦っていたのは覚えているが、記憶は今へと繋がっていない。
「ここは……?」
「君と私が見ている、夢と魂が混ざり合った場所」
そこでハガネが問を投げかけると、直人が静かに返事を返した。
この場所には声以外音もない。風も無くあるのは静寂だけだ。
「私達は元々一つだった。魂は共鳴し、惹かれ合う」
直人は少しだけ寂しげだった。
「しかしここから先へ進めない。微かに拒まれていると感じる」
直人は言ってハガネに手を伸ばす。しかしまだ触れるには距離がある。ここが夢の世界というのなら、二人の心の隔たりがそれだ。
ハガネには理解出来ていた。魂だけの状態なればこそ。
「ワタシには保ちたい物がある。君はそれを壊してしまうだろう」
ハガネの意思ははっきりとしていた。
例え直人が否定するとしても。
「世界は心を傷付けるだけだ。皆幸せを求め、不幸となる」
「そうかもしれない。しかし幸福は、求めずとも得られる事もある」
どんなに足掻いても手を伸ばしても、触れることすら叶わぬ物がある。ハガネも痛いほど理解していた。
だがそれでも、ハガネは選択する。
「ワタシは今幸せだと感じる。それは他者から与えられた物だ。何よりも希少で大切な物。それを手放す選択は出来ない。利己的で欲望に塗れている。君に、そう批難されるとしても」
「例えそうでも君が羨ましい。私が未だ知らない感情だ」
そんなハガネに直人は微笑んだ。悲しさを押し殺しているように。
その直後、ハガネを力強く暖かい感覚が包み込む。
「これは……呼ばれている。戻るべきだ」
ハガネはその感覚に精神を、可能な限り研ぎ澄まし応えた。
するとここにあるハガネの虚像が、徐々に薄まって行くのを感じる。
「さようなら。私だった者。存在することを選んだ者よ」
去り行くハガネの精神に、最後に直人の言葉が届いた。
3
迫るヨツメ。アモルファス・ウォルフ。その肩を切っ先が貫通する。
「ハガネさん!」
「腕を、やられただけだ」
ハガネはミウにそう言って応えた。
「ハガネさん……意識が!」
「飛んでいた。いや、彼と夢で語らっていた」
意識を取り戻した瞬間に、ヨツメからの刺突が行われた。それでハガネは咄嗟に避けきれず、ウォルフの肩を抉られ失った。
右腕は跳ね飛ばされてはいるが、それで済んで良かったと見るべきだ。あと少し反応が遅ければ、胸部に剣を突き立てられていた。
と──そこに声が投げかけられる。ハガネが良く知った二人の声が。
「ワタシが戻るまで持ちこたえたか」
「私のハガネだもの。当然ね」
ビーハイヴとフランベルジュであった。二人のタイタンも復帰している。
ゼグヴェルとガラゼラが飛んできて、ウォルフの左右に着いてフォローする。
もっとも既に勝負は着いている。ハガネにもそれは理解出来ていた。
「彼の力は弱体化している」
「そのようだ。そしてお前の力は、信じられない程に上がっている。何があったのか知らないが、凄まじいマナの流れを感じる」
ハガネが感覚で唱えた説を、ビーハイヴが後から裏付けた。
直人との精神の語らいは、ただの言葉を交わすものではない。二つの魂が食い合っていた。ハガネはその戦いに勝利した。物理的に敵を破壊するより、大きな価値があるのは明かだ。
事実ヨツメは無傷でありながら、機体が徐々に崩れ始めている。
「忠告する。もう一人の私。もし君が生き続けると言うなら」
その直人がハガネに対し言った。
「命がこの世界に在る限り、我々もまた誕生し続ける。終わりは無い。苦しみや悲しみを、消し去る方法など無いのだから」
彼とハガネは同一の存在。
故にハガネにもまた解っている。
「私と君は常に共にある。君が滅び去るその瞬間まで」
直人が言い終わると彼の機体──ヨツメが剣を構え突進した。
彼の存在意義はそれなのだ。滅ぼすことを止めることは無い。
「すまない」
ハガネはウォルフの剣で、その刃でヨツメを貫いた。
そして直人に対して謝罪した。本当に心から、謝罪した。彼に強く共感しながらも、彼を認められないその事に。
ヨツメと直人はその直後、形を失い虚無に溶け去った。
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