第四章『終末』
四章 第一話
1
気が付くとそこは宇宙であった。それも明るくとても美しい。
ハガネはそのただ中に浮いて居た。二人のハガネが、そこに浮いて居た。もっともハガネは一人しか居ない。つまりもう一人はハガネではない。
「システム。貴方がそうなのか?」
「そうだ。今は貴方を模している」
ハガネが聞くと──彼が答えた。ハガネと全く同じ外見で、同じ声で、静かに滑らかに。
「何故ワタシの姿で?」
「ワタシには、本来体と言うものが無い」
「それでワタシの姿で現れた?」
「そうだ。例外なくこうしている」
システムがハガネの問に答える。
彼は全ての問いに答える者。それはハガネの持つ情報通り。
「貴方は問い、ワタシは回答する。そしてワタシは選択肢を示す」
そのシステムが更にそう続けた。
「選択肢?」
「貴方は選択する。ワタシはそのために問に答える」
淡々と、ただシステムは話す。
ハガネと同じく表情はないが、例え有っても変化はないはずだ。システムの考えは読み取れない。考えがあるのかも、判らない。
それでもこうしてここに来た以上、ハガネの成すべき事は明白だ。
「では質問する。ワタシ達の住む、セプティカとは一体何なのか。何故ファントムを狩らせようとする? そのことに、どんな意味がある?」
「答えよう──」
システムが言うと、ハガネの視界は真っ白になった。
2
引き続き、浮かんでいるハガネ。しかし空間は変化した。
濃淡の無い純白の領域。システムもその姿を消している。
「現実か?」
「違う。イメージだ」
だがシステムはそこに居るらしい。声はハガネに届き続けている。
そんな空間でハガネの前に、真っ黒い球体が現れた。サッカーボール大の大きさで、覗くと星のような物も見える。
「これは?」
「その球は、一つの宇宙。一つの世界だと思ってほしい」
システムが言った瞬間に、ハガネの前の球体は消え去る。そして様々なサイズのそれらが、周囲に現れては消えて行く。
「宇宙が現れては、消滅する」
「それこそが、宇宙という営み」
システムは感情も無く言った。
しかしスケールの大きい話だ。
と、暫くそれを眺めていると、ハガネの目の前に靄が残った。一つの宇宙が消えた後、その場所に現れた黒い靄。その瞬間宇宙の誕生と、消滅のプロセスが停止する。
「ファントムはその宇宙から生まれる。彼等は生命体の生み出した、マイナスの生命のエネルギー」
システムがそれをファントムと呼んだ。
するとファントムと呼ばれた靄は、一つの宇宙に接近していく。そしてファントムが宇宙に取り付き、その宇宙は弾けて消え去った。
消えた宇宙からファントムが残り、また次の宇宙へと移動する。
「生命体はプラスのエネルギー。宇宙を増やし繁栄に導く。ファントムはマイナスのエネルギー。宇宙を消し去り虚無へと誘う」
システムの話を信じるのなら、ファントムは危険な存在である。
ハガネにもそれは理解が出来たし、それで先の話も予測できた。
「セプティカは宇宙を保護するために、次殻が生み出す防衛システム」
「ジカクとは?」
「宇宙を含む存在。宇宙の一つ外側に在る場所。セプティカもこの中に存在する。ただしセプティカは宇宙と異なる」
ハガネの予想通りセプティカは、宇宙を守る為ファントムを狩る。
もっともまだシステムの話には壮大なる続きがあったのだが。
「セプティカは宇宙と違う概念。生命を生み出すことは出来ない。宇宙で生じた死者を利用する。魂の核を抜き出し、用いる」
「それがワタシ達か?」
「その通りだ。核はライブラリへと収められ、新たな体を得る機会を待つ」
「機会はいつ訪れる?」
「分からない。ワタシが選択した者も居る。戦士達が選んだ者も居る」
そこまで聞いたハガネに一つだけ、どうでも良い疑問が浮かんできた。
「ワタシの居た宇宙はどうなった?」
「問の意味を類推し答えると、君の生まれた宇宙は既に無い」
本当にどうでも良い問だった。残っていても戻る術など無い。戻る術があっても、戻らない。
「質問を続ける。ファントムの、排除に失敗をしたらどうなる?」
「ファントムは宇宙を虚無に誘う。宇宙は減り、やがては皆無となる」
「セプティカは?」
「同じく消滅する。次殻は一旦静寂に満ちる。静寂に全てが満たされた後、再びゼロから宇宙が生まれる」
「何故分かる?」
「既に、次殻は幾度も、死と再生を循環させている。セプティカや進んだ宇宙の者が、記録を微かに次へと託す」
「ではワタシ達もいずれは滅びる?」
「それはワタシには分からない。そうならないよう努力はしている。しかし前回のセプティカも、その前も、努力は続けていた」
ハガネにも言葉の意味は解るが、到底理解の及ばない話。
理解の及ばない話であるが、ハガネはそれでも問わねばならない。
と、その時白かった空間が、再び最初の宇宙に戻った。そしてシステムはそこに居た。ハガネの数メートル先の宙に。
3
ハガネはシステムへと問い続けた。
神とは──「人の祈りが集結し、人を守るため生まれる存在。セプティカへは戦士達と同じく、魂の状態で導かれる」
ポイントとは──「戦士達に義務を、効率よく果たさせるためのもの。人の多くは他者の住む宇宙を守る為に命を賭けはしない。単純なモチベーションともなるし、通貨として有効に機能する」
緩衝領域とは──「ファントムを、捕らえて刈り尽くさせるための檻。ファントムは空間の弱い場所、ゲートウェイを目指して侵攻する。多重構造の領域もあるが、全て突破されれば逃れられる。宇宙を防衛するために、ファントムは殲滅せねばならない」
ハガネは気になる事全て問うた。ここはそのための空間だ。それでも足りては居ないと思う。が、ハガネはこれでも耐えていた。
ハガネは重要度の高い問を、敢えて最後まで温存していた。ウォッチャーの状態。彼の居場所。システムに問うべきか分からないが。
ハガネが今、こうしてここに居る。それは恐らく彼の意思なのだ。故に避けて通ることは出来ない。彼が危険な存在だとしても。
ハガネは意を決してシステムに、少しの沈黙を──破って問う。
「ウォッチャーと名乗る者が居る。彼は今、どこで何をしている?」
「その問に答えることは出来ない。彼の情報は秘匿されている」
その答えにハガネは驚愕した。
システムは全ての問に答える。それがこの空間のルールなのだ。今までに例外は無かったし、これまでも無いとそう思っていた。宇宙を司るいかなる謎も、ハンバーガーを作る方法も、システムが知っているならば、正確に回答していたはずだ。
しかしシステムは今、拒否している。
理由が有る。それも重大な。
「何故だ?」
「彼と契約を結んだ。最高レベルのプライオリティで。彼に関する情報は非開示。それは絶対的な条件だ」
ハガネはそれを聞いて考えた。
システムはファントムを排除して、次殻を防衛するために在る。システムが自分で答えたことだ。そこに間違いがあろうはずがない。つまりその目的を果たすために、ウォッチャーが必要だと言うことか。
問題はハガネがその情報を、いかにして得るか。と言う事だが──
「しかし同時に君には伝言を、伝えるよう彼に頼まれている」
「伝言?」
「セプティカへと帰還すれば、ウォッチャー自ら君に会いに行く」
システムからハガネへと言ってきた。
ウォッチャーはハガネが何をするのか、全て見通していると言う事か。彼はフラムの師匠なのだから、それ位出来ても当たり前だが。
「貴方に会うことが鍵だったのか?」
「そうだ。契約に含まれている。彼は必ず君に会うだろう。彼は君に会わなければならない」
一瞬遠ざかったと思えたが、ハガネは答へと近づいている。それならば迷うことは無い。セプティカへと即座に戻るだけだ。
「では帰還する」
「それではその前に、君に最後の問を投げかけよう」
しかしシステムはハガネに言った。
「ワタシに会いに来た者には全て、三つの選択肢が与えられる」
ハガネにはまたも想定外だが、彼が言葉を止めることは無い。
「一つ、セプティカへと帰還する。この場所で得た情報は全てが、契約に則って扱われる」
彼は、淡々と、解説した。
「二つ、魂を宇宙に返す。痛みも苦しみもなく、分解し、世界の循環の中へと戻る。ただしマナを習得した者は、防御を解いて貰わねばならない」
この場所に辿り着いた者達に、与えられる驚くべき報酬。
「三つ、楽園へと誘われる。楽園はセプティカの最後の場所。滅びの時まで平穏が続く。住民は満たされた時を過ごす。最後の狩りが始まるその日まで」
ハガネは一瞬考えた。何故こんな物が存在するのか。
しかし直ぐに思考を中断した。ハガネの選択は、決まっている。
「ワタシはセプティカへと帰還する」
「セプティカに帰還した場合、この場所にはまた来ることが出来る。ただしポイントは今回と同じ、量を再び払わねばならない」
「覚えておく」
「では問題無ければ、これより君をセプティカへと帰す。君はこの場所に来る前に居た、座標に正確に転送される」
「問題は無い。ワタシは帰還する」
ハガネがシステムへと伝えると、ハガネの体が光に溶ける。
「ではハガネ。またまみえる時まで」
ハガネの姿をした彼は──消え失せる瞬間にそう言った。
―――――――――――――――
そうしてハガネは着地した。フラムの作ったリビングの床に。
無重力から1Gの世界に、急に送り返された事もある。飛びついてきたミウを止めきれず、ハガネは仰向けに、転倒した。
「ハガネさん! ハガネさん……!」
泣きながら、ミウはハガネの名を重ねて呼んだ。
流石のハガネも気が咎め、ミウの頭へと手の平を当てる。そう言うのはアイリスにする事だ。しかし今はそうするより他ない。
一方、アイリスはとてとて寄って、ハガネの横の床に腰を下ろす。ミウよりは遥かに静かであるが、彼女も泣き出す寸前の顔だ。
そして、そんな三人組を見て、フランベルジュが一つ笑みをこぼす。
「ハガネ。戻る事を選んだのね」
「ワタシの家族はここに居る。ワタシがこの場所を去ることはない」
ハガネはフランベルジュへと答えた。
そうして少しだけ、力を抜いた。
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