三章 第四話



 兵士にも休息は必要だ。特に激しい戦いの後には。

 しかし、ハガネ達三人は、フランベルジュの執務室にいた。別に疲れていないわけではない。三人共に倦怠感はある。だが領主に呼び出された以上は、無視をするのは非常に難しい。


「ご機嫌よう。なんだかお疲れね?」


 言った側からに、フラムは笑った。

 それを見れば一目瞭然だ。彼女は全て知っていたのだろう。

 それでも尚、三人を呼びだした──となれば大事な用件のはずだ。でなければミウなどはキレかねない。それほど体調が悪いのである。


「わかっているなら用件を。正直ワタシも今日は休みたい」


 ハガネはそれを正直に伝えた。

 だが、そんなことをしてみたところで、フランベルジュを喜ばせるだけだ。


「じゃあ一言で伝えようかしら。私は貴方と同棲したいの」


 彼女の趣味は人の精神を、ギリギリまで追い詰める事らしい。


「いくら領主様でもアウトです!」


 案の定、ミウが瞬時に拒否した。

 一方ハガネは考えて──フラムに返答をしたいところだ。情報を得ると言う意味に於いて、フラムの側にいるのは悪くない。彼女が味方にせよ敵にせよ、観察しやすくなるのは確かだ。リスクが無いと言えば嘘になるが、それは現在とあまり変わらない。

 もっとも、そんなハガネの考察は、全て徒労に終わってしまったが。


「あら。貴方達に拒否権はないわ。これはシステムが決めたことだもの」


 フラムが小悪魔的笑みで言った。

 拒否した後でシステムを持ち出す。いかにも彼女らしい手法である。

 ミウもシステムの名前を聞いては、反論することが出来ないらしい。無言で両拳を握り込み、胸の前で上下に振っている。


「しかし貴方の住まう部屋がないが?」

「心配しないで。改築するから。既に建設班が作業中よ」


 開いた口が塞がらないと言う、コトワザはこんな時のためにある。もっともハガネに口はない。当然、開けることも出来はしない。

 ミウは「にゃーー!」と謎の奇声を上げ、アイリスは立ったまま寝かけている。カオスとはまさにこれだった。


「ワタシ達が休むことは出来るか?」

「改築が終わるまでは不可能ね」

「終わるのは?」

「三時間後の予定よ。誰かが何かミスをしなければ」


 ハガネが彼女に聞いた限りでは、状況はおそらく最悪である。街に宿などがあれば良いのだが、ハガネにそのあたりの知識はない。

 それにハガネは学ぶべきだった。彼女は常に先回りをすると。


「ふふ。心配は要らないわ。この後行きたいところがあるから、貴方達も一緒に行きましょう」


 フラムは嬉しそうにそう言った。

 当然ハガネに拒否権など無い。それはハガネ自身が知っていた。



 ハガネがフラムに呼び出され、要求を呑まされていたその頃。人から見れば不思議な空間に、四つの人型が集まっていた。

 どこまでも続く満天の夜空。どこまでも続く真っ平らな床。床は真珠の色に輝いて、一切の起伏も、継ぎ目も無い。


 そこに集まった四つの人型。彼等もまた少し異常ではある。

 全身が炎で出来ている者。甲羅はないが亀のような人。他の二人は一見女性だが、人間のようで人間ではない。


「それではこれより精霊連合、上位四者会談を始めます。皆さん、よろしければ了承を」


 まず最初に言葉を発したのは、純白のドレスを纏った女性。亜麻色の長髪に白い花のコサージュが非常に印象的だ。

 彼女の名はゼルナ。バロウという、世界で崇拝されし神である。


「ラングリード。了承だ」


 二人目は全身が赤く燃える、炎で出来ているラングリードだ。ファントムと違い真っ赤な炎で、目の部分だけが青くなっている。また古代中世を思わせる、鎧を来ているのも特徴だ。その見た目から声を出さなくとも、男性である事は予想できる。


 彼もゼルナと同じ世界の神。バロウと呼ばれる世界の神だ。ただしゼルナが最高神なので、彼は一段階格が落ちるが。


「ギブラダ。僕も了承するよ」


 三人目はギブラダ。亀人間。もっとも甲羅は背中にないし、これは彼の取る姿の一つ。


 本来のギブラダは惑星級サイズの巨大な神である。彼の世界では巨大亀ギブラダの背に世界は創造された。ノムーア・ネルスと呼ばれる世界の、大地その物と言える神である。


「レフィエラ。了承致します」


 四人目は青いローブの少女。魔法使いを思わせる姿で、神秘的な空気を纏っている。


 デルノスと呼ばれる世界の神で、司っていたのは水と光。姿こそ少女そのものであるが、デルノスの所謂最高神だ。


「私、ゼルナも了承します。これで発起人の私を含め全者了承を確認しました。それでは本題へと入りましょう」


 そして、再びゼルナへと戻る。

 彼女は両腕を少し広げて、他の三人に向かって言った。


「議題はウォッチャーを指導者とする、人間管理領の処遇です」


 ウォッチャーの名前が出た瞬間に、空気が一段階重くなった。

 ゼルナもその反応は知っていて、尚この議題を設定している。ウォッチャーは前精霊連合を、壊滅させた張本人である。この場の誰もがそれは知っている。故に敏感にならざるを得ない。


「奴が消えてからもう百年だろ。そろそろ潰しても良いんじゃないか?」

「それは早計じゃないかなあ? まずは情報を収集しようよ」

「相変わらず悠長なことを言う」

「そこは亀だから。大目に見てよ」


 それでも会議が始まった以上、早速つつき合いが始まった。ラングリードは好戦主義者。ギブラダは慎重派だとわかる。まさしく炎と亀という、見た目にそった性格であろうか。


「レフィエラくーん。君はどう思う?」

「私はまずゼルナのお話を、聞くべきだと判断致します」


 そのギブラダがレフィエラへと振ると、彼女はゼルナへと話を振った。

 ゼルナが開いた会議なのだから──と、言う理由もあるだろう。しかしそれだけでなくレフィエラには、ゼルナが策を秘めるように見えた。


 事実、ゼルナはレフィエラに言われ、歓喜を抑えられぬ声で喋る。


「ではまず情報を開示しましょう。皆さんにも疑問は有りましょうが、それは全てを聞き終わった後で」


 そしてゼルナは解説を始めた。ハガネ名乗る機械人について。


 ===============


 これが私の知った全てです──ゼルナの解説は地球時間の、何十分かで締めくくられた。ゼルナが話した内容は、ハガネが辿った道の一端だ。いくら神でもセプティカの住人。システムのルールには逆らえない。それでも彼が特別な者だと、確信するには十分だったが。


「あーつまりそのハガネとかいうのが、ウォッチャー失踪に絡んでたのか? けどそいつただの人間なんだろ? それに何で今になって出て来た?」

「ウォッチャーも同じ人間ですから。ただの人間かはわかりませんね」

「時期については?」

「理由はあるでしょう。現在追跡調査しています」


 腕を組むラングリードの疑問に、ゼルナは涼しげな声で答えた。

 しかし、レフィエラが抱いた疑念はラングリードのものより深刻だ。


「ゼルナ。どうしてそんな情報を、今この場で皆に伝えたのです?」

「貴方は聡明で助かりますね。丁度提案をするところでした」


 ゼルナは笑顔で応えたが、その瞳は決して笑っていない。それがレフィエラの抱いた疑念を、即座に確信へと変化させた。もっとも既にゼルナペースであり、遅きに失したとも言えるだろう。


「私は今こそ、彼等人間に罰を与えるべきだと思います。彼等に対して宣戦布告し、神の威光を回復するのです」


 ゼルナは力強く訴えた。

 それに彼女と同じ出身の、ラングリードの体が燃え上がる。喜びに打ち震えると言うのが、彼の場合にはより解りやすい。

 しかし、その内容を考えれば、反発を招くのは必至である。


「うーん。僕は即答できないなあ。今までの話を聞いていたけど、まだまだ情報が少なすぎるよ。ウォッチャーがセプティカに残ってたら、旧連合の二の舞になるしね」


 まず声を上げたのはギブラダだ。

 無論それで諦めるつもりなら、ゼルナも提案などしていない。


「部下があれだけ派手に動いても、ウォッチャーが手を下す気配はない。それは彼が動けない状況か、或いは死を意味しているはずです」

「まーねえ。それはそうかも知れないよ? でも確定したわけでもないしね」


 ギブラダの言う事は正論だ。それを打ち崩すのは難しい。


「ではこのまま人間管理領を、野放しにし続けるつもりですか? 私達神が導かなければ、惑い争う脆弱な種族を」


 そこでゼルナは正論をぶつけた。

 神々が存在をしているのは人々がそれを望んだからだ。時に民草を従えるために。時にストレスから逃れるために。人々は神の偉容を讃え、またその力にすがりついてきた。それが神の存在意義であり、それを否定する事など出来ない。


「それを言われると痛いなあ。じゃあ僕は中立って言う事で」


 事実ギブラダは両手を上げた。

 しかし、まだレフィエラが残っている。


「私は明確に、反対です」

「反対は貴方だけですよ?」

「私が反対をしている限り、宣戦布告は出来ないはずです。布告の条件は全会一致。そう決議で決められていますから」

「原則的にはそうなっています」

「では原則に則ってください」


 レフィエラは頑として譲らない。

 もし自分がここで折れてしまえば即戦争になってしまうからだ。

 しかし一人だけでは限度もある。レフィエラもそれは理解をしていた。


「私は二つ条件を出します」


 そこでレフィエラはゼルナへと言った。



 一方、フラムに連れられて──ハガネが来たのは格納庫だった。

 テレポーターから歩いて出ると、見覚えのある景色が現れる。格納庫の中でもハガネ達が非常に良く利用する一角だ。そこにはハガネ達のヘヴィである、アモルファスが立ち固定されている。


「ヒャッハー! 大将と、領主さまぁ!」


 と、ハガネが考える暇も無く、マッドハッターが駆けてきた。正確には途中で転んだが、そのまま床を滑ってやって来た。

 そこに丁度ミウ達も現れて、寝たままのハッターに挨拶する。


「あ、ハッターさん。こんにちは」

「こんにちは」


 ミウもアイリスも、すっかりハッターに慣れきっている。

 フラムは初対面だったのだろう。流石に面食らったようである。

 頭にアンテナ。顔には単眼。肩などには銀の色のトゲトゲ。ハガネが見た機械人の中でも、間違い無く異様な存在だ。寝転がっている点を除いても。


「ハガネ、これは何?」

「マッドハッター。ワタシの友人で武器商人だ」

「他のもんも扱ってるけどな!? エロ本から子供向け絵本まで! エロい子供向けの絵本もあるぜ!」

「そのキャッチコピーはどうかと思う」

「気にするな大将! 万人向けだ!」


 ハガネはフォローしようと努力した。努力したが、無駄だったようである。


「商人は選ばない主義なのね」

「いや一応、これでも選んでいる」


 ハガネが最後のフォローをすると、同時にマッドハッターが立った。何をどうやったかも解らない、相変わらず怪しげな動きでだ。


「で、大将! 今日は何の用事だ!?」

「それはワタシにもわからない」


 ハガネが答えている間にも、フラムは徐に歩き始めた。ハガネ達が所有しているヘヴィ、アモルファスの正面、足下に。

 それを見たカナヅチが驚いて、思わず『うわっ』と言う顔になった。彼女はモニターを注視していて、フラムに気が付いていなかったのだ。


「安心して。ただの見学よ」


 しかしフラムはむしろ気をよくして、アモルファスを静かに仰ぎ見る。

 アモルファスの前に立った彼女は──普段より小さく、可憐に見えた。

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