四章 第八話
1
人間はストレスに晒されると交感神経が優勢となる。交感神経は気を高ぶらせ、睡眠不足などを引き起こす。しかしハガネは機械人なので、幸い睡眠は自由に出来た。
ハガネがネストのコアを破壊して、自らのファントムと話した後。その日は疲労から訓練はせず、全員帰還して休みを取った。
そして翌日。ハガネは目を覚まし、リビングの扉へと歩いて行く。中には既にハガネだけを除き、同居人達が集合していた。マッドハッターに呼び出されたのだ。ハガネもまたそれ故にやって来た。
「ヒャッハー! 全員揃ったな!? じゃあもう一度最初から行くぜえ!?」
ハガネを見てハッターはモニターを、手刀の先でビシッと指し示す。
そこに書かれた文言を目にして、ハガネですらも思わず驚いた。曰く『ハガネVSビーハイヴ! 時を超えたタイタンデスマッチ!』。
「と、言うワケで!! 本日この後! 最終試験を執り行います!」
それをハッターは試験だと言った。
つまり、模擬戦と言う事か。それならハガネにも理解可能だ。
「ルールは簡単! タイマンだぁ! タイタン同士による一騎打ち! 大将は正確にはチームだが!? まあ細かいところは気にすんな! 訓練用領域に用意した! 偽地球を舞台にガチンコだ!」
タイタンでの模擬戦は危険だが、試験という事なら仕方が無い。
「ビーハイヴが合格を認めるか! どっちかが負けたら試験終了! 色々と賭けも行われるから!? 双方ともヒャッハー手は抜くな!」
試験という事なら仕方が無い。例え賭けが行われるとしても。
ハガネはビーハイヴを横目に見た。黒と金色の機械人。彼の強さはハガネも知っている。勝利をするイメージは浮かばない。
「勝負事で手を抜くつもりは無い。全力で叩き潰させて貰う」
ハガネの考えを感じ取ったか、ビーハイヴは不機嫌気味に言った。
手加減を期待出来ない以上は、ハガネも全力で当たるほかない。
「なお大将チームはこの直後に! ヒャッハー作戦会議を行う! 秘策でビーハイヴを跪かせ! 装甲を桃色に染めるのだあ!」
最後にハッターが駄目押しをした。ビーハイヴが本気で戦るように。
2
高層ビルの上層階にある大企業にありそうな会議室。その中心でハッターは叫んだ。
「ここで残念なお知らせです! 実は秘策などありまっせーん!」
彼が秘策を授けると言うからハガネ達はこうして来た訳だが。ハガネ、ミウ、アイリス、レフィエラ。四人は出鼻を挫かれた。
「んな簡単に強くなれるなら! 特訓なんて必要無い的な!?」
「それはそうですけど。新兵器とか?」
「急に渡されて使いこなせるか!?」
ミウに指摘されハッターが、まさかの正論で反撃をする。
確かに相手はあのビーハイヴだ。一瞬のミスが破滅に繋がる。
「とは言えこのままだと不味いので!? 仲良しミーティングをヒャッハーだ!」
そこで──と、そう言う事だろうか。マッドハッターはビシッと言った。
仲良しミーティングとはおそらくは、ハリセンを使い行ったアレだ。
「ただし今回は大将が! 話すことを自分で決めて貰う!」
「ハリセンはなしか?」
「ハリセンは無しだ! 必要なら自分でヒャッハーしろ!」
食らう側のハガネは必要無い。ハッターなら分かっているだろうが。
「では早速! ミーティングスターティン!」
ハガネが同意をする暇など無く、ミーティングは即座に開始された。
とは言え急に話せと言われても、ハガネに伝えることなどあるのか?
ハガネは数秒無言で考え──「特にない」とそう言った。
もしもハリセンがあったなら、またバシッと殴られていただろう。
「ヒャッハーなんでも良いんだぜ!? 例えば大好きな食べ物とかな!」
だがハッターは続けて言ってきた。
ハガネの人生を考えたなら、食生活はわかりそうではある。しかしハガネはそれで思いついた。理由は無いが、話したいことを。
「昔。魚の食し方について、仲間に教えている男がいた。彼は美味い魚や捌き方、入手の仕方などを知っていた」
「料理人さんですか?」
「いや、兵士だ。彼はワタシと同じ兵士だった」
ハガネはミウに聞かれそう続けた。
ハガネは彼のことを知っている。しかもただ知っているだけではない。
「その彼を、ワタシは殺害した」
ハガネは少し重苦しく言った。
「ワタシの居た組織は優秀さで、報酬を厳格に定めていた。その法に反すると判断され、ワタシに処分の名が下された。彼の作る刺身は美味かったが、ワタシは射殺を躊躇わなかった」
ミウとアイリス、そしてレフィエラには想像も難しい世界だろう。
ただ彼女達がどう感じたかは、険しい表情からも明かだ。
「ハガネ様。ハガネ様の世界で、そう言う事は普通なのですか?」
「恐らく違う。しかしワタシには、それ以外の選択肢は無かった。若しかしたらあったかも知れないが、知らないままワタシは滅び去った」
ハガネがこの話を選んだのはネストでの一件が絡んでいる。ハガネが直人であった頃、世界は不条理で理不尽だった。
「世界は恐らく滅びるべきだと、あの頃のワタシは考えて居た。恨みや憎しみと言うものでなく、単純にそうだと考えて居た」
今は完全に違うのか──それはハガネにもわからないのだが。
「ワタシはワタシに会わねばならない。いや、会いたいとそう思っている」
ハガネは素直に本音を言った。落ち着いた声で、それも淡々と。
それでも心は、伝わっている。ハガネが考えていたよりずっと。
「私が全力で協力します」
「私も。ハガネ様のためですから」
ハガネは二人の答を聞いて、寄ってきたアイリスの髪を撫でた。
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