四章 第七話



 グラスに注いだ炭酸飲料。その泡が現れ消え行くように。宇宙もまた次殻の中に於いて誕生と崩壊を繰り返す。知性はそれを終わりと捉えるが、巨大な摂理の一部に過ぎない。

 ファントム達が誕生することも。緩衝領域に捕まることも。セプティカに招かれた戦士達が、ファントムと戦い滅ぼすことも。


 青いクリスタルで建造された塔が並び立つ緩衝領域。その上空に歪みが発生し、アモルファス・ウォルフが──現れた。


「アモルファス・ウォルフ。転移完了。システムチェック。全て問題なし」


 その中に乗り込んでいる一人、ミウがウォルフのステータスを告げる。

 現在ウォルフのコクピットには三つの座席が設けられていた。戦闘機の前方部分だけを、三つ後部で接続したような。

 ミウ、アイリス、レフィエラがそれぞれに中央、右、左に着いている。ハガネはその上方に浮遊して、メインのパイロットを担当する。


『ヒャッハー大将! 準備は良いな!?』


 と、そこに通信が飛び込んだ。

 喋っているのはマッドハッターだ。彼が、ハガネ達を送り込んだ。

 ハリセンを使う修行の翌日。その成果を試そうというわけだ。


『大将達にはこれからネストをウォルフ単機で破壊してもらう! ゲートウェイ付近はハイランダーが! 護ってるからそこは気にするな!?』


 マッドハッターが言うとおり、ウォルフの周囲には友軍が居る。

 ヘヴィを主体とした防衛隊。そして球体状のゲートウェイ。


『ウォルフは雑魚ファントムを蹴散らして!? ヒャッハーネストの内部に突入! コアを破壊して大・勝・利! それが今回の作戦だあ!』


 その上でハッターは説明した。

 ハガネは彼の言うネストに入り、コアを目の当たりにしたことは有る。ゲンブがウォッチャーを探し出すため、ハガネを監視していた時である。ただしハガネは目撃しただけだ。コアはゲンブが一人で破壊した。

 経験不足のハガネには、作戦の妥当性はわからない。


『修行にもなるし! ファントムも殺れる! ついでにポイントもそこそこ美味い! 誰かさんが神を殺したせいで戦力が不足してるとか!?  毎日毎日修行付けるのは! 面倒くさいとかでは決してない!』

「なるほど」

「いや、“なるほどー”じゃないです。つまりハッターさんのせいですよね?」

『イエス!』

「あっさり認めた!?」

『当然だ! オレはヒャッハー誠実な漢だ!』


 ハガネはハッターを信じたのだが、疑ったミウが正解であった。

 とは言えやるべき事は変わらない。ファントムは殲滅せねばならない。


 ハガネ達の最終目標は、ラビリンスのファントムを倒す事。ここで敗北を喫するようなら、それと勝負になるとは思えない。


『てなわけでガンバ!』──とそう言ってマッドハッターの通信は切れた。

「作戦開始シグナルを確認。これよりコアの破壊を開始する」


 そこで早速ハガネは淡泊に、作戦開始を告示した。

 するとミウがシステムを起動する。


「マナ統合利用システム起動。繰者の意識情報を解放」


 これは四人のマナを統合してウォルフで使うための機能である。その効率を上昇させるため、ハガネの意識を共有化させる。

 つまり、ハガネの思っていることが三人に筒抜けと言う事だ。


「前から思ってましたけど、ハガネさん全然怒りませんね?」

「やさしい」

「水のように澄んだ心。私は……美しいと思います」

「レフィエラさん。抜け駆けは無しですよ?」

「うふふ。そんなつもりはありません」


 何やら三人は喋っているが、ハガネには考えはわからない。

 果たして何に怒るべきなのか。抜け駆けとは一体なんなのか。

 そしてハガネはわからない事象を、一々思い悩むことは無い。


「突撃する」


 ハガネはそう言うと、アモルファス・ウォルフを前進させた。

 空中を百メートルの巨体が、風を切って気持ちよく飛行する。


 すると間も無くファントムが現れ、アモルファス・ウォルフを──攻撃した。

 領域にある建物と同じく、水晶の様な装甲のマシン。十メートル弱の人型であり、一見ヘヴィのようにも見える。そんな彼等が手に作った槍を、ウォルフに向けて放り投げてくる。


 敵の身長ほどもある槍だが、ウォルフと比較すれば大きくない。威力もウォルフのフィールドによって、防ぎ止め砕けるほど脆弱だ。


「フィールド出力──高度安定。被弾無し。損傷もありません」


 ミウが言葉でそれを裏付けた。

 しかしハガネは確信していない。敵を無視して突破できるとは。


「ライフル」

「「クリスタル・アルタ・ノヴァ」」


 そこでウォルフにライフルを転送。アイリスとレフィエラで詠唱する。

 幸いハガネの考えは、三人組と共有されている。息を合わせる必要すらも無い。行動は即座に実行される。


 停止したウォルフが天に向かってライフルの銃口を突き上げると、そこから魔法弾が射出され──上空で炸裂し降り注ぐ。無数の誘導光線となって、敵の群を残骸に変えていく。


「再度ネストに向けて前進する」


 そしてウォルフは再び移動した。

 目標地点はファントム・ネスト。ドーム状の巨大な建造物。その表面はやはり水晶の、美的な装甲で護られている。

 ウォルフの速度なら、到達までにかかる時間はほんの一瞬だ。


 ハガネはその到達を待たずして、ネストへの攻撃を開始する。

 まずライフルの集束射撃。それはネストの側面に命中した。弾かれたのか損傷は軽微で、微かにヒビが入った程度だが。


「ソード」


 ウォルフの手に片刃の剣が、転送され即座に叩きつける。

 射撃で出来たひび割れに命中。重い一撃が外殻を砕く。


「ネスト表面の損傷確認」

「ハガネ様。侵入が可能です」


 直後に、ミウとレフィエラが告げた。

 ネストには歪な穴が穿たれ、ハガネにも突入可能に見える。穴の向こうは暗くわからないが、入らなければコアは叩けない。


「突入する」


 ハガネは迷いも無く、言うとウォルフを穴に飛び込ませた。



 その頃。ハガネ達が居た世界が生み出したファントムのネストの中。

 緑あふれる浮島の尖端。ファントムの直人が腰掛けて居た。その横には腕を組んだ男が、カラクサが同じ向きに立っている。


「この迷宮も終わりが近くなり、僅かにだが力を送り出せた。戦闘に使うことは出来ないが、彼と話くらいは出来るだろう」


 直人はそのカラクサへと言った。正面の虚空を見つめたままで。


「罠では無いのか?」

「そうかもしれない。それでも、この機会は逃せない」


 静かに。そして真剣に。直人は態度を崩さない。


「私達は世界を破壊する。その結果に変わりはないだろう。しかし、過程には意味がある。私は常に、そう考えて居る」


 直人がそこまで言うとカラクサは、踵を返して歩き出す。『お前がそう思うなら好きにしろ』──最後にそう不機嫌に言い残し。


 次の瞬間、直人もカラクサも、黒い霧となって姿を消した。



 ウォルフが単機で入ったネストはハガネの予想より広大だった。百メートルあるウォルフの巨体が、まるで小人のように感じられる。外壁は緩衝領域による明るい宇宙に非常に似ており、偽物の星々が閉鎖された空間をオープンに見せかける。


 しかし、ここは間違い無くネストだ。ハガネはそれを肌で感じていた。


「この空間はファントムの力で、マイナスのエネルギーで満ちている」


 ハガネは感心したように言った。

 ネストは空間であると同時に、非常に巨大なファントムでもある。人間は個として存在するが、彼等は溶け合うことが出来るのだ。

 そしてコアがそれを制御している。これこそがネストの本質である。


「ネスト中央部に高エネルギー! ネストの制御コア現出します!」

「ハガネ様。警戒してください。アレはこのファントム達の主です」


 ミウとレフィエラがハガネに言った。

 もっとも彼女達が言わずとも、コアの姿はハガネにも見えたが。


 ネストの中心部──その地面から吹き出した青い光りの粒子。それらは絡み合い渦巻きながら、瞬く間にコアのカタチを作る。

 水晶で作られた人型の、地面から生えている上半身。タイタンやヘヴィなどと同様に、どこか人の作る兵器のような。そして何より特徴的なのは、その圧倒的な巨大さである。


「おおきい」


 アイリスが耳をピコッと動かしながら一言、呟いた。

 ウォルフも百メートルあるはずだが、対比すると豆粒のようである。敵の身長は数十キロ。最早戦うと言うスケールではない。


「ウォルフ。これよりコアと交戦する」


 しかしハガネは静かに対処する。

 アモルファス・ウォルフは軌跡ですらも残らぬほど高速で飛翔した。コアの懐に潜り込むために。潜り込んで、撃破するために。


 一方、コアはその動きを予測。恐ろしい手の平を振り下ろす。

 ウォルフは紙一重で回避して、コアの手の平は地面を打ったが。その衝撃で砂が巻き上がり、大地はひび割れて、めくれ上がる。


「ロングエッジ」


 ハガネはその隙を、一瞬の停止を逃さなかった。

 ウォルフの持ったソードが伸びながら、コアの振り下ろした腕を切断。更に胴体を横薙ぎにかかる。極限までコアへと肉薄し。

 刃はコアの身長の半分。ソレだけあればどの部位でも断てる。ウォルフはコアの腹部の目の前へ。そのソードがコアへと襲いかかる。


 水晶の装甲を裂き内部へ──だがそれは、コアの罠だった。

 四分の一程進んだ場所で、ウォルフのソードは切断を止めた。内部に強固な場所が在り、刃が立たなかったと言う事である。

 その時コアの左手は上方。コアの顔の丁度目の前だった。そのまま拳を振り下ろすだけで、ウォルフは文字通り叩き潰せる。


 ハガネは選択を迫られていた。即断。ハガネは剣を放す。

 ウォルフはソードを取り残したまま、全速力で後ろへと下がった。

 すると直後に予期された攻撃、コアの拳が縦に落ちてくる。ウォルフは回避が間に合っているが、ソードは腹に突き刺さったままだ。


「ソードが!」


 ミウがそれを見て叫んだ。

 伸びたソードの刀身はへし折れ、最早使い物にならないだろう。ウォルフが放した時点でソードに注がれるマナは断絶している。こうなることは自明の理であった。しかし放さねば直撃していた。


 問題はこの先──ハガネ達が、どうやってコアを撃滅するのか。

 ウォルフに残された武器はライフル。新たな武器を転送は出来ない。このライフルで戦い続けるか、撤退し体勢を立て直すか。

 ハガネには熟慮する時間は無い。コアは既に、動き始めている。


「コアにエネルギー反応! 来ます!」


 ミウが言うと同時にコアの体、各部が変化して砲台となる。そこから全方位に光線が、雨あられと放たれ埋め尽くす。

 幸い空間が広大なので回避運動を取ることは出来た。しかし動き続けていなければ、命中しフィールドは削られる。ウォルフは移動を繰り返したため、まるで分身した様にも見える。


「砲台を狙う」


 そこでハガネは砲撃の対処を優先させた。

 回避運動を継続しながら、ウォルフのライフルで砲台を撃つ。次々とライフルは発射され、砲台に着実に命中した。


「砲台健在!」


 だがミウが言った。実際に損傷は見られない。

 それでもハガネはまだ継続する。継続する以外に道は無い。


「マナを集束」


 同じライフルだ。しかしマナの密度が違っていた。

 まるで糸の如く細い光が、砲台を貫いて穴を開ける。


「破壊! ですが、砲台修復!」

「拡散すれば装甲に弾かれ、集束すれば傷は小さくなる」

「レフィエラさん! 呑気に言ってないで、何か手段を考えてください!」


 ミウもレフィエラも戸惑うほどだ。残された手段はそう多くない。

 そこで──ハガネは決断した。


「仕方ない。正面から打ち破る」


 ウォルフがライフルを、投げ捨てた。

 そして動きを止めてエネルギーを、可能な限り機体に巡らせる。


 回避運動をしていない以上、砲撃はウォルフへと直撃する。直撃するのは理解していたが、ハガネは敢えてこの道を選んだ。

 アモルファス・ウォルフはハガネを含め、四人が乗り込む特殊な機体だ。ジェネレーターに限定して見れば、非常に高出力だ──と言える。


「はじいてる」


 アイリスの発言が、ハガネの目論見を裏付けていた。

 力を限界まで高めれば、フィールドの防御能力も上がる。分散した砲撃程度ならば、ウォルフに傷を付けることはない。

 しかし何も問題が無いのなら最初からこの手段を取っていた。


「警告多数! エネルギーバランス、崩壊状態に至っています! 攻撃エネルギー過剰蓄積! このままだとウォルフは自壊します!」


 ミウが相当に焦って言った。

 マナで攻撃を行うときには二つの効果が同時に働く。敵を破壊するエネルギー。自らを護るエネルギー。バランスが崩れれば自らの、エネルギーで自滅することになる。


 だが同時に解除もまた出来ない。

 動きを止めたウォルフへと向かって、コアからの砲撃が集中する。マナの出力を落とした瞬間、その砲火がウォルフを粉砕する。


「心を決めるしかないようですね。私もコントロールを補助します」

「アイリスも、やる」

「では、私達で」

「うーもー! じゃあデータを流します! それと! 私もお手伝いします!」


 レフィエラにアイリス、ミウも追随。エネルギーが多少は安定する。

 それでも危険に間違いは無いが、ハガネは既に腹を決めている。


「紅茶を飲み干す」


 ハガネは言った。

 淹れ立ての紅茶を一気に飲めば、喉は焼けるが飲めないことはない──マッドハッターの発言であるが、残念だが正しいとは言えない。温度や量次第で肉体は、致命的な傷を負うことになる。

 ハガネはそれを理解した上で、更にエネルギーを上昇させた。戸惑いは技を鈍らせる。勝利できなければ意味などは無い。


 力は極限を超えて高まり、ウォルフの装甲を発光させる。ハガネはその力を逃さぬよう、構えをとり、そして前進した。


「悪いが……貫かせて貰う」


 ウォルフは左の拳を引いて、コアの胸部に向けて飛翔する。コアは頭部から巨大な光を、放ってウォルフを迎え撃つ。


 ウォルフはその光を斬り裂いた。コアがかざした腕も粉砕した。そしてウォルフはコアの胸部へと、拳を突き刺して、離脱した。


 そこでハガネはようやく息を吐く。

 距離を取ったウォルフの装甲は、既に鈍色へと回帰していた。それは即ち蓄積したマナが、放出されているという事だ。


「力は間も無く制御を失い、貴方を内面から破壊する」


 ハガネは一応コアへと言った。コアに知能があるのかは謎だが。埋め込んだマナの光は肥大し、巨大なコアの全身を呑み込む。

 凄まじいマナの暴風の中で、コアですらも形は保てない。コアはひび割れ砕けて消えて行く。抵抗する事すらままならずに。


 ハガネは四つの目を逸らさずに、その様子を静かに眺めていた。



 やがて光は弱まり消え去った。

 ハガネはウォルフの中で、見回した。ネストの内部に居た巨大コアはバラバラになって砕け散っていた。

 頭部や肩など辛うじて、原形を保っている場所もある。しかしそれすら光る霧となって、ゆっくりと虚空へと溶けていく。


「ハガネ様。警戒してください」


 しかしレフィエラがハガネに言った。


「ネストはコアを破壊した時点で、ひび割れて崩壊を始めるはず。ですがなにも変化は見られません。私もこんなことは初めてです」


 彼女の声は静かだが、強い。真実である事は間違い無い。

 ──と、その時だった。


「同胞よ。協力に感謝する」


 残されたコアの頭が言った。

 破損して亀裂に塗れた頭。胴体部は既に跡形も無い。だが喋ったのは確かに頭部だ。目にも微かにだが光が見える。

 ハガネはそれを聞いてエネルギーを、再び高レベルへと引き上げた。


「安心しろ。君達は勝利した。我々は間も無く虚無へと還る」


 頭はそれを受けてハガネに言う。

 しかし何か目的があるはずだ。


「だがその前に伝えねばならない。そのために彼の口を借りている」


 ハガネもそこまで聞いて気が付いた。彼の声がハガネと同じ事に。


「私は君に産み落とされたモノ。存在を拒絶する意思の力」


 彼は自己紹介をした上で、ハガネに向かって無機質に問うた。


「しかし君は今もこの場所にいる。私達を狙う狩人として。私達はどうして分離した? 君は何故存在を受け入れた?」


 この言葉は惑わすためではない。それはハガネにも魂で分かる。直ぐに答えることなど出来ないが、一方で重要な問いでもある。


「今此所にある私の分身は、本体へと戻る能力は無い。だが君と私は必ず出会う。その時には答を待っている」


 ハガネの心を見透かしたように、彼は言った。そして消え去った。

 頭部が急速に形を無くし、次いで空間にひび割れが走る。


「ネストが崩壊を開始しました。間も無く領域へと帰還します」


 ミウがその現象を説明した。


「でも、ハガネさん。大丈夫ですか?」


 おずおずと訪ねた彼女に対し、ハガネはまだ答を持たなかった。

 ハガネは勝ち、ネストは瓦解する。それだけがハガネには解っていた。

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