四章 第六話
1
そこは楽園のような場所だった。
一面に広がる水色の空。宙に浮かぶ大地とそして雲。大地の上には緑が茂り、蝶や小鳥が楽しそうに踊る。
その大地の一つに青年が、大の字になって──寝転んでいた。無地のTシャツにジーンズを穿いて。男性としては長い黒い髪。優しい風が彼の髪を撫で、柔らかい光が肌をぬくめる。
しかし直後に光が遮られ、青年の上に影が作られた。
「直人。またそうして寝ていたのか」
「カラクサ。役割は果たしている」
青年は答えて少し笑った。もっとも目は閉じたままであったが。
一方彼の横に立つ男は相変わらずの仏頂面である。砂色のジャケットを着た男。青年よりもやや大柄である。
二人は──所謂ファントムだった。直人とカラクサ。二人はそれぞれ、ハガネとハッターに造り出された。
「私のオリジナルを感知した。遠からず、ここに現れる」
「予期されたことだ。遅いくらいだな。俺のオリジナルは頭が鈍い」
直人が言うとカラクサは嘆いた。
だがどんなに嘆いてみたところで、現実から逃げる事は出来ない。彼等のオリジナルは間違い無く、彼等を倒す為に現れる。
そこで直人はようやく目を開けた。
「終わりが近いと、言う事だろう。私達の目的は果たされる」
立ち上がった直人の指の上に、青い小鳥が優雅に着地した。
2
訓練は大抵疲労を招く。
新たな住まいとなる豪邸の、リビングは──死屍累々だった。ミウやアイリス、神であるレフィエラ、恐れし者、ハガネすらまでも。修行を受けた者達は揃って、ソファーや壁や床に倒れている。
「ヒャッハーーーーー! それではこれより!? 作戦会議を開始するぅぅぅ!」
しかしそんなことなど気にもせずに、マッドハッターは楽しげに言った。いつにも増してハイなテンションでだ。
幸いビーハイヴとフランベルジュ、ゲンブは特に疲労していない。壁に現れたモニターが、彼等に会議の要綱を示す。
「今日! 本日! 大将達には訓練を受けてもらったが!? 全ては決戦に備えるためだ! その配置を今から発表する!」
「師匠。質問を良いですか?」
「ダメだぁ!」
「あ、はい。では控えます」
ビーハイヴを華麗に撃沈し、マッドハッターは会議を続ける。
「オレはオレの分身をボコるのに! とりあえず全力を注ぐとして!? 大将、フラム、そしてビーハイヴはコアの撃滅に当たってもらう!」
まずは前衛の四人組。
「次にゲンブと恐れし者君はラビリンスの出口を防衛だあ! ハイランダーの愉快な友達を率いてゲートウェイを護りやがれ!」
次に後衛。しかしまだ足りない。
「最後にミウとアイリスとレフィエラ! お前らは大将のタイタンだ! ウォルフ君を改造しておいたあ! アレを四人一緒に運用する!」
いつの間に造ったかは不明だが、ハッターはウォルフのフィギアを見せた。
しかしビーハイヴは、懐疑的だ。
「タイタンを複数で動かすなど、前代未聞だと考えますが?」
「確かに普通は無理筋だあ! しかしファントム共はやっているぅ! 大将の作り出したファントムは負の思念を集めて使っている! つまり大将も頑張れば!? 同じ事が出来るはずだたぶんな!?」
「確かに。道理には適っています」
その疑問にハッターが回答し、ビーハイヴも一応納得した。
お仕置きが無かったと言う事は、適切な質問だったのだろう。
「明日からはその訓練もやるぅ! それとお前は語尾にニャンをつける!」
と、思ったがお仕置きはあった。既に決められたモノではあるが。
「てなワケで会議は終了だニャン! 各自明日までヒャッハーだらけろ! 尚一応夜這いは禁止するぅ! 大将は動けないわけだしなあ!」
最後にハッターがビシッと言うと、次の瞬間には消え去っていた。
3
翌日。ハガネは格納庫にて、金属の床に正座をしていた。
その背後にはマッドハッターと、ミウとアイリスと、レフィエラが立つ。四人組に共通しているのはハリセンを持っているという事だ。
「ヒャッハー! ではこれより第一回! 大将ラブミーティングを行う!」
その中のマッドハッターが言った。
マッドでハイテンション気味の彼が、このミーティング? の企画者である。
「昨日説明したとおり四人で! ウォルフに乗り込んで貰うわけだが!? いくら大将に力があっても! 心がバラバラじゃ話しにならん! そこでこのラブミーティングを通し! 君達には仲良くなって貰う!」
マッドハッターはいつもの如く、言っていること自体は真っ当だ。
「ご都合主義のアニメじゃあるまいし! いきなり仲良くなったりはしねえ! 息とか会わねえ! 強くもならねえ! 愛とか芽生えるワケもねえ!!」
例えは微妙に──わかりづらいが。
「てなワケで! 手順の説明だぁ! 大将には事前に色々とぉ! アンケートに答えて貰っている!」
「同意する」
「だよな!? そうだよな!? そいつを今から公表するぜぇ! 三人組はしっかり見るように!」
とにかくハッターは、説明した。
しかし一つ小さな疑問がある。それをミウも、気にしていたようだ。
「あのー。それはわかりましたけど……この折った紙はなんなんでしょうか?」
「ヒャッハー! お嬢! 良い質問だ!」
おずおずと聞いたミウに指を指し、ご機嫌にハッターが回答した。
折った紙とはずばりハリセンだ。ハガネ以外はそれを持っている。
「この物体はハリセンと言ってぇ! 本来ツッコミに使うモノだぁ! ミーティング中にもやっとしたらぁ! そいつでハガネの頭を殴れぇ!」
「殴るんですか?」
「ヒャッハーそうだぁ! 大丈夫たぶん痛くはねーから!」
ミウは、いやマッドハッター以外、全員頭にハテナを浮かべた。
だが、ハッターは意にも介さない。話をぐんぐん前へと進める。
「まあ習うより慣れろって言うだろ!? てなわけで! ラブミーティング開始!」
マッドハッターが言うと、五人の前に一つのモニターが現れた。
五人で同時に見る事が出来る、比較的大きなモニターである。
「第一問! 三人は大将をどう思っているか! 当てなさーい!」
デデン──と言う音がして、ハガネの回答が、表示される。
ミウ:わからない。
アイリス:わからない。
レフィエラ:わからない。
直後に四人のハリセンが、スパパパパンとハガネにヒットした。
「なるほど」
ハガネもそれで理解した。
このハリセンは紙で出来ていて、音はするが大して痛くはない。そして四人はもやっとしたらしい。その理由は見当が付かないが。
「ちゃんと考えればわかるはずです」
「うん」
「ハガネ様。今のはダメです」
三人揃ってのダメ出しである。
彼女達がダメだと言うのだから、やはりダメなのだと言う事だろう。
「ヒャッハー! じゃんじゃんばりばりゴー!」
ハガネは戦争以外の場面で、人の考えを読むのが苦手だ。
ただし“ハリセンは当分続く”。それだけはハガネにも予想できた。
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