四章 第四話



 ハイランドに立つ高層ビルの、間仕切りも柱すら無い一室。

 だが透明なモニターが現れ、ハガネ達は直ぐに取り囲まれる。フラムやビーハイヴの反応から、二人も恐らく知らないのだろう。

 そのモニターの役割については、マッドハッターだけが知っていた。


「知ってのとおりオレ達はセプティカ、通常の領から姿を消した! このハイランドに集結し! 某ファントムに対処するためにぃ!」


 マッドハッターがドドンと発表。

 弟子のビーハイヴがそれにツッコむ。


「対処することは理解が出来ます。ですが姿を消すのはわからない」


 するとハッターは一瞬の内に──


「チェストー!」

「ブッピガァン!?」


 ビーハイヴの頭を接合した。高速且つかなり乱暴気味に。


「それ以上反論すると! 貴様の装甲をハート柄にするぅ!」

「師匠はあまりにも高尚過ぎてワタシには計り知れません!」


 こうしてビーハイヴは納得した。


「と! 言うワケで話を戻すと! ファントム共は現在ラビリンス! 空間迷宮に閉じ込めている!」


 そこで再びハッターは言うと、ルービックキューブを、取り出した。


「この玩具は三×三! 九個のブロックで成り立っている! 尚中央の構造は無視しろ! いまはそんなに大事な事じゃねえ!」


 そのキューブがふわりと宙に浮かび、同じ物がもう八個現れる。合計九個が合体し、より巨大なキューブが完成する。


「これで九×九! 八一! ラビリンスはこんなもんじゃねえけど!? 要は緩衝領域が無数に! くっついて作られた迷宮だ!」


 と、言い終わるとキューブが消えた。

 そこまで聞いてハガネも理解する。


「つまり緩衝領域の迷路で、ずっと時間稼ぎを続けている?」

「イエスイエス! その通りだ大将! だからまだ世界は滅びていねえ!」


 マッドハッターはあくまで明るい。そんな姿勢を全く崩さない。

 しかし彼の言葉はもう一つの、重大な事実を突き付けていた。


「これからヒャッハー大将達は! オレ達と共に戦って貰う!」


 ウォッチャーと仲間達を持ってして、ファントムを排除できてはいないと。



 百メートルはある人型兵器。鉛色をして佇む巨体。そして何よりも特徴的な、顔面部にある四つのセンサー。

 格納庫に立つその足下で、マッドハッターは楽しげに告げる。


「こいつが大将専用タイタン! アモルファス・ウォルフ! 略してウォルフだ!」


 彼は平手でそれを指し示した。

 ハガネはその誘導に従って、足から頭に視線を滑らす。

 ヘヴィとの違いは色々あるが、何よりも大きさとシルエットだ。足が長めで胴体は短め。ヘヴィよりもかなりルックスが良い。バランスが多少心配になるが、ハッターの見立ては正確無比だ。

 もっとも、ハガネの能力で、タイタンを動かせるかは謎だが。


「ワタシのマナの力で動くのか?」

「それは実際やってみるしかねえ!」


 実にハッターらしいブン投げだ。

 しかし確かに心理だとも言える。


「とにかくコクピットに入って見ろ!」

「方法は?」

「テレポーテーションだ! 今メッセージで設定を投げた! サクッとその通りにして味噌漬け!」


 ハッターが言うとハガネの頭に、ピロリロリンと電子音が響く。

 メッセージ受信時の合図である。そのメッセージに基づいて、ハガネは転送機能を使う。


 ハガネは自分の体に転送機能がある事など、知らなかった。体を用意したのはハッターだ。おそらく予め仕込まれて居た。

 ともあれハガネは発光し、アモルファス・ウォルフの内部へと跳ぶ。


『搭乗者を認識。スキャン中。登録正規パイロット確認』


 すると視界が開けると同時に、無機質な女性の声が響いた。

 タイタンのコクピットは球状で、外壁に景色が映って見える。その中心にハガネは浮いて居て、落ちることも──昇ることもない。


『ようこそハガネ様。タイタン・アモルファス・ウォルフ──待機モードです。初回起動の必要を検出。初回起動を開始なさいますか?』


 浮かぶハガネに女性が聞いてきた。

 ハガネは軽く周囲を確認し、その質問に端的に答える。


「開始する」

『了解致しました。アモルファス・ウォルフを、起動します』


 声が言うと同時に複数の、モニターが出現しては消え出す。


『タイタンの各種システム、正常。繰者の精密スキャン、完了。マナダイレクトリンクコントロール、繰者のマナエネルギーと同調』


 そしてハガネの感覚がタイタン、アモルファス・ウォルフと融合される。ハガネの体はハガネであって、同時にアモルファス・ウォルフでもある。ヘヴィの操縦とも似ては居るが、より敏感でそれに力強い。


『全機能正常に稼働中。アモルファス・ウォルフ、起動完了』


 彼女は完了したと、そう言った。

 しかし彼女はまだ更に続ける。


『設定されたメッセージ、確認。一件、再生開始します』

『ヒャッハー大将! 無事起動したな!? そんじゃあ早速実戦だあ!』


 ご機嫌なハッターの指令だった。


『大将がこれを聞いている場合! オレの部下は既に戦っている! ラビリンスの端に居るファントムだ! 大将はそいつらをヒャッハーしろ!』

『それが必要だと、そう言うのなら』


 ハガネは自分が生んだファントムを、排除したいとそう考えて居た。理屈では無く本能の部分で、必要なのだと理解をしていた。


『ヒャッハー! グッドな返事だ大将! てなワケで張り切って行ってみよう!』

『転送座標の固定を完了。アモルファス・ウォルフ、転送開始』


 アモルファス・ウォルフが紫電を発し、次いで刹那にその巨体が消える。

 ハガネは戦場へと旅だった。不安感も、高揚感も無く。



 宇宙のような空間を光が、線や爆発となって照らし出す。アモルファス・ウォルフが跳ばされた先。そこは聞いたとおり戦場だった。

 アモルファス・ウォルフが転移したのは友軍が戦っている後方。周囲に居たタイタンから視線が、アモルファス・ウォルフへと注がれる。


 しかしハガネは彼等を放置して、前線の側を静かに眺めた。まだ遙か遠く離れてはいるが、既に不可思議な気配を感じる。自分であって自分でないような。ハガネを呼び寄せようとするような。別れたモノが一つに戻ろうと、引き付けあっているのかも知れない。

ハガネはその力に逆らわず、アモルファス・ウォルフを前進させた。巨体が一筋の光となって、広大な虚空を斬り裂いて行く。


 そしてアモルファス・ウォルフはそのまま、人型のファントムを拳打した。一見タイタンにも見えるそれは、回転しながら吹き飛び砕ける。


「アレはワタシではない。おそらくは……」


 ハガネは直ぐに次の標的を、アモルファス・ウォルフを止めて探した。

 すると間も無く、鳥形ファントムが、アモルファス・ウォルフへと向かってくる。金属で作られた機械の鳥。そんなデザインの大型ファントム。頭から尻尾までの全長が、アモルファス・ウォルフの倍近く在る。


 その腹部をウォルフの右足が、瞬時且つ正確に打ち抜いた。しかしファントムは健在であって、ハガネは確実に、トドメを刺す。


「ライフル」


 ハガネが言ったと同時に、ウォルフのライフルが転送された。アモルファス・ウォルフの左手の中。ライフルのグリップが握られる。

 そしてそのまま吹き飛ぶファントムに、マナの光が即座に放たれた。ファントムを包み込むほどに太い、恐ろしく強力な光の渦。それはファントムの体を分解、瞬く間に塵芥へと変える。


 データを分析するまでも無く、アモルファス・ウォルフは引き出していた。ハガネの持つ潜在能力を。マナを操る魂の力を。

 だがハガネに喜びなどは無い。


「アレも違う。だが、ワタシを感じた」


 ハガネのようでハガネでは無い者。このファントム達は皆そうである。マッドハッターの話に寄れば、ネストのコアが彼等の本体か。ファントムと会話できれば早いが、残念なことに彼等は“薄い”。彼等を知る残された方法は、可能な限り戦う事だけだ。


 ハガネはアモルファス・ウォルフを駆って、次々とファントムを屠っていく。彼等は概ねタイタンサイズで、機械の様な金属の体だ。一つの軍隊にも見えてしまう。実際そうなのかも知れないが。

 ──と、そんな時だった。女性の声が話しかけてきた。アモルファス・ウォルフの管理システム。起動を行った存在である。


『操縦者の意識低下を感知。離脱を強力に推奨します』


 ハガネは意識の低下など、全く感じて居なかった。むしろ鋭く研ぎ澄まされている。なればこそファントムを排除できる。

 しかし機械の見立ては正確だ。確認する暇すら無くハガネの、意識は瞬時にシャットダウンした。


 当然、ファントムは襲ってくる。大きな隙を逃すはずもない。

 もし多数の光が降り注ぎ、ファントムを撃ち抜いていなかったら──ハガネとウォルフは残骸となって宇宙に浮かんでいただろう。


「まったく。世話を焼かせてくれる」


 黒と金のタイタンが飛来する。ビーハイヴの操るゼグヴェルだ。

 それとフラムのタイタン・ガラゼラも、連れだってウォルフへと接近する。


「お前はヤツを連れて離脱しろ」

「貴方は?」

「少し遊ばせて貰う」


 ビーハイヴはフランベルジュに言った。

 もっともフラムももう既に、ガラゼラでウォルフを掴んでいたが。


「そんな風な態度を取っていたら、また師匠にお仕置きされちゃうかも」

「ほっておけ。それもまた良きかなだ」

「ふふ。じゃあお言葉に甘えるわ」


 フラムは笑うとガラゼラを飛ばし、アモルファス・ウォルフを連れて戻った。ハガネは既に気絶しているので、抵抗どころか気付く事も無い。


 一方、残されたビーハイヴは少し考えを巡らせる。


「初めてでアレほど戦えるとは、師匠の言う才能は本物か。しかし制御はまるで足りていない。魂の練度が不足している」


 そしてゼグヴェルの両腕側部に、盾のようなユニットが現れた。

 転送されて来た装備であって、これは盾ではなく、武装である。


「射撃ユニットの接続確認──」


 ビーハイヴが言うと腕のユニット、その表面にレンズが現れた。正確にはそれはレンズでは無く、マナブラスターの銃口なのだが。

 次いで背部のユニットも展開。構えをとり、そして放たれる。


「ゼグヴェル。砲撃を開始する」


 恐ろしい程大量のビームが、ゼグヴェルから全方位へと発射。次々と撃たれ、次々に曲がり、広範囲のファントムを撃破する。これほどの力を発揮しながら、ビーハイヴは気絶することもない。

 暫くしてビーハイヴは射撃を、一度止めてユニットを停止した。


「ワタシでもこの程度ワケは無い。しかしこれは端の雑魚に過ぎない」


 ビーハイヴはそう言うとゼグヴェルを、転送させて即座に帰還した。

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