四章 第八話



 人間はストレスに晒されると交感神経が優勢となる。交感神経は気を高ぶらせ、睡眠不足などを引き起こす。しかしハガネは機械人なので、幸い睡眠は自由に出来た。

 ハガネがネストのコアを破壊して、自らのファントムと話した後。その日は疲労から訓練はせず、全員帰還して休みを取った。


 そして翌日。ハガネは目を覚まし、リビングの扉へと歩いて行く。中には既にハガネだけを除き、同居人達が集合していた。マッドハッターに呼び出されたのだ。ハガネもまたそれ故にやって来た。


「ヒャッハー! 全員揃ったな!? じゃあもう一度最初から行くぜえ!?」


 ハガネを見てハッターはモニターを、手刀の先でビシッと指し示す。

 そこに書かれた文言を目にして、ハガネですらも思わず驚いた。曰く『ハガネVSビーハイヴ! 時を超えたタイタンデスマッチ!』。


「と、言うワケで!! 本日この後! 最終試験を執り行います!」


 それをハッターは試験だと言った。

 つまり、模擬戦と言う事か。それならハガネにも理解可能だ。


「ルールは簡単! タイマンだぁ! タイタン同士による一騎打ち! 大将は正確にはチームだが!? まあ細かいところは気にすんな! 訓練用領域に用意した! 偽地球を舞台にガチンコだ!」


 タイタンでの模擬戦は危険だが、試験という事なら仕方が無い。


「ビーハイヴが合格を認めるか! どっちかが負けたら試験終了! 色々と賭けも行われるから!? 双方ともヒャッハー手は抜くな!」


 試験という事なら仕方が無い。例え賭けが行われるとしても。

 ハガネはビーハイヴを横目に見た。黒と金色の機械人。彼の強さはハガネも知っている。勝利をするイメージは浮かばない。


「勝負事で手を抜くつもりは無い。全力で叩き潰させて貰う」


 ハガネの考えを感じ取ったか、ビーハイヴは不機嫌気味に言った。

 手加減を期待出来ない以上は、ハガネも全力で当たるほかない。


「なお大将チームはこの直後に! ヒャッハー作戦会議を行う! 秘策でビーハイヴを跪かせ! 装甲を桃色に染めるのだあ!」


 最後にハッターが駄目押しをした。ビーハイヴが本気で戦るように。



 高層ビルの上層階にある大企業にありそうな会議室。その中心でハッターは叫んだ。


「ここで残念なお知らせです! 実は秘策などありまっせーん!」


 彼が秘策を授けると言うからハガネ達はこうして来た訳だが。ハガネ、ミウ、アイリス、レフィエラ。四人は出鼻を挫かれた。


「んな簡単に強くなれるなら! 特訓なんて必要無い的な!?」

「それはそうですけど。新兵器とか?」

「急に渡されて使いこなせるか!?」


 ミウに指摘されハッターが、まさかの正論で反撃をする。

 確かに相手はあのビーハイヴだ。一瞬のミスが破滅に繋がる。


「とは言えこのままだと不味いので!? 仲良しミーティングをヒャッハーだ!」


 そこで──と、そう言う事だろうか。マッドハッターはビシッと言った。

 仲良しミーティングとはおそらくは、ハリセンを使い行ったアレだ。


「ただし今回は大将が! 話すことを自分で決めて貰う!」

「ハリセンはなしか?」

「ハリセンは無しだ! 必要なら自分でヒャッハーしろ!」


 食らう側のハガネは必要無い。ハッターなら分かっているだろうが。


「では早速! ミーティングスターティン!」


 ハガネが同意をする暇など無く、ミーティングは即座に開始された。

 とは言え急に話せと言われても、ハガネに伝えることなどあるのか?


 ハガネは数秒無言で考え──「特にない」とそう言った。

 もしもハリセンがあったなら、またバシッと殴られていただろう。


「ヒャッハーなんでも良いんだぜ!? 例えば大好きな食べ物とかな!」


 だがハッターは続けて言ってきた。

 ハガネの人生を考えたなら、食生活はわかりそうではある。しかしハガネはそれで思いついた。理由は無いが、話したいことを。


「昔。魚の食し方について、仲間に教えている男がいた。彼は美味い魚や捌き方、入手の仕方などを知っていた」

「料理人さんですか?」

「いや、兵士だ。彼はワタシと同じ兵士だった」


 ハガネはミウに聞かれそう続けた。

 ハガネは彼のことを知っている。しかもただ知っているだけではない。


「その彼を、ワタシは殺害した」


 ハガネは少し重苦しく言った。


「ワタシの居た組織は優秀さで、報酬を厳格に定めていた。その法に反すると判断され、ワタシに処分の名が下された。彼の作る刺身は美味かったが、ワタシは射殺を躊躇わなかった」


 ミウとアイリス、そしてレフィエラには想像も難しい世界だろう。

 ただ彼女達がどう感じたかは、険しい表情からも明かだ。


「ハガネ様。ハガネ様の世界で、そう言う事は普通なのですか?」

「恐らく違う。しかしワタシには、それ以外の選択肢は無かった。若しかしたらあったかも知れないが、知らないままワタシは滅び去った」


 ハガネがこの話を選んだのはネストでの一件が絡んでいる。ハガネが直人であった頃、世界は不条理で理不尽だった。


「世界は恐らく滅びるべきだと、あの頃のワタシは考えて居た。恨みや憎しみと言うものでなく、単純にそうだと考えて居た」


 今は完全に違うのか──それはハガネにもわからないのだが。


「ワタシはワタシに会わねばならない。いや、会いたいとそう思っている」


 ハガネは素直に本音を言った。落ち着いた声で、それも淡々と。

 それでも心は、伝わっている。ハガネが考えていたよりずっと。


「私が全力で協力します」

「私も。ハガネ様のためですから」


 ハガネは二人の答を聞いて、寄ってきたアイリスの髪を撫でた。

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