三章 第二話



 星々に満ちた青い空に向け、風に吹かれ赤茶けた砂が舞う。暫くするとそれらは舞い降りて、広大なる砂漠の一部となる。

 本来、砂漠は対比物がなく起伏のある地形が判かりづらい。しかし今は何万という兵が、ずらりとその砂漠に並んでいる。


 その上空に、小さな稲妻と共に、アモルファスは転移してきた。凍えるほど寒い夜の砂漠が、このヘヴィの初の戦場となる。この戦場でくず鉄に成り果て、砂に埋もれる可能性もあるが。


「転送完了。システム安定。ハガネさんも変わりはないですか?」

「大丈夫だ。まだ馴染んでいないが、機能の障害は感じられない」

「馴染むんですか……?」

「そうなると良い。これは命に関わる問題だ」


 ハガネはコクピットのミウに言うと、アモルファスの腕を動かしてみた。

 現在、ハガネはプラグで繋がれアモルファスそのものになっている。よって自分の右腕を動かす──その感覚でアモルファスは動く。

 胸の前に右腕を持っていき、手の平を見たり手の甲を見たり。十五メートル近い巨体とは、思えない滑らかさで駆動する。


 その間、ハガネの本体は、コクピットの椅子で止まったままだ。激しい動きにも耐えられるよう、ハガネの体は固定されている。捕虜になった兵士の如くである。動けなくはないが視覚的にだ。

 ミウはその右で、サポートするため、宙に浮いたコンソールを操作。アイリスは左のシートに座り、何やら少しそわそわとしている。

 そしてその周囲の壁は外界──つまり、アモルファスの周りを映す。以上がコクピットの様子であり、ハガネはそれを見ることも可能だ。視界が幾つも重複するので、その感覚が最も慣れにくい。


『タイショーーーーウ!! どうだ!? 元気か!?』

『おいハッター、ギャーギャー叫ぶなよ。アタシも隣にいるんだからな?』

『ヒャッハーそいつは無理ってもんだ! 何故ならそれが! マッドハッターだし!?』


 ハガネが少々戸惑っていると、ハッターとカナヅチが言ってきた。


『それより大将! 武器を転送だ! 素手でヒャッハーしたいなら別だが!?』

『言ってることはまともなんだけどな。アタシもその意見には賛成だ』


 二人曰く、武器を転送せよ。

 一応、アモルファスには内蔵の、武装がいくつかは備わっている。しかし折角武器があるのなら、使わないのももったいないだろう。


「了解した。ライフル。ソード」


 ハガネが言うとアモルファスの手に──それぞれの武器が握られる。

 右手には地球で使ったような、デザインの黒色をしたライフル。特徴と言えば銃身の下に、マウントされたもう一つの銃か。

 そして左手には諸刃の剣。片手で持つには長めの刀身、長めの柄を持つシンプルなソード。


 ハガネはソードを左肩に乗せ、ライフルの銃口を上に向けた。正確にはアモルファスがであるが、今のハガネにはどちらも同じだ。

 見下ろせば兵士達の群。玩具の軍隊のようにも見える。


「今まで感じたことのない、嫌な万能感を感じている」

『ヒャッハー王様になった気分か!?』

「だとしたら、偉くはなりたくないな」


 ハガネは静かに、ハッターに言った。

 ハガネが求むるのは平穏だ。立場でもあらゆる力でもない。

 しかしセプティカで生きていく以上、ファントムは倒さなくてはならない。望むと望まざるとに関わらず、戦場は常に現れ続ける。

 戦う事がハガネの義務であり、知識を得るための手段でもある。


「ハガネさん。システムから、通知です。もうすぐファントムが襲ってきます」

「そのようだ。迎撃態勢を取る」


 実際、ミウの発言にハガネは──返しつつ、カウントを確認した。

 頭の中に浮かんだ数字は五。そこから一秒ずつ引かれていく。

 そして、ゼロになったその瞬間、遠く砂の丘に湧き出してきた。黒く燃える炎の肉体に、物質の外殻を持つ存在。ファントム──ハガネ達がこれまで狩り、そして今日も狩るべき存在だ。


 この砂漠に現れたファントムは主に四足獣を象っていた。地球で言うならチーターか、ライオンと言った猫科の生物。無論、シルエットの話であって、生き物とは到底思えないが。

 何にしても、ハガネは彼等を狩る。義務を果たしポイントを稼ぐため。


「目標を確認。射撃を開始」


 ハガネはアモルファスが右手に持つ、ライフルを構えて数発撃った。

 狙いはまだ非常に遠くの敵。砂山を駆け下りてくるファントム。ハガネが意図した場所に光線が、連続で突き刺さり敵を屠る。砂を貫通し、また巻き上げて、容易くファントムを撃破して行く。


「威力、精度共に予想以上だ。見かけ倒しではないと言う事か」


 ファントムが光の中で消し飛ぶ。ハガネ的にも満足な威力だ。

 と、性能に納得して居ると、マッドハッターが指摘をしてきた。


『ヒャッハー大将! 雑魚狩りも良いが、大物を狙った方が得だぜ!』

「大型を?」

『ポイントが高いからな!』

『ヘヴィの仕事は大型の排除。だからある程度倍率がかかる。それに兵士の感謝も得られるよ。ヘヴィ無しじゃ対処が辛いしね』


 マッドハッターの解説に、カナヅチが詳細を補足した。

 確かにハガネにも、覚えがある。


「言われて見れば初出撃の時、大型が飛んできてやられかけた」

「あー。あの時は大変でしたね」


 ミウに救われていなければ、ハガネは今この場所には居ない。弱者必滅のセプティカとは言え、チャンスは多く与えられるべきだ。

 それにポイントがなくて困っても、多すぎて困ることはないだろう。


 幸い、大型ファントムは、直ぐに湧き出して飛んできた。空飛ぶサソリとでも言えば良いか。体をうねらせ接近してくる。

 とは言えアモルファスに比べれば、まだ少し小さいと言えるのだが。ライフルで撃つとその甲殻は、容易く貫かれて破壊される。それが二発三発と命中し、ファントムは落下して消滅した。


「このまま大型を優先させる」


 ハガネは言うとアモルファスを飛ばし、息つく間もなくファントムを狩った。



 アモルファスに乗るハガネ一行が、戦い始めておよそ一時間。湧き出すファントムの数も落ち着き、戦局は終盤にさしかかった。

 相手が人間なら、投降させ戦争の早期終結を計る。だが相手がファントムである以上、一匹残らず消し去るしかない。


 そんな訳でハガネはアモルファスで、小型ファントムを狙い撃って行く。最早ヘヴィの扱いにも慣れた。相手は小型でも外しはしない。

 と、そんなことをしていると──


『ヒャッハー大将! お楽しみのとこ、悪いがちょっと一回ストップだ!』


 マッドハッターが話しかけてきた。


「どうした?」

『そろそろイレイサーが来る! ファントムの残りカス、バルーンだ!』

「具体的には?」

『何か丸い奴!』


 ハッター曰く、丸くてファントムの残りカスが風船になった物?


『こっからはアタシが説明するよ』


 ハガネが噛み砕こうとしていると、もう一人の解説役が言った。

 同じく格納庫でサポートする、メカニック担当のカナヅチだ。


『ファントムが減ってくると、倒したファントムのカスが、一点に集まる。まあ出てこないこともあるんだけど。備えた方が良いよ? 強いしね』

「見た目は?」

『こいつの言った通りだよ。デカくて丸くて風船みたいな?』


 ハガネはそれを聞いて思い出した。

 かつて、一度そう言う見た目をした──ファントムに遭遇したことがある。


「それなら過去に目にしたことがある」

「あーあれですね。フランベルジュ様が、何か一撃で倒しちゃったやつ」


 ミウも記憶していたらしい。

 あの頃はまだ、二人は初心者で、アイリスも加入してはいなかった。

 それでもフラムの強さには、ハガネも恐怖心を抱いたが。


『そいつはヒャッハーだな!』

「今思うと、彼女は人間かどうか怪しい」

『まあ領主だしな! そういうもんだろ!』

『確かに。アタシも関わりたくない』


 マッドハッターもカナヅチも、フラムとは距離を取っているようだ。むしろフラムに目を付けられている、ハガネの方が特殊なのだろうか。


『とにかく話をバキッと戻すと、強敵が登場するって事だ! つーワケでアモルファス君の……超絶機能を解放するのだ!』

「そんな物があったのか」

『あったのだ! アモルファスはソルで稼働してるが、何と魔法も使えちまうんだ!』


 何にせよ話が逸れていたので、ハッターが軌道修正してきた。

 彼曰く、アモルファスには魔法を使用する機能が備わっている。しかしハガネには使えない。となれば使うのはアイリスだろう。


『手とか足とか背中のパーツとか!? その辺は魔法の触媒として、使えるように設計されてるぜ! ただし猫耳がしくじると、自爆しちまうかも知れねーけどな!?』

『あとライフルのアンダーマウントに魔法の弾丸を装填できる。これなら任意に発射できるしな。て言うかこっちから説明しなよ……』


 ハッター、カナヅチの二人によると、魔法にはリスクも伴うらしい。

 逆に言えばリスクを取らなければ危険な相手と言う事だろうか。


「アイリス。行けるか?」

「うん。だいじょうぶ」


 アイリスがハガネの問に答えた。両足をぶらぶらとさせながら。

 彼女も戦闘経験はあるし、非常に冷静な様子に見える。アイリスは小さな女の子だが、同時に戦士であるのも確かだ。

 ハガネは彼女を信じているし、彼女もハガネを信用している。


「わかった。イレイサーが出て来次第、アモルファスで迎撃対応する」


 よってハガネは直ぐに決断した。

 そして、ハガネが決断した直後、今度はミウが声を掛けてくる。


「ファントム反応、急速増大! おそらくそのイレイサーじゃないかと!」

「了解。対象は──見えた。アレか」


 ハガネが視線を動かすと、その現象は確かに起きていた。

 空中にある一点に向かって、黒い炎が集まって膨らむ。それはみるみるうちに巨大化し、直径六十メートルにもなる。

 アモルファスの身長の四倍だ。兵士達から見れば悪夢だろう。


 それでもそれが現れた瞬間、既に攻撃は開始されていた。

 地上に展開した歩兵達。フェアリー装備の中級者。そして量産型ヘヴィに乗った者達が、一斉射を開始する。

 もっともそう簡単に破壊する事の出来る相手ではないのだが。


「攻撃を開始する」


 アモルファスも、動きながらライフルを連射した。

 すると、イレイサーが反撃をする。イレイサーの表面に次々と、赤く光る丸い点が現れ──次の瞬間、そこから光線が、セプティカの軍に向けて放たれる。

 点は球体の全方向に、不気味に現れては発射する。当然、アモルファスに向かってもだ。攻撃は無差別に行われた。


「大丈夫ですか!?」

「ああ。大丈夫だ。単調な攻撃には当たらない」


 ハガネは避けつつミウへと答えた。

 仮に直撃してもアモルファスのフィールドなら防げそうではあるが、今のところ頼る必要はない。ハガネは全弾回避をしている。そして──イレイサーに撃ち返す。

 しかしイレイサーは無傷であった。


「効いている気配がない」

「効いてます! でも相手のエネルギーが多くて……」


 ミウによると一応効いている。ハガネには全くそう見えないが。

 ゆっくり削れてはいるのだろうが、外見的な変化は見られない。その間にも、友軍の被害は恐ろしいスピードで増大する。特に回避の苦手な歩兵達。彼等には致命的な攻撃だ。


 イレイサーの動きは遅いので、ゲートウェイまではまだ余裕がある。しかしゆっくりと戦っていれば、歩兵達はやられていくばかりだ。


「アイリス。頼めるか?」

「うん。たのめる」


 そこで魔法を試すことにした。


「クリスタル・えねるぎーかんつーだん」


 ハガネが頼むとアイリスが言った。

 するとアモルファスの持つライフルの、下部銃口がガシャりと駆動する。アイリスの座る椅子の手すりから、魔力がそこに流れ込んだのだ。


「チャージ、かんりょう」


 その装填は、ハガネの予想よりも早く済んだ。

 アイリスが唱えてたった二秒か。或いはそれより短かったのか。何にしても直ぐ、アイリスは言った。

 そこでハガネも直ぐに対応する。


「では、試してみる」


 ハガネは言うと、ライフルの銃口をイレイサーへ。

 イレイサーは巨大で鈍足だ。狙いを付けるのに苦労はしない。アモルファスは回避をしながらでも、十分イレイサーを射撃できる。


「沈め」


 ハガネが引き金を引くと、光がイレイサーを貫いた。

 アンダーマウントされたユニットが、発射した白く美しい光。通常の物よりも太いそれは、イレイサーの斜め上に当たった。そしてイレイサーの内部を通り、砂漠の丘まで綺麗に貫く。

 問題が一つあるとするならば、イレイサーがまだ健在なことだ。


「ミウ。どうなった?」

「貫通しました。ダメージもかなり受けた……はずです!」

「しかしアレはまだ残存している。やはりフラムは、人間ではないな」


 フラムがイレイサーを倒した時、同じように光線で貫いた。しかし、その後の結果が違う。あの時イレイサーは破裂した。

 単純に威力が高かったのか。工夫があったのかは判らない。

 ハガネに判別出来たのは、イレイサーに狙われた事だけだ。


 アモルファスが高速で飛行する、その後を光線が薙ぎ払う。今までにない大規模な力を、アモルファスに対して向けている。

 他の者の攻撃も続く中、気を引くことは成功したらしい。

 暫くすると光線は途切れた。だがまだ狙いはアモルファスである。


「明らかに、こっちを狙っています!」

「怒らせたか?」

「怒るんですか、あれ?」


 ミウに聞かれハガネは考える。

 そこまでの知能を持っていそうな、ファントムに会ったのは二度だけだ。最初はアイリスが加入して直ぐ、訓練中に現れたファントム。二度目はゲンブが破壊した、ファントムネストのコアなるファントム。どちらも知性がありそうだったが、しっかりと確かめたわけではない

 それに今それが分かったとしても、おそらくは役には立たないだろう。


 イレイサーに知能が無いとしても、今のままでは持久戦になる。それが間違いだとは言えないが、早期の決着がベストではある。


「マッドハッター。この剣を使って、魔法を行使する事は可能か?」


 そこで、ハガネはハッターに聞いた。


『ヒャッハー! まあ出来ねーことはねえな! ソルがないとただの鉄の棒だし!? その代わり魔法で補強しねーと、スナック菓子並みの強度だけどな!』


 そのハッターの答はこうである。

 ソルと魔力は同居できないので、ソルを切って魔法を使用しろと。要約するとそう言う事だろう。少なくとも、ハガネはそう約した。

 そしてアイリスは賢い子なので、説明の必要も無いだろう。


「アイリス。タイミングを合わせてくれ」

「わかった」


 彼女がハガネに答えた。

 ハガネはそれを信じてライフルを、格納庫に転送して戻す。


「転送格納」


 ライフルが、一瞬輝き姿を消した。

 後はアモルファスが左手に持つ、ソードだけが頼みの綱である。


「まりょく・ちゅーにゅー」


 それを両腕で、構えたと同時にアイリスが言う。

 彼女の言葉通り、ソードには、魔力が注がれ微かに光る。

 だがまだ、コレでは不十分である。


「ハガネさん! 近づくのは無理ですよ!」


 ミウがそれを即座に指摘した。

 剣の長さは約十二メートル。アモルファスの身長より短い。コレでイレイサーを斬り付けるには、相当に近づく必要が有る。

 とは言え、イレイサーは現在も、アモルファスに向けて砲撃中だ。

 しかしだからこそハガネはソードを、アイリスに預け、強化させたのだ。


「アイリス。伸ばせるか?」

「うん。がんばる」


 ハガネは頼み、アイリスは応えた。

 ゲンブに修行を付けられたときに、ハガネは隣で訓練していた。それ故彼女が使える魔法を、ハガネはある程度なら知っている。

 アイリスは一度光の剣を、長く伸ばして攻撃をしていた。それを今回も行えば、イレイサーまで到達するはずだ。

 もっとも、そうは成らなかったのだが。


「クリスタル・ぐれーとろんぐそーど」


 アイリスが唱えると刀身を、青い色の結晶が包み込む。

 そしてそのまま結晶は巨大化。非常に長大な刀身となる。イレイサーを斬り付けられるほどに──と、言うより両断出来るほど。

 ハガネにとってはそれが重要だ。振ると存外、振り心地も軽い。


「感謝する」

「うん。かんしゃされた」


 ハガネはアイリスが、少し照れた──その直後にソードを振り抜いた。

 アモルファスが持つ結晶の剣が、刹那にイレイサーを両断する。それも一度ではなく四回も。ハガネは強敵に容赦はしない。


 イレイサーも抵抗したのだろう。刀身に赤い光線が当たる。しかしソードは欠片も傷つかず、イレイサーは間も無く崩壊する。

 集まって出来たときと逆戻し。黒い炎が拡散して消えた。多少残骸が砂漠に落ちたが、それも崩壊し消え去る定めだ。


『マッドハッターじゃないけどさ、なんか技名とか叫びたくない?』

『ヒャッハー確かに! 考えようぜ! 水晶剣微塵切りとかどうだ!?』


 何か外野が言ってきているが、ハガネはそれより早く帰りたい。もしも敵が殲滅されたのなら、ここに留まる理由は無いはずだ。

 事実、帰還の指示が出たのだろう。歩兵はゲートウェイ側へと向かう。テレポーターはそちらにあるからだ。彼等はそれを使わねばならない。ヘヴィは転送機能があるので、それを使えば自分で帰れるが。


「何も無ければこれで帰還する」

「ですね。ミッションコンプリートです」


 ハガネの意見にミウも同意した。

 よってハガネは元の状態へと、戻ったソードを先に転移する。

 そして、次はアモルファスの番だ。


「鋼鉄小隊。ヘヴィ・アモルファス。これよりフラム領に帰還する」


 ハガネは言ってアモルファスにある、転送機能を使用した。使用した──そのはずだった。


『システムによる制限を確認。転送機能は使用出来ません』


 思い出したように喋るオーエス。

 それを聞いて全員が固まった。

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