四章 第六話



 そこは楽園のような場所だった。

 一面に広がる水色の空。宙に浮かぶ大地とそして雲。大地の上には緑が茂り、蝶や小鳥が楽しそうに踊る。


 その大地の一つに青年が、大の字になって──寝転んでいた。無地のTシャツにジーンズを穿いて。男性としては長い黒い髪。優しい風が彼の髪を撫で、柔らかい光が肌をぬくめる。

 しかし直後に光が遮られ、青年の上に影が作られた。


「直人。またそうして寝ていたのか」

「カラクサ。役割は果たしている」


 青年は答えて少し笑った。もっとも目は閉じたままであったが。

 一方彼の横に立つ男は相変わらずの仏頂面である。砂色のジャケットを着た男。青年よりもやや大柄である。


 二人は──所謂ファントムだった。直人とカラクサ。二人はそれぞれ、ハガネとハッターに造り出された。


「私のオリジナルを感知した。遠からず、ここに現れる」

「予期されたことだ。遅いくらいだな。俺のオリジナルは頭が鈍い」


 直人が言うとカラクサは嘆いた。

 だがどんなに嘆いてみたところで、現実から逃げる事は出来ない。彼等のオリジナルは間違い無く、彼等を倒す為に現れる。

 そこで直人はようやく目を開けた。


「終わりが近いと、言う事だろう。私達の目的は果たされる」


 立ち上がった直人の指の上に、青い小鳥が優雅に着地した。



 訓練は大抵疲労を招く。

 新たな住まいとなる豪邸の、リビングは──死屍累々だった。ミウやアイリス、神であるレフィエラ、恐れし者、ハガネすらまでも。修行を受けた者達は揃って、ソファーや壁や床に倒れている。


「ヒャッハーーーーー! それではこれより!? 作戦会議を開始するぅぅぅ!」


 しかしそんなことなど気にもせずに、マッドハッターは楽しげに言った。いつにも増してハイなテンションでだ。

 幸いビーハイヴとフランベルジュ、ゲンブは特に疲労していない。壁に現れたモニターが、彼等に会議の要綱を示す。


「今日! 本日! 大将達には訓練を受けてもらったが!? 全ては決戦に備えるためだ! その配置を今から発表する!」

「師匠。質問を良いですか?」

「ダメだぁ!」

「あ、はい。では控えます」


 ビーハイヴを華麗に撃沈し、マッドハッターは会議を続ける。


「オレはオレの分身をボコるのに! とりあえず全力を注ぐとして!? 大将、フラム、そしてビーハイヴはコアの撃滅に当たってもらう!」


 まずは前衛の四人組。


「次にゲンブと恐れし者君はラビリンスの出口を防衛だあ! ハイランダーの愉快な友達を率いてゲートウェイを護りやがれ!」


 次に後衛。しかしまだ足りない。


「最後にミウとアイリスとレフィエラ! お前らは大将のタイタンだ! ウォルフ君を改造しておいたあ! アレを四人一緒に運用する!」


 いつの間に造ったかは不明だが、ハッターはウォルフのフィギアを見せた。

 しかしビーハイヴは、懐疑的だ。


「タイタンを複数で動かすなど、前代未聞だと考えますが?」

「確かに普通は無理筋だあ! しかしファントム共はやっているぅ! 大将の作り出したファントムは負の思念を集めて使っている! つまり大将も頑張れば!? 同じ事が出来るはずだたぶんな!?」

「確かに。道理には適っています」


 その疑問にハッターが回答し、ビーハイヴも一応納得した。

 お仕置きが無かったと言う事は、適切な質問だったのだろう。


「明日からはその訓練もやるぅ! それとお前は語尾にニャンをつける!」


 と、思ったがお仕置きはあった。既に決められたモノではあるが。


「てなワケで会議は終了だニャン! 各自明日までヒャッハーだらけろ! 尚一応夜這いは禁止するぅ! 大将は動けないわけだしなあ!」


 最後にハッターがビシッと言うと、次の瞬間には消え去っていた。



 翌日。ハガネは格納庫にて、金属の床に正座をしていた。

 その背後にはマッドハッターと、ミウとアイリスと、レフィエラが立つ。四人組に共通しているのはハリセンを持っているという事だ。


「ヒャッハー! ではこれより第一回! 大将ラブミーティングを行う!」


 その中のマッドハッターが言った。

 マッドでハイテンション気味の彼が、このミーティング? の企画者である。


「昨日説明したとおり四人で! ウォルフに乗り込んで貰うわけだが!? いくら大将に力があっても! 心がバラバラじゃ話しにならん! そこでこのラブミーティングを通し! 君達には仲良くなって貰う!」


 マッドハッターはいつもの如く、言っていること自体は真っ当だ。


「ご都合主義のアニメじゃあるまいし! いきなり仲良くなったりはしねえ! 息とか会わねえ! 強くもならねえ! 愛とか芽生えるワケもねえ!!」


 例えは微妙に──わかりづらいが。


「てなワケで! 手順の説明だぁ! 大将には事前に色々とぉ! アンケートに答えて貰っている!」

「同意する」

「だよな!? そうだよな!? そいつを今から公表するぜぇ! 三人組はしっかり見るように!」


 とにかくハッターは、説明した。

 しかし一つ小さな疑問がある。それをミウも、気にしていたようだ。


「あのー。それはわかりましたけど……この折った紙はなんなんでしょうか?」

「ヒャッハー! お嬢! 良い質問だ!」


 おずおずと聞いたミウに指を指し、ご機嫌にハッターが回答した。

 折った紙とはずばりハリセンだ。ハガネ以外はそれを持っている。


「この物体はハリセンと言ってぇ! 本来ツッコミに使うモノだぁ! ミーティング中にもやっとしたらぁ! そいつでハガネの頭を殴れぇ!」

「殴るんですか?」

「ヒャッハーそうだぁ! 大丈夫たぶん痛くはねーから!」


 ミウは、いやマッドハッター以外、全員頭にハテナを浮かべた。

 だが、ハッターは意にも介さない。話をぐんぐん前へと進める。


「まあ習うより慣れろって言うだろ!? てなわけで! ラブミーティング開始!」


 マッドハッターが言うと、五人の前に一つのモニターが現れた。

 五人で同時に見る事が出来る、比較的大きなモニターである。


「第一問! 三人は大将をどう思っているか! 当てなさーい!」


 デデン──と言う音がして、ハガネの回答が、表示される。

 ミウ:わからない。

 アイリス:わからない。

 レフィエラ:わからない。


 直後に四人のハリセンが、スパパパパンとハガネにヒットした。


「なるほど」


 ハガネもそれで理解した。

 このハリセンは紙で出来ていて、音はするが大して痛くはない。そして四人はもやっとしたらしい。その理由は見当が付かないが。


「ちゃんと考えればわかるはずです」

「うん」

「ハガネ様。今のはダメです」


 三人揃ってのダメ出しである。

 彼女達がダメだと言うのだから、やはりダメなのだと言う事だろう。


「ヒャッハー! じゃんじゃんばりばりゴー!」


 ハガネは戦争以外の場面で、人の考えを読むのが苦手だ。

 ただし“ハリセンは当分続く”。それだけはハガネにも予想できた。

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