四章 第二話



 フラムを含むハガネ達四人がやって来たのはフラムの執務室。アンティーク感とSF感が、融合した非常に綺麗な部屋。そこにはハガネが今まで出会った、セプティカの人々が集っていた。

 カナヅチ、マッドハッター、ゲンブ、レフィエラ、それに恐れし者まで。居ないのはビーハイヴくらいだが、単に遅れているのかも知れない。


 とにかくフラムは椅子に腰掛けて、ハガネ達はその横に移動する。フランベルジュ以外は立ったままだ。

 そんなハガネ達にまずハッターと、カナヅチが話しかけてきた。


「ヒャッハー大将! 久しぶりぃ!」

「そんなに久しぶりでもないけどな?」


 ハッターは怪しげなモーションで、カナヅチは両腕を腰に当てて。

 恐らく彼等がここにいる──理由もハガネ達と同じだろう。


「君達もウォッチャーに呼ばれたのか?」

「と言うかそこに居る領主様にな」

「ここに居る面子は一人残らず! 大将の関係者ってワケだあ!」


 カナヅチにハッターが補足した。

 ハガネがこの場所にやって来たのも、またフランベルジュに言われたからだ。『私の執務室に行きましょう。ウォッチャーはそこで貴方に会うわ』と。

 まだハガネがシステムと会話して、戻ってから数分の後である。しかしウォッチャーは最大の謎だ。誘いを無下にすることは出来ない。

 神から人々を救う英雄。数多弟子を持つマナの伝道師。彼の目論見がなんにせよ、今此所にハガネを導いている。


 と、ハガネが考えて居る内に、執務室のドアが再び開いた。皆の視線が一斉に集まる。遂に、ウォッチャーが現れたかと。

 しかし現れたのはビーハイヴ。ハガネも見知った機械人である。


 そうして、ハガネが油断した──瞬間に突如、異変は起きた。ほんの刹那。普通の人間なら、感知できない程短い時間。一歩踏み出したビーハイヴの前。そこに彼は現れ、直ぐ消えた。

 残ったビーハイヴの首から上。頭が綺麗に消滅している。ハガネは極限まで濃縮した、時間の中ゆっくりと横を見る。


 すると、彼は、そこに居た。マッドハッターは何気ない顔で、ごく自然にハガネの側に居た。だが彼の右手にはビーハイヴの、頭が乗せられて遊ばれている。


「ヒャッハー大将! そう堅くなるな! オレと大将は友達じゃねぇか!」


 マッドハッターは本当に、いつもの調子でそう言った。

 しかしハガネはホッとするどころか、視線を逸らすことすらも出来ない。

 ハガネは既に理解してしまった。ウォッチャーだ。彼がウォッチャーだ。


「いつからだ?」

「ヒャッハー最初からだ! マッドハッターはオレ以外居ねえ! そしてウォッチャーもオレ以外いねえ! でもマッドハッターと呼んでくれ! こっちの方がお気に入りなんでな!」


 彼の言葉より彼の今纏う、オーラの方が説得力がある。フラムやビーハイヴを上回る、圧倒的パワーと存在感。もし彼が本気で威圧したなら、それだけで人間を殺すだろう。


「ところでここに集った面々はオレに色々聞きたいだろうなあ!? とは言えまずは自己紹介からだ! 心温まるこの動画を見ろ!」


 そんなハッターが言うと大型の、モニターが空中に現れた。

 そしてそこに動画が流れ出す。ハガネがかつて居た世界の物だ。

 廃墟のビル影から飛び出して、ライフルを抱えて走る青年。しかしその直後彼は撃ち抜かれ、倒れ伏して血の池を造り出す。

 ハガネは恐らく、彼を知っていた。


「えと、これがハッターさんですか?」

「残念! これはハガネの大将だ!」


 ミウの問いにハッターはそう言った。

 この極度の緊張感の中で、ミウが聞けたのは偶然では無い。ハッターが圧力を弱めたのだ。発言を許可したと言っても良い。もっとも彼の説明を受けても、ハガネにその理由は分からないが。


「それではこれから本編だ! 終わるまでヒャッハー静かにしろよ!?」


 とにかく、動画はまだ続いていた。



 かつてのハガネ、直人が死んだ。その遥か遠方のビルの上。狙撃手がスコープを、覗いていた。

 直人を撃ち殺したスナイパー。短髪の、がたいの良い男。彼は直人が動き出さないか、注意深く静かに観察した。

 数秒か。大して長くはない。直人が動かないのを確認し、男はスコープから目を離す。


 目標を射殺した狙撃手が、留まり続ければ標的となる。薬室から弾丸を取り出して、ライフルをベルトで背中に担ぐ。自らの居た痕跡を消し去り、即座に建物から、脱出する。

 男の選んだ建物は廃墟。男以外他には誰も居ない。

 男は即座に階段へ。下りながら通信機を取り出す。


「こちらカラクサ。猟犬を仕留めた。これより合流地点へと向かう」


 男は時間を無駄にしないため、決して足を止めることは無い。


『兎は無事か?』

「俺が見た時は。後はそちらでピックアップしろ」


 言いながら素早く階段を降り、逃走用ルートを移動する。

 事前に調べを終えている以上、動きは驚く程に滑らかだ。ビルを出て隠しておいたバイクに、飛び乗ると直ぐさまに走り出す。砂を巻き上げ、割れたアスファルトの酷い震動に耐えながら。


 ―――――――――――――――


 無限に広がる様にも感じる、うち捨てられた廃墟の街の中。真昼の太陽に照らされながら、男は辿り着きバイクを止めた。

 合流地点。そこには既にもう、堅牢なバギーが止められていた。


 男カラクサがバイクを降りると、そのドライバーと客が降りてくる。ドライバーは右の耳に小さな、リング状のピアスをした男。客は長袖の上着を羽織り、どこかおどおどとした男。


「おうカラクサ。無事で何よりだ」

「そちらも兎を確保したらしい」


 リングの男に話しかけられて、カラクサはぶっきらぼうに返した。

 男はカラクサと同じ組織の、何でも屋。名をクリティカルダーツ。

 そして彼の連れてきた客こそが、“猟犬”の追っていたエサである。兎と呼ばれる男を追って、隙が出来た猟犬を射殺した。


「まあな。こいつは仕事を終えたし、俺達も約束は守らねーと。そんなにびくびくするなって。ちゃんと街に連れて行ってやるから。裏切りなんて気にすることないさ。奴らは完全にいかれてやがる」


 ダーツがその兎の肩を叩く。

 兎は相変わらず無言のまま。カラクサ達に怯えているようだ。立場を考えれば当然か。


 しかしカラクサは彼を射殺した。自然な動きでハンドガンを抜き、何か行う暇すらも与えず。眉間に一発。確実に即死。カラクサが的を外すことはない。


「うおわ! 急になにすんだ! カラクサ!」

「落ち着け。こいつは爆弾だ」


 当然慌てるクリティカルダーツ。彼に対してカラクサは告げた。

 そして倒れた兎にゆっくりと、歩み寄って片膝を着きしゃがむ。


「こいつはベストを着用している」

「マジかよ?」

「賭けるか?」

「どうせ負けるしな……」


 驚き呆れるクリティカルダーツ。彼を余所にカラクサは立ち上がる。

 その瞬間兎が爆発し、カラクサとダーツはこの世を去った。



 モニターに“完”の一文字が踊る。

 ハガネ達が見たハッターの前世。それはハガネの世界の物だった。


 システムに聞いたところに寄れば、死者の魂はコレクションされる。その上でセプティカに呼ばれるため、時間のズレなどは説明できる。ハガネにとって過去のビーハイヴや、未来人のミウもここに居るのだ。

 とは言えハガネは驚いた。まさか彼が直人を殺したとは。


「てなワケでオレは大将を殺し、そのちょっと後に爆死したあ! まあお互いくたばってるわけだし! 昔のことは水に流そうぜ!」


 マッドハッターはビシッと言った。

 しかし彼の話はまだ続く。


「この後セプティカに呼ばれたオレは、まあなんやかんやウォッチャーになった! 弟子を鍛えたり! 神を殺したり!? まあ、おもろい話でもないけどな!」


 マッドハッターの言っている事は、ハガネが得た情報と合致する。


「後は姿をヒャッハー隠しつつ! フラムにメッセで、指示出してたんだ! まあ奴を責めねーでやってくれ! 奴からの通信は無視してたし! ああ見えて奴はウブで正直だ! 大将に伝える危険があった! 大将が初恋の相手だし! 大将はヒャッハー幸せ者だ!」


 とは言えマッドハッターであるので、発言の爆弾も投下する。


「ペクマ」

「ゴールデン・ペックーマ!」


 フラムとハッターが魔法を唱え、液体金属の人が出現。顔のツルッとしたマッチョな男。ハッターの方は黄金色だが。

 二人のペクマが殴り合い、フラムの方のペクマが吹き飛んだ。


「ヒャッハー! ペクマはオレの編み出した格闘金属生成魔法だ! とある会社からリストラにあった! マスコットが元ネタになっている!」


 その魔法の説明も欠かさない。

 しかし肝心な情報がまだだ。完全に、すっぽ抜けている。


「あのー、ところでハッターさん。指示してたのはわかりましたけど、その間は何をしてたんですか?」


 ミウがおずおずとその問を述べた。


「流石お嬢! ナイスなクエスチョンだ! まさに核心を突いているぅ!」


 誰でも思いつきそうではあるが、彼に指摘する者などは居ない。


「まあまだ説明しないんだけどな!?」

「昔ハガネさんを撃ったこととは……?」

「全く関係ないとは言えねえ!」


 マッドハッターはそこまで言うと、ビーハイヴの頭をスピンさせた。


「だがその話をする前に! 一人お仕置きを受けにゃあならねえ!」


 そして頭を両手でキャッチして、ぐりっと残った本体に向ける。

 お仕置きを受ける相手というのは、ビーハイヴその人であるらしい。


「我が弟子よ! オレは知っているぅ! 大将達の居る場所をまるごと、お前は吹っ飛ばそうとしやがった!」

「いや、それはシステムの……」

「愚か者!」


 ビーハイヴは言い訳しようとした。

 そこでゴールデン・ペクマに蹴られた。


「オレはお前の師匠だぞヒャッハー! お前はあの時知っていたあ! あそこに居れば指示が出ることを!」

「おっしゃる通りでございます……」


 ビーハイヴは床に這いつくばって、反撃を試す事すらもしない。

 ハガネからすれば驚く態度だ。しかし本番はこれからであった。


「ではこれよりお仕置きを選ぶのだ! お仕置きプランA! この領のシャワーヘッドのデザインを全てお前の頭にする! お仕置きプランB! オレが作った冊子『ビーハイヴ名言集』を無料配布する! お仕置きプランC! 明日一日語尾に『にゃん』を付けて話す!」

「他のプランは……?」

「無論ある! 今までのはお仕置きセット1だ!」


 お仕置きはセットで行うらしい。

 ビーハイヴの希望を先回りし、マッドハッターは打ち砕いていく。


「お仕置きセット2! プランD! ビーハイヴのおすすめ健全じゃないゲーム集を公開する! プランE! オレの気が向くまでお前の名前を『ギャルゲーを極めし者』に改名するぅ!」

「セット1で、お願いします」

「そう言うと思って刷っておいたぜ!」


 と、言うが早いか──ハッターは、冊子を転送してばらまいた。A4サイズ。無駄にフルカラー。挿絵もバッチリ入ったそれらが、ヒラヒラとハガネ達に飛んでくる。

 そこに居た全員はキャッチして、取り敢えずは冊子を開いてみた。特にミウなどは声を出し、その内容を少し読み上げる。


「えっと……『なんでも良しとするオタクはオタクではない』『途中から追加される百合設定は寝取られと同じである』『二次元のロリコンと三次元のロリコンは同じではない。二.五次元など劣化した二次元にすぎない』」


 ミウがビーハイヴに向けた視線が、全ての事実を物語っていた。


「ぬあああ! ワタシのイメージがああああああ!」

「ヒャッハー! 親しみが持てるキャラだな!?」


 マッドハッターは楽しそうである。そして更に満足そうでもある。

 ハガネはそれを見て、考えた。彼は本当にウォッチャーなのかと。確かに先ほど見せた威圧感、そして戦闘力は本物だ。一方、性格はハッターのまま。むしろよりテンションが上がっている。


 ふーむ。と、腕組みをしたハガネ──


「ハガネ……貴様はわかっていない」


 それを見たビーハイヴが指摘した。


「師匠は普段力を用いない。権力を振るうのも、好きではない。愛の大切さを本気で語り、馬鹿にされても気に留めすらしない」


 地に伏し拳を握りしめながら。


「しかし力を選ぶ事はある。そしてそれは即座に行われる。師匠が力を選ぶとき、神ですら足下にも及ばない」


 ビーハイヴは極度に恐れている。

 ハガネもそれは否定出来なかった。

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