三章 第七話
1
青空の下、家の縁側で、麦茶とカットされたスイカがでる。
夏休みに祖父母の家に来た、孫を持てなすときのやり方だ。しかしハガネ達は孫ではないし、アイリスは種族から違っている。ハガネの体など機械であるし、ここは間違い無くセプティカである。
「これはスイカと言う甘い野菜だ。私が畑で種子から育てた。ただの趣味だ。対価は必要無い。良かったら、食べていってくれ」
しかし、“恐れし者”は名に反して、気になどかけずにハガネに言った。
彼が恐れるのはハガネではない。少なくともそう言う事だろう。
「さて、私を訪ねたと言う事は、ウォッチャーに会いたいと言うことだな?」
「会えるのか?」
「彼は消息不明だ。しかし、私の仕事は変わらない」
言って恐れし者はスイカを取り、一口かぶりついて呑み込んだ。
すると、アイリスも気になったのか、スイカを取ってしゃくりと食べてみる。どうやら彼女は気に入ったようで、無言でスイカを食べ続けていく。ミウはそんなアイリスの口を拭き、自分は麦茶で喉を潤した。
相変わらずのどかな光景だが、ハガネに栄養補給は不要だ。彼女達は一先ず置いておいて、恐れし者との話を続ける。
「私の仕事は彼を追う者に、警告と知識を与えることだ」
「彼の強さはワタシも知っている」
「だが足りない。故に私を置いた」
恐れし者は一度目を閉じて、それから開いてハガネに言った。しまい込んだ記憶を呼び起こし、脳内で再生したかのように。
「君は人霊戦争と呼ばれた、争いのことは認知しているな?」
「精霊連合という勢力を、ウォッチャーが撃破したと聞いている」
「私はその精霊連合に……一人の神として参加していた」
恐れし者の思わぬ告白に、ハガネは多重に驚いた。
一つは彼が神であったこと。一つはウォッチャーと戦ったこと。そして戦争を生き延びて、今こうして話をしていること。
「貴方はウォッチャーと戦ったのか?」
「戦った。と言えれば良いのだが。そんなに生易しい物ではない」
そして彼から過去が語られる。
「あれは私が愚かだった頃。カーヌと呼ばれる神だった時代」
恐れし者はその名前の通り、震えるように声を絞り出した。
2
人霊戦争開戦直前。カーヌはタイタンのコクピットにて、静かにその瞬間を待っていた。
彼のタイタンはシェルメルト。紺色をした人型の兵器だ。そのシェルメルトはエメラルド色の、宇宙に腕を下ろし浮かんでいた。
精霊連合の持つ兵力は、タイタンだけでも数百機。ヘヴィや戦艦等を含めれば、想像を絶すると言えるだろう。故に、カーヌを含めた神々は、敗北など考えて居なかった。
と──そこに三体のタイタンが、空間を歪ませて現れる。
ウォッチャーの駆る黒色のタイタン。虫の様な装甲を持つ“グラス”。
フランベルジュのタイタンのガラゼラ。ビーハイヴの操るゼグウェルもだ。
「オレ一人殺すのに、大仰だな?」
「あら。これでも全然足りないわ」
「ワタシは彼等を気の毒に思う。無知と傲慢さの招いたことだ」
三人はそれぞれが好きに言った。
一方の神々は強烈な──敵意を三人へと向けている。もっともカーヌを含め一部には、それほど乗り気でない神も居たが。
何にしてもシステムのカウントは、いつも通り正確に刻まれる。十から一ずつ引かれて零に。その瞬間神々が動き出す。
まずは靄や文字で出来た呪いが、グラスに向けて無数に放たれた。呪いと言っても人間の使う、根拠の不明な儀式とは違う。もし無防備にそれを受け止めれば、即座に命を奪われる技だ。
「無駄なことを」
だがそれら呪いは、グラスの前で弾かれ霧散した。
ウォッチャーは当然何事も無く、コクピットで腕組みをしたままだ。ウォッチャーのタイタンであるグラスも、同じく腕を組んで浮いて居る。
「マナのフィールドで防いだか」
「神の血もなく、マナを扱うとは」
一部の神々は驚いていた。自分達が考えていたよりも、ウォッチャーは強靱ではないのかと。
しかし直ぐに思考を切り替えて、直接仕掛けてくる者も居る。
「お前達はそこで待機していろ」
それに対しウォッチャーは指示すると、グラスをゆっくりと前進させる。回避運動も迎撃もせずに。言わばグラスはただの的である。
光線に火炎、巨大な金属、雷、矢弾に剣に投げ槍。ありとあらゆる遠距離攻撃が、グラスのフィールドへと直撃する。
だがその全てを受けきっても尚、グラスは全くの無傷であった。ウォッチャーが軽く力を込めると、残った煙や粒子も消し飛ぶ。
「温い。力を頼りにしながら、その力がこの程度のものとは」
ウォッチャーは冷たい視線を向けた。
そして彼はようやく反撃する。驚く程にシンプルな手段で。もっとも、何も知らぬ者が見れば不可解極まる光景だろうが。
神々は捻り潰された。タイタンや彼等の駆る兵器ごと。避けることも耐えることも叶わず、不可視の拳に握られたように。たった一機のタイタンを残して、神々の軍勢は全滅した。
「何故……私は、まだ生きている?」
そこで生き延びたのがカーヌだった。
「オレがお前を選択したからだ」
彼のタイタン・シェルメットの前に、ウォッチャーのグラスが移動してきた。
蛇に睨まれた蛙と言うが、そんなに生易しい物ではない。カーヌは神でありながらこの時、死の神に魅入られた気分だった。
しかしウォッチャーはカーヌを殺さず、彼に新たな役割を命じる。
「お前はこれからオレを追う者に、ここで起こった惨劇を伝えろ」
「そのために私は生かされたのか?」
「そうだ。償いのチャンスを与えた」
ウォッチャーの要求は明確だ。
「戦争を引き起こす元凶は、大抵狡賢い大衆だ。為政者に抵抗するリスクより、他者が殺害されることを選ぶ。そうして勝てばその果実を食らい、負ければ途端に手の平を返す」
「私もそうだと?」
「違うのか? 違うなら違うと明確に言え」
ウォッチャーの口調は静かであった。
しかしその圧は恐るべきものだ。虚偽や保身は直ぐに見抜かれる。カーヌもそれぐらいは解っていた。
「確かに。私は天秤にかけた。良心と利益を。そして選んだ」
「非常に自然な感情ではある。故に報いを与えねばならない」
後はただ選択するだけで良い。ウォッチャーの提案を受け入れるか、拒絶してウォッチャーと戦うか。
カーヌがどちらを選ぶのか──ウォッチャーは理解していたのだろう。
「了解した。その仕事を受けよう」
「では終戦に同意するがいい。今やお前が最後の連合だ」
ウォッチャーは思い通りにしてすら、喜びの感情を見せなかった。
3
時が穏やかに流れる縁側。恐れし者はここまで伝えると、プチトマトを一つかみ取り出した。縁側に腰掛けたまま静かに。彼はフィールドの力を用いてそれらをふわりと空中に浮かす。
ハガネ達三人はその様子を、黙って静かに見守った。
「ウォッチャーが我々にしたことは、この果実を持って説明できる」
すると恐れし者の力により、プチトマトが一斉に潰された。
恐れし者は手を触れてはいない。フィールドの力で潰されたのだ。事実プチトマトは潰れたままで、飛び散らず中身ごと浮いている。
「それはワタシ達にも理解出来る」
ハガネはその様子を見て言った。
かつてピンポン球を利用した、トレーニングでやったのと同じだ。もっともその時はピンポン球を、潰さないように努力していたが。
「戦争が行われる領域の隅々までフィールドを拡大し、我らの展開するフィールドを、一方的に粉砕して見せた。それも星が瞬くよりも早く。我々の認知を越えた速度で。アレが人の子に成せる技なのか? 今でも私には理解出来ない」
一方カーヌは鋭い目をして、中空を見つめ拳を握った。
人が恐怖を押し殺す様子と、ハガネには何ら変わらなく見える。
「それで“恐れし者”と……?」
「名乗っている。そしてここに居て、警告している」
「ウォッチャーは危険な存在なのか?」
「それは君達の目的次第だ」
恐れし者はハガネへと答えた。
「彼を探す者には二種類居る。彼を敵対視する者と、彼の持つ力に惹かれる者と」
「どちらでもない。ただ聞きたいだけだ。何故ワタシ達に干渉するのか」
「知っている。故に難しい。君のような者に前例は無い」
恐れし者は言葉と裏腹に、悩んでいるようには見えなかった。
むしろ少し嬉しそうですらある。ハガネには理由など解らないが。
「しかし推測する事なら出来る。彼はああ見えて温厚だ。過度に恐れることはないだろう」
「仮にワタシが恐れていなくとも、彼の状態も居場所も知らない。ワタシが彼に接触することは、現在物理的に不可能だ」
ハガネは素直に状況を述べた。
この場所をハガネが訪れたのはウォッチャーに会う手段を知るためだ。彼はハガネに干渉しているが、ハガネは彼の生死すら知らない。
「彼から言付けを預かっている。遠くない未来……君とウォッチャーは対峙することになるだろう」
恐れし者はそんなハガネを見て、その後空を見上げてそう言った。
そしてそのまま“警告”を続ける。
「もっとも君が生きていればだが」
恐れし者が恐れを抱くのは、ウォッチャーだけではない──と言うことか。
「緑は萌え、虫達は歌い、風は木の葉達を優しく鳴らす。こんなどこにでもある日常に、戦火は息をひそめて忍び寄る」
恐れし者は気が付いていたのだ。
まるでそれを裏付けるかの如く、ハガネはメッセージを受け取った。無機質な文面による通達。システムから送られてきたものだ。
ハガネはそれを読んだ瞬間に、生まれた世界に戻った気がした。フランベルジュ領に宣戦布告。相手は新たな精霊連合。このセプティカで戦争が始まる。それも人と神との戦争が。
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