四章 第三話



 これはウォッチャーが姿を隠す、直接の原因となる出来事。

 宇宙に類似した世界の中に、一機のタイタンが制止していた。

 ウォッチャーの操るタイタン・グラス。人型のメカは両腕を下ろし、力を抜いているようにも見えた。


 しかし次の瞬間に腕を振る。そう見えぬほど非常に高速で。それを仮に誰かが見て居ても、目的など判ろうはずもない。


「フィールドを抜けて到達するとは。情報通りの強力な敵だ」


 だがウォッチャーには理解出来ていた。理解出来ていて、静かに言った。

 遥か遠くから狙撃されている。グラスは今、攻撃されている。


 一方敵は初手を防がれて、より攻撃的な手段を取った。移動。狙撃。移動。狙撃。射角を変えて次々と撃ち込む。移動は素早く。短いスパンで。

 機銃で連射をするよりも多く、グラスに弾丸が──到達する。


 しかしウォッチャーは同じ方法で、全ての弾丸を弾いて見せた。

 グラスの腕は神速で駆動し、一発とて弾丸を通さない。しかも片腕、右の腕だけだ。まだ左腕は動かしていない。


「知恵もある。判断も的確。オレを駆り出したのも理解出来る」


 言った刹那──ウォッチャーのグラスが、消えたような速さで移動した。

 ターゲットは遠方のファントムだ。グラスはそれを的確に捉える。


 一見タイタンのようにも見える、金属の装甲を持つファントム。機械的なシルエットの人型。手には狙撃用のライフルを持つ。

 もっともグラスの蹴りにより、ライフルは真っ二つに折られたが。そのためファントムは護られていた。ライフルを盾にして防いだのだ。


「この感触。不愉快ではあるが、どこか懐かしさをも想起させる」


 だがウォッチャーは防がれたことより、不思議な感覚に戸惑っていた。今までファントムと戦っていて、こんな思いに至ったことはない。


「撤退する。システム、調整しろ」


 ウォッチャーはシステムにそう告げると、敵を放置して──その場を去った。

 ファントムもまた何かを思ったか、彼を追跡することは無かった。



 マッドハッターの解説は長く、未だ終結を見ては居なかった。フラムの執務室で相変わらず、彼は怪しげな動きをしている。

 変わったことと言えばビーハイヴと、ゲンブが部屋の隅に居るくらいか。彼等はそれぞれ生きていた頃の、立場を暴露され落ち込んでいた。曰く『ビーハイヴは格ゲーのプロ』『ゲンブは忍者でなく、ただのオタク』。

 ハガネやマッドハッターに比べて忌むべき前世だとは思えないが、二人は体育座りをしていた。ビーハイヴは頭がもげたままで。


「んなワケで色々調べた結果!? ヤツはオレが前世で生み出した、負の感情だとわかったワケだあ!」


 マッドハッターは彼等を無視して、海老反りした後ビシリと言った。

 それに返すのは長髪の男。恐れし者と名付けられし者だ。


「ファントムが貴方より強かったと?」

「そいつぁわからん! わからんらん! そもそもヤツは親玉じゃねーし!? ネストの守備隊長なんだよなあ!」

「ではネストのコアは別に居るのか?」

「イグザクトリィ! 予想だけども!?」

「なるほど。それで私も理解した。貴方がハガネを探した理由を」


 恐れし者はここまでの話で、なにか閃きを得たようであった。


「守護者を生み出したのが貴方なら、コアを生み出した者が居るはずだ。貴方と守護者が共に強いなら、コアを生み出した者もまた強い」

「流石はカーヌ! ほぼほぼ正解! あ、もう本名を名乗って良いぞ!」

「私は今の名が気に入っている」

「ヒャッハーオレもだ! じゃあ好きにしなぁ!」


 ハッターは恐れし者の予想を、肯定した上で追加で言った。

 だがここまで聞いていたハガネには、彼等の話は納得できない。


「ワタシの力は──マッドハッター。君よりも大幅に劣っている」

「確かに今はそうかも知れねーな! だがヒャッハー特訓すれば良い!」


 ハッターはそんなハガネに答えた。


「これまでもオレは大将の側で、こっそりこってり応援してきた! ヒャッハー良い武装を回したり! ヒャッハー良い体に取り替えたり! 弟子が修行を見たくなるように、フラムを使って誘導したり!?」

「それはワタシも理解しているが、まだ君の足下にも及ばない」

「大丈夫だ! オレはスパルタだから! 崖下に向けて蹴り落とす的な!?」


 ハッターの見解は明確だ。しかも有無を言わせぬタイプである。ハガネが理解をしようとしまいと、彼の指示に従わざるを得ない。

 それにセプティカが敗れれば、あらゆる宇宙が破滅する。ハガネは既にそれを知っていた。滅びるか。或いは戦うかだ。


「具体的には、何をすれば良い?」

「色々あるがまずは引っ越しだ! まあそっちはお嬢達に任せろ! オレ達はハイランドにレッツゴー! フラムとビーハイヴも着いて来なぁ!」


 マッドハッターはそこまで言うと、既にドアの前に移動していた。

 そして相変わらずダンスしながら、テレポーターへの廊下に繰り出す。


「じゃ、行きましょうか。後はよろしくね」

「果たして鬼が出るか、蛇が出るか」


 フラムとビーハイヴもそれに続く。

 ハガネも彼等を追いかけて、謎の場所ハイランドにワープした。



 ハイランドのイメージは──未来だ。

 驚く程に清潔感があり、芸術品のような建造物。多種多様なマシンがその側で、意思を持ったように働いている。幻覚やバーチャルの世界にしか、存在しないような景色の街。


 そこにそびえるビルの一室に、ハガネ達四人はワープしてきた。壁は硝子の様に透明で、ハイランドを上から見渡せる。


「ヒャッハー! ウェルカムトゥハイランド! ここはオレと大将が生み出したファントムをぶっ殺すための領だ!」


 マッドハッターは外から差し込む、光を背に受け大仰に言った。

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