三章 第十話
1
人は時を止めることは出来ない。開戦の日を知っていたとしても、最早それを止める術を知らない。
祈り暮らしても、遊び歩いても、その日に備え万全を期しても。朝は平等に訪れて、人は争いを受け入れる。
ハガネもまたその日に目覚めると、時間まではごく普通に過ごした。ミウとアイリスの朝食を眺め、日課の情報集めを行い。
そして三人でやって来た。ハガネのヘヴィが在る格納庫に。
「ヒャッハー大将! 見送りご苦労!」
「大丈夫か?」
「ヒャッハー大丈夫だ! この領にもすぐ戻る予定だし!?」
マッドハッターがハガネを見つけて、怪しい動きで親指を立てた。
フランベルジュ領から出て行くのはマッドハッター一人だけではない。広大な格納庫では現在、武装を運ぶ者が多く居た。大きな箱に銃器を詰める者。巨大トラックを操縦する者。ハガネの記憶にある限り、ここまで賑やかだったことはない。
「彼等も避難を?」
「たぶんな! 知らんが!」
そこまで言うとマッドハッターは、両手を挙げてスピンし始めた。
「ただまあ何が起きるかわからんし!? 資産は持ち出しておきたい的な!?」
「賢明な判断だ」
「そうだよな!? だが大将は戦場送りだろ!?」
そしてビシッと停止して言った。
ハガネはフラムに着いて行くことをマッドハッターに伝えて居たし、判断が合理的でないことはハガネ自身自覚し尽くしている。故に彼の疑問はもっともだ。ハガネの方が変人なのだろう。
ミウとアイリスが、それを補強する。
「ハッターさんからも言ってください! 戦争に行くなんて、おかしいです……!」
「アイリスも、そうおもう」
二人は真剣にそう言ってきた。
ハガネがフラムと行くと決めた後、二人は何度かハガネを止めた。怒ったように会話を減らしたり、心配そうにハガネを見て居たり。
ハガネは戦争に恐怖はないが、二人の様子には心が痛む。
「ヒャッハー大将はお馬鹿だからな! だがまあ漢だからしかたねえ!」
一方──ハッターは以外にも、ハガネの肩を持つ発言をした。
「感謝する」
「ヒャッハー! 気にすんな! オレと大将はマブダチヒャッハー!」
ハッターがまたも親指を立てる。すると直ぐにでも泣き出しそうな、ミウの視線が彼を貫いた。
流石にマッドハッターと言えども、女の子の涙には叶わない。
「じゃあオレはサッサと退散するぜ! 戻ったら超絶割引セール!」
ハッターはそんなことを言いながら、転送装置に逃げ込んだ。
その直後に隣の装置から、二人を迎えにゲンブが出てくる。
「うーむ。修羅場の雰囲気でござる」
ゲンブは貧乏くじを引かされた。一瞬でそのことを理解した。
2
それで約束に遅れたの──フランベルジュは呆れてそう言った。
ハガネはゲンブにミウ達を預け、その後フラムの元にやって来た。二人と話をしてなだめたので、時間に遅れて来たのは事実だ。
問題。と言えば問題である。しかし一番の問題ではない。
「それは全面的に謝罪する。謝罪するので縛を解いて欲しい」
現在ハガネはフラムのタイタン、ガラゼラのコクピットの壁に居た。球体状のコクピットに於ける、後方の中央より少し上。そこに金具でガッチリ固定され、まさに磔のような状態だ。
「だーめ。だって危険なんですもの」
しかしハガネの案は却下された。
そんなハガネの前に浮遊した、フランベルジュが顔を近づける。
「それに今なら好きに出来るでしょう? 例えば、頬に口づけするとか」
彼女は悪戯な笑みを浮かべた。
しかし宙に浮かぶ四角い窓が、現れてフランベルジュを阻止する。
「フランベルジュ。それはセクハラだな」
窓の中に居たのはビーハイヴだ。
彼は彼のタイタン・ゼグヴェルから、ハガネ達に通信してきていた。
「そう言う貴方はのぞき見かしら? あまり良い趣味とは言えないけれど」
「戦術確認を行うためだ。我々二人でどう戦うのか」
ビーハイヴのウィンドウが踊ると、フラムは残念そうに移動した。ハガネに背を向け球体状の、コクピットの中心部に浮かぶ。
「一応三人居るじゃない?」
「まだハガネは実戦レベルにない」
そのフラムにビーハイヴが返す。
「マナを生み出す基礎は終わったが、タイタンを扱うには無理がある。よしんば出撃できたとしても、開戦直後に落とされるだけだ。お前もそれを理解しているから、奴をそんなところに置いている」
ビーハイヴの指摘はもっともだ。
だがフラムはそれに対して笑う。
「私はただ束縛したいだけよ? ハガネはこう見えても、モテるから」
開戦の直前とは思えない。フラムはまるで普段通りである。これから戦地に赴く者にはあるべき緊張感に欠けている。
「じゃあ……そろそろ向かいましょうか。ここに居ると、貴方が五月蠅いし」
その調子のままフラムは言った。
「開戦予備時間はまだあるが?」
「怖いの?」
「事実を言ったまでだ」
ビーハイヴはやや慎重であるが、フランベルジュは決定を変えない。
「なら行きましょう」
「遅れは取るなよ?」
「無意味な注文だとは思わない?」
フランベルジュが質問で返すと、ビーハイヴが一つ溜息を吐く。
そして通信用の窓が消え、転送シーケンスが開始される。
「大丈夫。貴方は死なないわ」
その途中、フランベルジュは告げた。
そしてやがて、光りに包まれた。
3
精霊連合の持つ戦力はハガネの予想を超えていた。宇宙空間を埋め尽くす、タイタンやヘヴィ、アーマなどの群。惑星サイズの存在すらある。ハガネには計り知れない力を、有していることには間違い無い。
その壮大な軍隊の残骸。転移したハガネ達はそれを見た。
彼等は残らず捻り潰されて、宇宙をゆっくりと漂っている。静寂に支配されたこの場所で、生きているのはハガネ達だけだ。
ハガネはこのやり口を知っていた。恐れし者から、言づてに聞いて。
「これは……ウォッチャーがやったのか」
ハガネは前方のフラムに聞いた。
彼女はウォッチャーの直弟子であり、今ハガネの最も近くに居る。それらも理由の一つだが、知っているなら彼女だと思った。
「良かったわね。条件達成よ。これで貴方もシステムに会えるわ」
ハガネは彼女の返答を聞いて、自らの正しさを確信した。
4
あっけなく戦争は幕を閉じた。そしてまた、伝説が生まれた。
ハガネが帰還した時には既に、あの惨状は伝えられていた。生存者はゼロ。精霊連合が反撃した形跡すらもない。
セプティカに暮らす人々は、そして神々は彼を想起した。彼がやった証拠は何も無いが、それがむしろ恐怖を増幅する。不確かな断片が像を結び、化け物となって街を駆け巡る。
そして人と神とは和睦した。ウォッチャーと言う化け物の力で。
ハガネにとってそれは僥倖だが、新しく問題も発生した。新たな選択肢だとも言えるが。そのためにハガネはリビングに居た。
フランベルジュの設置したリビング。そこにフラムとアイリス、ミウも居る。
「どうしても行くんですか? ハガネさん」
「システムの情報は必要だ」
ハガネはミウに問われ、そう答えた。
戦争に参加する見返りに、フランベルジュがポイントを支払う。そう言う取引を結んだために、ハガネは膨大なポイントを得た。システムと会うことが出来る権利──今ハガネの手元にはそれがある。
だがしかし、相手は“システム”だ。セプティカを司る法そのもの。会えば全てに答えるとは言うが、実際にどうなるかは分からない。それ故ハガネを止めるべく、ミウは説得を試みた。
一方、フランベルジュは恐らくは、ハガネとシステムを邂逅させる。彼女は最初から戦後を見据え、取引を持ちかけたと思われる。
「昨日は泣いて喜んでいたのに」
「だから余計に怒っているんです!」
その割りにはミウを茶化しているが、平常運転と言えなくもない。
そんなフラムに今度はアイリスが、直接的に抗議を発射した。クリスタルの槍が次々生まれ、フランベルジュに向かって飛んでいく。
「ペクマ」
フラムは当然迎撃。
液体金属人型魔法──ペクマが現れて魔法を砕く。筋骨隆々ののっぺらぼうが、拳と蹴りとで水晶を割った。マシンガンの如き魔法の槍も、フランベルジュにはまるで通らない。
アイリスもそれは知っていたはずだ。数秒で攻撃は中断した。それでも不満の意は伝えるべく、耳を寝かせてフラムを睨んだが。
「私を攻撃したって駄目よ。意見があるなら本人に言って?」
フランベルジュはハガネにぶん投げた。
無論彼女の言にも一理ある。確かに行くと決めたのはハガネだ。
「ワタシも、リスクは理解をしている。システムに合いに行って戻らない。そう言う者が多いのも事実だ」
そこでハガネは説得を始めた。
するとアイリスはハガネの頭を、見上げるように視線を向けてくる。彼女は猫耳を寝かせているし、瞳は潤んでいるように見えた。
それでもハガネは行かねばならない。
「だがこれは大きなチャンスでもある。ファントム、ウォッチャー、そしてセプティカ。その情報の全てが必要だ。ワタシ達がここで生き残るため、避けては通れない道だと思う」
ハガネはそこまで言うとアイリスに、近づき静かに頭を撫でた。
アイリスの方はハガネに抱きつき、そのまま少し沈黙し、離れる。ハガネが手を離すと猫耳が、それと同時にピコンと立ち上がる。
まだ不安げな表情ではあるが、一応分かっては貰えたらしい。
「ワタシは戻れるように努力する。ミウも、ワタシを許して欲しい」
「ハガネさんはわかっているはずです。結局、私は押し切られます」
「その優しさは、美徳だと感じる」
「誰にでも優しいわけじゃないです」
そう言ってミウは少しだけ拗ねた。それでも許してくれては居るが。
フラムは賛成派である以上、最早ハガネを止める者はない。
「それではシークエンスを開始する」
ハガネが言うとハガネの目の前に、窓や文字やボタンが表示される。
それはハガネにしか見えないもので、システムに合うための仕組みである。
「条件に同意。邂逅を開始」
ハガネがその導きに従うと、次の瞬間にハガネは消えた。
そして三人が残された。ハガネの家族である三人が。
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