三章 第八話



 何故、反対派のレフィエラ擁する連合が宣戦布告したのか? それはハガネが恐れし者に会い、話を聞く少し前の出来事。

 レフィエラは神々の領域で、三人の神と再びまみえた。宇宙と床しかないこの場所は、非常に静かで、そして清潔だ。命の気配などは欠片もなく、極限まで研ぎ澄まされた世界。


 そこでレフィエラは対峙した。もう一人の女神であるゼルナに。炎の神であるラングリードはゼルナの配下であり隷属的。亀の神ギブラダは中立だ。故に止めるのならばゼルナである。

 白いドレスを着た女神ゼルナがレフィエラに対し優しく微笑む。


「フランベルジュと話したはずですね? どうでした? 仲良くなれましたか?」

「少なくとも貴方と私よりは」

「それでは比較にはならないでしょう?」


 そして、ゼルナが早速仕掛けた。

 彼女はぐいぐいと攻めるタイプだ。それはレフィエラも知っていた。

 一方、レフィエラは酷く静かに表情を変えぬよう反撃する。


「ゼルナ。貴方はどうですか? 恐れし者と会う約束のはず」

「ええ。もちろん。約束は守ります。役に立つ話はなかったですが」

「恐れ知らず……と言うことでしょうか」

「勇敢と言ってくださいな」


 それに対してゼルナが言い返す。男神二人が身震いするほど不穏で重々しい空気である。

 通常こうなっては折り合いなど、つきようはずもなく──物別れ。それが自然の成り行きのはずだが、レフィエラは一つ溜息を吐いた。


「良いでしょう。そこまでの気持ちなら、私は連合を脱退します」


 そしておそらくは思いも寄らない提案を三人へと突き付ける。

 これにはゼルナも驚いたようだ。彼女にあまりに都合が良すぎる。


「貴方が抜ければ戦を始める。私は躊躇いなど、ありませんよ?」

「わかっています。ですが、制止しても、貴方は考えを変えないでしょう」


 しかしレフィエラは準備をしていた。


「ですからせめて、戦争否定派を私の領へと逃がしてください」

「その者達も脱退するのなら」

「はい。条件はそれで構いません」


 これは精神的な奇襲である。

 ゼルナは多少怪しんではいても、目の前にある果実を取るだろう。


「わかりました。では決を採ります」


 案の定全員が賛成した。

 そこでレフィエラは即座に背を向け、この空間を去るべく歩き出す。


「これでいいのかい?」

「ええ。構いません」


 その途中すれ違ったギブラダに、レフィエラは振り返りもせず告げた。

 そして少しだけ思い出す。この決断へと至った経緯を。



 レフィエラは二つの目的を持ち、タイタンを駆ってフラムとまみえた。一つは彼女と話すため。もう一つは彼女を試すため。そのために模擬戦を選択し、今二人は戦いを開始した。


 重力のない宇宙に類似した空間の中に二体のタイタン。レフィエラのユリスは青い機体で、フラムのガラゼラは赤い機体だ。しかし、魔法の世界を思わせるデザインはどこか類似しているが。

 なんにせよレフィエラはユリスを駆り、フランベルジュのガラゼラに仕掛けた。


「ゼルート!」


 レフィエラが言うとユリスの、右手に長い杖が握られた。そして、その先から低温の、マナのエネルギー塊が放たれる。

 直径がタイタンの倍近く。非常に巨大で高速の魔法。しかしフランベルジュは回避せず、ガラゼラがその中に呑み込まれる。


 レフィエラはそれを見て理解した。彼女はウォッチャーと同じであると。フラムは回避を捨てたのではない。不要な動作をしていないだけだ。


「私もアイスクリームは好きよ」

「ウォッチャーと同じ戦闘スタイル……」

「確かに師匠も甘党ね。以外と子供っぽい人だから」


 フランベルジュは構えすらとらずに、冗談を言って微笑んだ。ガラゼラも両手を下ろしたままだ。

 だが戦う気が無いわけでは無い。それは直ぐに彼女が証明した。


「では私は紅茶を沸かしましょう。踊り狂う──炎殺の光輪」


 ガラゼラの手の上に現れた、一枚のやや小ぶりな魔法陣。

 それは飛びながら無数に増殖、瞬く間にユリスを取り囲む。


「これは……」


 レフィエラはその包囲から、逃れるためユリスを移動させる。

 しかしあらゆる意味で遅すぎた。


「自律起動型の魔法攻撃!」


 レフィエラも直ぐに理解した。

 ユリスを取り囲んだ魔法陣が、機関銃のように魔法を連射。それが何枚もある上に、個々に移動、反撃も回避する。

 レフィエラもユリスの持つ杖を振り、冷気の魔法弾を発射した。しかし魔法陣は何枚もあり、その上避けられて命中しない。


「でしたら……ゼルート・デルス!」


 そこでレフィエラは杖を両腕で、構えて冷気を一気に放った。

 ユリスから全方位へと広がる、高速無差別の凍結魔法。ガラゼラには全くの無意味だが、フラムの魔法陣は破壊できる。事実魔法陣は冷えて固まり、一瞬の内に砕けて消えた。


 だがレフィエラには疑問が芽生える。


「どうして本気を出さないのですか?」


 それをレフィエラは素直にぶつけた。


「貴方が私を仕留めたいのなら、その機会はいくらでもあったはず」

「私が弱いだけかも知れないわ」

「そんな楽観を持ってはいません」


 新生精霊連合の上位四人に名を連ねるレフィエラだ。相対するフラムの隠している、実力を感じるくらいは出来る。


「ふふ。珍しい神様ね」


 それを突き付けるとフランベルジュは、あっさりと目論見を披露した。


「これはここだけの話なのだけど、私と師匠では主義が違うの。風船が膨らみ続けるのなら、早く針でつついた方が良いわ」

「戦争がしたいと言うことですか?」

「いいえ。タイミングを変えたいだけよ」

「そのために弱者を演じていると? なら何故もっと手を抜かないのです?」

「簡単すぎてもつまらないでしょう? それに私、負けず嫌いなの」


 フランベルジュは実に楽しそうだ。しかしそれは口だけの事である。強大なマナが彼女の湛える、負の感情を如実に物語る。


「神だから支配者を気取るなんて、高慢な話だとは思わない?」

「彼等が貴方の話を聞いたら、貴方を高慢だと言うでしょうね」

「レフィエラさん。貴方はどうかしら? 貴方も人間を、支配したい?」


 聞かれてレフィエラは、目を閉じた。

 これはおそらく分岐点となる。戦争の有無でなく、その結果の。フランベルジュの主張を聞く限り最早戦火は避けられないだろう。

 後は連合と共に戦うか、彼等と袂を分かつかしかない。


「フランベルジュ。貴方は神々を、根絶やしにするつもりはありますか?」

「無意味な問ね。でも答えてあげる。戦意の無い相手は殺さない。そこは師匠と一致しているの」


 フランベルジュの立場は明白だ。

 そこで、レフィエラも目蓋を上げた。


「わかりました。では非戦闘派は、私が説得し離脱させます」


 レフィエラは神でありながら、祈るように両手を組み合わせた。



 そして現在。ハガネとミウと、アイリスはハッターの元にやって来た。正確には彼の営む武器屋。その商談に使う部屋にである。

 ハガネ達は恐れし者の元で、宣戦布告の報を受け取った。そこで自宅に帰ることすらせず、直接この場所にやって来たのだ。既に日は暮れかけて居たのだが、緊急事態故に仕方ない。


 ハガネは信頼に足るソースから情報を得ようと考えていた。セプティカに於ける戦争は──どのような手法で行われるか。

 有史以来人類は多種多様、ありとあらゆる戦争をしてきた。毒を塗った弓矢による奇襲。鎧を纏う騎士達の衝突。銃撃。砲撃。非人道兵器。金やスポーツまでをも武器にして。

 戦争の手法が分からなければ、生き残る事すら容易ではない。


「ヒャッハー! ようこそ皆の衆! マッドハッターの講習会へ!」


 そんなこんなでマッドハッターが、逆立ち回転した後言った。

 彼は今大型モニターの前、その中央に戯けて立っている。


「遅くにすまない」

「良いってことよ! オレと大将の仲だしな!?」


 そのハッターがヒャッハーと答えた。

 ハガネが彼にポイントを払って、講習会を依頼したのである。マニュアルから情報を得るのには、ポイント以外に労力もかかる。五里霧中でマニュアルを読むよりも、情報を買う方が合理的だ。


「ではこれよりマッドハッターによる戦争講習会を始めるぜ!」


 マッドハッターが言うとモニターに、ペンギンの写真が映し出された。


「あ、間違えた。こっちだこっち」


 そして直ぐにロゴへと切り替わる。

 非常にポップなロゴであり、これはこれでどうかと思うのだが。


「と言うワケで、ヒャッハー説明だ! セプティカに於ける戦争は……宣戦布告することで始まる!」


 とにかく講習会は始まった。

 まずモニターに映し出されたのは領をイメージする二つの丸だ。その間に矢印が描かれて、宣戦布告を解説している。


「戦争を仕掛ける側は無茶苦茶多くのポイントを、徴収される!」

「はいはい! ハッターさん!」

「なんだお嬢!?」

「具体的にはどれくらいでしょうか?」

「ヒャッハー! それは戦力次第だな! 戦争を仕掛ける側は事前に、戦力を登録させられるのだ!」


 と、ハッターはミウの質問にも答えながらつらつら解説する。

 次のアイリスの質問にもだ。


「むだ?」

「無駄だな! まー仕掛けられた、側の対応にもよるんだけどな!?」


 マッドハッターは両手をクロスし、それぞれお金のマークを作った。


「仕掛けられた方は応戦するか、システムにポイントを支払うかだ! このポイントは領の経済規模、総財産量から算出する!」

「応戦を選ぶメリットは薄い。普通は双方痛み分けになる」

「ヒャッハー大将! そのとおり! 殆ど戦闘にはならねーぜ!?」


 再び疑問はハガネに戻り、マッドハッターがクルクルと踊る。


「ここからはオレの私見だが!? システムは戦争嫌いなんだろ! 戦争は無駄だと思ってやがる! まあ実際壮大な無駄だしな! オレはダンスバトルのほうが好きだ!」

「それはワタシも共感を覚える。しかしそれなら何故そんなルールが……?」

「そりゃガス抜きだろ! 多分だが!? ここでは私闘も禁じられてるし、お互い色々鬱憤も溜まる!」

「人間的だ」

「オレもそう思うぜ! まあ今回の相手は神だがな!」


 マッドハッターはそこまで言うと、モニターに映る絵を変更した。

 新たに表示されたのは文章。フランベルジュの出した御触れである。


「そんでもって話を進めると! フランベルジュは応戦を選んだ! よって戦闘員が募集される!」

「募集?」

「ヒャッハー! そうだ募集される! 条件は彼女に選ばれた奴!」

「つまりは召集令状か」

「まあ嫌なら断りゃ良いけどな!」


 マッドハッターが言った瞬間に、ハガネの頭でアラームが鳴った。

 もし召集令状であったなら、計ったようなタイミングと言える。


「ヒャッハー大将! 令状か!?」

「いや。フランベルジュからではあるが、単に明日、話があるらしい」

「やばすぎる匂いがプンプンするな!」


 残念ながら否定は出来ないと、ハガネは言われて溜息を吐いた。当然呼吸は必要無いので、そう言うアクションを取っただけだが。

 なんにせよ戦争と絡んでいる。そう考えるのが自然であった。

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