四章 第十二話



 とても、穏やかな光景であった。爽やかな空に浮かぶ島の群。せせらぎと共に流れ落ちる川。桃源郷がもしあるとしたなら、こう言う姿をしているのだろう。


 しかしここはファントム・ネストの中。空間がひび割れて穴が開いた。

 そしてハガネのウォルフを筆頭に、三機のタイタンが──侵入する。


「ここが?」

「我らの生み出したネスト。コアの意思が反映された世界」

「つまりはハガネさんのファントムが? とても平和で……美しい世界」


 ハガネが聞き、ビーハイヴが答え、ミウがそれに対し感想を言う。

 その間も攻撃などは無く、タイタンは宙を飛び進んで行く。


 目的地はネストの中心地。そこにコアが待ち受けているはずだ。空間は外部から見るよりも、更に広大で果てが無く見えた。だが空間は有限ではあるし、間違い無くそこに近づいている。


 事実、少しして、中心部には人型のファントムが現れた。何も無いところから忽然と、ゼロから造り出されるが如くに。

 タイタンサイズの人型ファントム。兵器のような外観の存在。それはネストに於けるコアであり、同時にハガネの半身でもある。

 頭部にある四つのアイセンサー。ハガネでなくとも確実に判る。


「来たか」

「君がワタシから生まれた?」

「そうだ。そして君を滅ぼす者」


 機械の様なファントムの内部に、存在する直人がそう答えた。

 直人はハガネが死ぬ前の姿。服装こそ違うが間違い無い。


「このヨツメはそのために生み出した。そして、戦力は分断させる」


 直人が言うと次の瞬間に、新たにタイタン級が現れた。


「これは……」

「ふうん」


 二機のファントムがゼグヴェルと、ガラゼラに向かって、突撃する。

 そして衝突するその瞬間に、球体の異空間を造り出す。


「これで邪魔をするモノは何も無い。さあ始めよう。ここが終点だ」


 ヨツメと呼んだファントムの両手に諸刃の剣がそれぞれ握られる。

 そして残されたウォルフとヨツメは、どちらからでもなく接近をした。互いが互いを斬り裂くために。互いが互いを、消し去るために。



 電脳空間──それは、実際には存在しない場所。ビーハイヴのゼグヴェルは気が付くとそのような空間に浮かんでいた。

 立体格子状に見える線。自然の不規則さが無い領域。しかしここは現実の空間だ。ビーハイヴはそのことを知っていた。

 前方に居るタイタン級の敵。その中の少年と同じように。


「予想をしてはいたが、やはり来たか」

「解ったような口を利くんだね」


 少年はビーハイヴへと返した。

 パーカーを着た背の低い少年。生前のビーハイヴ──隼である。


「僕のくせに、その武装。臆病者のタイタンに見えるな」


 その隼はゼグヴェルを見定めて、値踏みしたようにそう言った。


「そちらは随分簡素なようだが?」

「ミョルニールには無駄な部分が無い」


 隼のミョルニールは武装の無い、非常にシンプルなデザインだった。

 ただし両腕が異様に大きい。それが恐らく長所なのだろう。


「試して見ろ。ワタシは忙しい。悪いが長居をするつもりはない」

「僕は長くこの時を待っていた。君と僕は今日、一つに戻る」


 隼がビーハイヴに答えると、ミョルニールが右拳を構えた。

 そして弾けるように突進し、ゼグヴェルへと拳を叩き込む


「ふん!」


 その直前ゼグヴェルは、装備した銃砲をパージした。全身に備え付けられた物を、一つ残らず例外すらも無く。そして左拳をミョルニールの、右拳に対し衝突させた。


 結果、ミョルニールの右腕が、即座に肩まで粉々になった。と、同時に銃砲が飛び回り、全方位からミョルニールを射撃。


「せい!」


 間髪を入れず右拳で、ゼグヴェルは隼にトドメを刺した。ミョルニールは青い炎となって、瞬く間に崩れて消滅する。

 ビーハイヴから見てこの幕切れは決して意外な物などでは無い。


「神の鉄槌か──しかし我が師は、神をすらも容易く葬り去る」


 ビーハイヴは拳を出して言った。ウォッチャーに師事し鍛練を積んだ、その自分が敗れるはずが無いと。


「だがワタシも反省すべきだろう。世界を憎む心が君だった」


 自責の念もないワケではないが、今は他にやるべき事がある。

 ゼグヴェルの銃砲を再装備し、ビーハイヴは周囲を見渡した。


「エリアが崩壊する気配がない。直接破壊する必要が有る」


 ビーハイヴはゼグヴェルの全身に、マナの力を再び滾らせた。



 惑星が一つ、宇宙にあった。赤と緑と青の三色で、彩られた球体の惑星が。

 フランベルジュの乗ったガラゼラは、その惑星が見える宇宙に居た。ガラゼラをこの空間に誘い、立ちはだかるファントム・タイタンもだ。


「ふうん。このエネルギー。ミウなのね」


 その敵を見てフラムは微笑んだ。

 彼女の予想通りタイタンの、内部にはミウの半身が浮かぶ。


「私はシア。この子はベルアニス。貴方はここで私が破壊する」


 シアが言うとベルアニスの機体が両腕両足を軽く広げた。

 ベルアニスは純白のタイタンで、彫刻のような美しさがある。だが、その存在理由は破壊だ。相手を滅するためにここにある。


「本体に似て真面目なのかしら?」

「貴方は私の本体を……?」

「知っているわ。とても可愛い子よ。私はあまり好かれていないけど」


 そのベルアニスとシアを目の前に、フランベルジュは雑談を始めた。

 すると意外にもと言うべきなのか、シアもその雑談に乗ってきた。


「私の本体は何も知らない。何故自分が死ぬ事になったのか」

「面白そうね。良ければ聞かせて?」

「宇宙空間で彼女の装備が壊れた結果、彼女は死亡した。事故ではなく、彼女を嫉む者が、故意に装備に手を加え殺した」


 シアは表情を変えぬまま、フランベルジュへと淡々と語る。


「今ミウと呼ばれている人間は真面目で誰に対しても優しい。公平公正でひいきをしない。そして容姿も、才能もあった」

「そこまで自分を褒めるものかしら?」

「事実それが死因となっています」


 シアは知っていた。その言葉には確信以上の断定があった。


「私達は世界を壊す者。その思念が集合した存在」

「つまりミウを殺した人間の、思念も貴方達に溶けている」

「そうです。真実を知ったところで、取り返しなどつかないことですが」


 シアはそう言って静かになった。

 そこでフラムはマナを滾らせる。


「ふふ。じゃあそろそろ良いかしら? 貴方を無に返してしまっても」


 フランベルジュは笑みを浮かべていた。心の底から出たような笑みを。

 その空気はシアにも伝わって、防御の行動へと走らせる。


「スウェイフェザー」


 ベルアニスの背から、純白の翼が生えて羽ばたく。エネルギーで造られたその羽が、次々分離し宙を埋め尽くす。

 その羽がガラゼラのフィールドに、衝突すると爆ぜて輝いた。

 見た目こそ白い羽の様である。だがこれは浮遊する機雷なのだ。


「綺麗ね。とても、儚げで」


 その羽を眺めてフラムは言った。

 彼女が羽を避けることはない。その必要性を感じていない。事実炸裂した羽の力はガラゼラに傷を負わせてはいない。


「ペネトレイター!」


 大型ライフルを造り出して、撃っても同じ事だ。ベルアニスの放った光線は、フィールドを突破する威力は無い。

 明らかに全力は出している。その上でフラムには及ばない。


「貴方はミウを嫌いなようだけど、貴方と彼女はとても似ているわ」


 フランベルジュはそんな様子を見て、少しだけ寂しそうにそう言った。

 すると同時に周囲に浮いて居た羽の機雷が全て爆発する。


「これは……」


 圧倒的なエネルギー。シアも即座に危機を理解する。


「コアが戦う時間を稼ぐため、敗北を知りながら向かってくる。飾りの要らない美しい心。どんな宝物よりも価値がある」


 偽の火星が浮かぶこの空間。その全域に熱が溜まって行く。


「シア。貴方はそれを誇りなさい。誇りながら、消えて行きなさい」


 フラムはシアやベルアニスではなく、空間自体を攻撃していた。事実火の付いた写真の如く、空間そのものが燃え尽きて行く。


「私は……!」


 ベルアニスが駆ける。ガラゼラに向かって突っ込んでくる。

 しかしその機体はダメージを受け、ボロボロになって崩壊して行く。


「素敵ね。とても輝いて見える。私も負けるつもりはないけれど」


 そして空間ごと光って消えた。ホワイトアウト。全てを呑み込んで。

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