三章 第六話
1
これはまだ少女がフランベルジュと、呼ばれるよりずっと前のお話。
地底に在る広大な空間に、彼女はもう一人と立っていた。均一なキューブ状の石により、作られた壁と床と天上と。幻想的且つ荘厳で、それなのにどこか無機質なエリア。
当時フィナと呼ばれていたフラムは、多くの時間をこの場で過ごした。大抵の場合魔法を用い、戦う能力を──磨くために。
「流石姫様。最早この爺では、触れることすらも叶いますまいな」
「ドムの指南が的確でしたから」
「いやいや。フィナ姫様の才覚と、向上心があればこそですわい」
フィナが素直に褒めると老人は、謙遜しながら照れ笑いをした。
白髪と髭をふさふさと蓄え、身の丈を越す杖を持つ老人。ドムはフィナの教育係であり、同時に遊びの相手でもあった。
彼の放った魔法によってフィナの周囲の床は破壊されている。もっともフィナの体と着衣には毛ほどの損傷すら見られないが。
「フィナ様こそワシらを導かれる、光となるべき大切なお方。時が来ればこの地下から旅立ち、やがて空すらも統べる事でしょう」
「期待に添えるかはわかりませんが、力を尽くすことを誓います。このやり取りも何回目でしょうね?」
「さあ。爺は物覚えが悪い故……」
ドムはその直後頭を下げて、疲労を理由にその場を去った。
フィナは彼が立ち去るその時まで、静かに立ち尽くし見守るだけだ。ドムの明けた金属製のドアが、軋みながら完全に閉じるまで。
しかしフィナはその数秒後、ドムを再び見る事になったが。
金属のフルアーマに身を包み、剣を持った騎士達が三人。ドアを乱暴に開けて現れた。その内一人が剣で貫き、首を折ったドムを盾にしている。
「ガキ!?」
「容赦するな! 皆殺しだぞ!」
「魔族は……!」
騎士達はフィナを見つけると、代わる代わる好き放題に言った。
ただし最後の一人は言い終わる──その前に壁の染みに成り果てた。
「こいつだ! 油断す……!?」
「ひい!」
二人目も瞬時に抹殺された。
最後の一人はドムを盾にして要るが、それも長くは続かない。フィナの放った光の槍により、頭が貫通され崩れ落ちた。
フィナはそれを確認してゆっくり、ドムに歩み寄り彼の目を閉じる。
「ごめんなさいドム。貴方の葬儀は、害虫を駆除した後にしますね」
そしてフィナはドアから外に出ると、魔力を滾らせ静かに呟く。
「穢らわしく愚かな人間族。私達の領域に踏み込んだ、罪は血で償ってもらいますね」
フィナの内面は言葉の意味から計るまでもなく明白だ。彼女の力で廊下の壁が一斉にひび割れた。窪むほどに。フィナは怒りを隠す事も無く、怒りは暴風と成り吹き荒れる。
フィナはその力に引き寄せられる侵入者を捜して歩き出した。
2
そしてそれから遥か遠い未来。フランベルジュは他人事のように、惨劇の日の事を語っていた。しかし間違い無く彼女のことだ。まだセプティカに転生する前の。
その彼女はソファーに腰掛けて、新たなリビングでくつろいでいた。
「結局フィナは魔力の暴走で、自分も人間も消し飛ばしたわ。自分が住んでいた地下の世界も。自分を育ててくれた人達も」
今ではこんな風な彼女でも、かつては苦労をしていたのだろう。
ハガネもそれは十分理解した。だがハガネの求める物ではない。
「ワタシが貴方に聞いたのは、ワタシに干渉するその理由だ」
「あら? 人は長い長い人生を、経て、人格を形成する物よ?」
「それは確かにそうかも知れないが、出来れば少しかいつまんで欲しい」
ハガネも彼女を否定はしないが、時間がかかりすぎるのも確かだ。
決定に関わる全ての事象。聞き終わるのには何日かかるか。
「じゃあ私からも質問するわね。貴方は何故理由を知りたいの?」
ハガネが要求するとフラムから、逆に質問が飛んできた。
ハガネとしては答える義理は無い。しかし隠す理由も特にはない。彼女がそれを欲するというなら、正直に話すのが良いだろう。
「ワタシは平穏な暮らしを望む。ウォッチャーはそれとかけ離れている」
「平穏。貴方らしい願望ね」
するとフランベルジュは笑みを見せた。不敵な──と言っても良い笑みを。
「でもハガネ。貴方は知っているの? 平穏はどうやったら得られるか」
「それは……」
ハガネは言い淀む。
彼女の指摘は概ね正しい。ハガネは生まれて死ぬまでの間、平穏とは無縁で歩いて来た。そしておそらくは今もそうだろう。故に平穏を得る手段がない。
「良いわ。“恐れし者”に会いなさい」
そんなハガネを見てフラムは言った。スッと目を細め、実に意味深に。
「恐れし者?」
「それが彼の名よ。今は私の領に住んでいるわ。師匠に触れようとする人達に、話をするのが彼の仕事なの」
言うとフランベルジュは立ち上がり、自室のドアに向かって歩き出す。
「気をつけなさい。貴方の言うとおり、師匠は平穏とは遠い人よ」
その途中彼女は背を向けたまま、一度だけ止まってハガネに言った。
3
翌日。ハガネとミウとアイリスは、ザ・田舎という場所を訪れた。
広い土の道に畑や田んぼ。そして抜けるほど青い空。ハガネ達が移動に使用した、テレポーターだけが異質に映る。
三人はそこで暫し静止して、その雰囲気を体に取り入れた。
「のどかですねえ」
「のどか」
「ああ。のどかだ」
ミウとアイリスとハガネの意見が、一致するのも当然と言えよう。何やら虫や鳥も鳴いているし、緑の匂いも充満している。
「本当にフランベルジュ領なのか。この景色を見ると不思議に思う」
ハガネは言ってマップを確かめた。
しかし──このエリアは紛れもなく、フランベルジュ領の一角である。外縁に近い場所ではあるが、同じ領にある地続きの土地だ。
「それで、どうしましょうハガネさん? 恐れし者さんに会うんですよね?」
「彼の住所の座標は入手した。まずはそこに行ってみるべきだろう」
フランベルジュの意図を確かめる。それが今のハガネに出来ることだ。
幸いここはフランベルジュ領。相手が何者でも危険は無い。
「じゃあしゅっぱーつ! なんて。えへへ」
照れるミウは取り合えずスルーして、ハガネ達はその座標に向かった。
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そうしてハガネ達が着いたのは、一軒の家の門の前だった。
周囲の景色に溶け込んだ、ノスタルジーを感じさせる家。庭の側にはお約束のように、木の縁側が設置されている。
「座標はここで間違いないようだ」
「なんだか古い感じのお家です」
流石にミウは火星人だけあり、この家を古いと感じたらしい。文明崩壊後に生きていた、ハガネには綺麗に映ったのだが。
庭も含め手入れは行き届き、破損している箇所も見られない。間違い無く誰かが暮らしている。ハガネはその家を見て理解した。
もっともチャイムを鳴らすまでもなく、その住人はぬっと現れたが。
二メートル前後はある長身の、筋骨隆々といった男性。小麦色の肌に黒い長髪。年は二十代の後半頃か。タンクトップから突き出た腕に、彫られた入れ墨が印象的だ。単色の入れ墨は南国の、原住民や部族を思わせる。
「近頃、訪ねてくる者が多い」
その男は気だるげにそう言った。ハガネ達に向かって歩きながら。
一方ハガネは慎重に、言葉を投げかけて反応を見る。
「フランベルジュに言われて会いに来た。恐れし者……と言うのは貴方か?」
「なるほど。では噂のハガネ君か」
男は言うと家の門を開き、ハガネ達を中へと招き入れる。
「着いて来ると良い。話をしよう。君達はそのために、来たのだろう?」
ハガネを見下ろすほどの身長で、ノソノソと先導するその男。ハガネは彼を見てフランベルジュや、ビーハイヴと違う物を感じた。実力者特有の圧力を、持ってはいるものの彼等と違う。まるで彼は亡霊か抜け殻か。覇気というものを知らない様子だ。
ハガネはそんな彼に不気味さを──感じながらも彼の後を追った。
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