二章 第九話



 ビーハイヴ領の執務室は、ウォッチャーが使っていた物に似ていた。金属の機械とモニターに満ち、コンソールも座席も複数在る。

 しかし今この空間に居るのはビーハイヴとゲンブの二人だけだ。その上二人は背を壁にもたれ、床に尻を着けゲームをしていた。

 コントローラーを持ってはいるが、プレーを映し出すモニターは無い。VRゴーグルも必要無い。二人は体が機械なのだから。


「ゲンブ。上位エネミー優先だ」

「了解でござる。どららららららら!」


 客観的に見ればシュールだが、二人の主観は別の戦場だ。

 ゲンブがネストを破壊した、その日の夜に二人は集まった。そして協力型FPSを楽しげにプレーしているのである。

 本題のついで──ではあるのだが。


「で、ゲンブ。実際どうだった?」

「んー見込みがありそうではござった」

「鋼鉄小隊のことを聞いたぞ?」

「うむ、故にちゃんと答えたでござる」


 ゲンブがビーハイヴにそう返す。無論ピコピコボタンを押しながら。

 コミュニケーションもゲームも大事だ。少なくともこの二人にとっては。


「特にハガネ殿。初期能力はそれほど高くない、はずでござったが」

「今ではソル・アーマを使いこなす。成長には目を見張る物がある」

「おそらく何らかの手段を持って、ハガネ殿を探したのでござろう。しかし果たしてどうやったのか、今の拙者には理解出来んでござる」

「転生する者を選ぶ際、死亡時の能力は確認が出来る。それによって転生させるための、ポイント消費量も決定する。だが奴は死亡したその時点でソルも魔法も使っていなかった」

「左様。故に普通の手段では、伸びしろなど計れんはずでござる」

「だが事実フラムは彼を選んだ。そこには何か理由が有るはずだ」


 ゲーム内で敵を撃ち殺しつつ、ゲンブとビーハイヴは検討する。

 一体何故ハガネは選ばれたか。一体ハガネとは何者なのか。

 しかしまだ情報が足りていない。その点で二人は一致していた。


「まーなんにしてもハガネ殿達を強くするのが先決でござるな。今の実力では事故って死亡──その可能性も否定出来ぬ故」

「それに関しては同意する。よってお前も手伝って貰うぞ?」

「勝手に接触した罰でござる?」

「いいや。まあそれもあるにはあるが、多角的に彼等を見たいだけだ。それに魔法ではワタシより──お前の方が上を行っている」

「それはそうでござるな。総合的には、お主の方が上でござるが」

「気を遣うな。ワタシの悪いクセだ。苦手な物はつい避けがちになる」


 故に二人はハガネを鍛えつつ、彼を使って情報を引き出す。

 自嘲気味にビーハイヴは言った。

 もっともゲンブの方はもう一つ、気になっていることが有ったのだが。


「ところで友よ。フラム殿と一体どんな契約をしたでござるか? ハガネ殿達を救いに来たとき、かなり焦っていたようでござるが」

「何の事はない。ただ彼等が死んだら百年間トイレの掃除だ」

「マジでござるか!? 災難でござるな」

「愛に支配された者の末路だ。まあ、そう考えれば悪くはない」


 言ってビーハイヴは天を仰いだ。


「またレア無しだ」

「忍耐でござるよ。ゲームもリアルも忍耐でござる」


 それを見てゲンブは友を笑った。

 無論口があればの話である。



 翌日。

 フラムの所有する、自然の豊かたる自由領域。ハガネ達はまた特訓のために、その場所に三人でやって来た。

 例によってハガネとミウは既に、アーマを纏って少し浮いて居る。アイリスはその横に立っているが、何にせよ準備は整っている。


 一方、三人を出迎えたのはビーハイヴとゲンブの二人組。機械人の二人は装備も無く、地面に自然体で立っていた。ゲンブは真っ赤なマフラーがあるが、あれは装備と言うよりはお洒落だ。

 もっとも腕試しを考えれば、彼等に装備など要らないだろう。


「良く来たな諸君。では早々に、貴様らの訓練を開始しよう」


 ビーハイヴが腕を組みそう言った。


「昨日の今日でですか?」

「そう。だからだ。実戦と訓練を繰り返し、戦士はその実力を増して行く」


 ミウが引き気味に指摘をしたが、ビーハイヴのスタンスは変わらない。

 それに彼の言う事も一理ある。休息は大切だがそのために明日死んでは本末転倒だ。

 とは言えハガネにも疑問は有った。


「それでは具体的に何をする?」

「今から説明する。聞いていろ」


 ビーハイヴはハガネに答えると、腕をほどいて手の平を開いた。

 するとそこに在ったのはオレンジの、卵ほどの大きさの球体だ。

 ハガネはなんだか判らなかったが、ミウはそれを知っているようだった。


「あ、ピンポン球ですね」

「その通り。卓球で使う小さなボールだ」


 ビーハイヴが言うとその直後、そのピンポン球がゆっくりと浮かんだ。

 何かに吊られているわけでもなく、風が吹き上げているわけでもない。ハガネ達の世界でそれを見たら、手品の一種だと思っただろう。

 だがハガネ達は知っている。ソル・フィールドは一種の力場だと。


「ソル・エネルギーで浮かしているのか?」

「そうだ。貴様らにはこれを自由に、動かすトレーニングをして貰う」


 原理が解れば何てことはない。一見するとそう考えられた。

 しかしハガネは直ぐに思い知る。それをビーハイヴから投げられて。


「む?」


 ハガネがフィールドを働かせ受け止めるとボールは潰された。力強く指でつまんだように、左右から元に戻らないほどに。

 それで解った。このトレーニングは、デリケートな操作を要求する。

 力を入れすぎれば球は潰れ、力が足りなければ落下する。


「転送・レプリケータボックス」


 ビーハイヴは彼が抱えるほどの、大きさの立方体を喚びだした。

 それを地面に置いて上の蓋を、パカッと開けると内部が見える。ぎっしりと詰まったピンポン球だ。


「今から貴様ら二人はこれを、フィールドの力で浮かし動かせ。一つが出来たら今度は二つ。二つが出来たら今度は三つ。五つ同時に動かせた時点で、次のステップに進ませて貰う」


 それを指してビーハイヴが言った。

 だがハガネにはそれに疑問がある。


「二人というのは?」

「ハガネとミウだ。アイリスにはコレは必要がない」


 その疑問を解決するために、ビーハイヴはボールをひょいと投げた。

 アイリスに向けて同時に三個。アイリスはそれを目の前で、空中に浮かせて無言で回す。その場で自転すると言うよりは、三つがまるでシンクロするように。


「彼女は生前訓練している。それに魔力はソルよりも便利だ。この程度なら彼女には容易い。故に別の訓練をして貰う」

「よって拙者が来た訳でござるな」


 そこで──と、言うべきなのだろう。ようやくゲンブが言葉を発した。

 確かに彼は魔法を行使する。それはハガネも実際に見ている。


「今回拙者は魔法の指南とお主らの監視が仕事でござる」

「魔法の指南とは?」

「それは後ほど。今はお主らの特訓でござる」


 ハガネは詳しく聞こうとしたが、ゲンブに話を元に戻された。

 もっともハガネとミウの特訓は既に解説された気がするが。ゲンブの発言から察するに、まだ取るべき行動があるようだ。


「ゲンブが言ったように、貴様らへの解説はまだ終了していない。もっともこれは言葉で言うよりも、目に見せた方が簡単だろうが」


 実際ビーハイヴはそう言うと、箱の中の球を押して潰した。拳を突っ込み無造作に。一見無駄に思える行動だ。

 そこでビーハイヴは箱を閉めると、ソル・エネルギーを箱へと注いだ。

 すると箱がにわかに輝いて、次の瞬間に奇跡が起きる。


「この箱はレプリケータボックスだ。ソル・エネルギーを注ぎ込むことで、設定された機能を発揮する。今回の場合ピンポン球を、元の形状に修理する」


 ビーハイヴが言って箱を開けると、ピンポン球は全て治っていた。

 元の美しい球体だ。傷もへこみも全て消えている。


「浮かせる過程で壊したボールは自分で全て修復して貰う。これでコントロールとスタミナを、同時に鍛えられるという事だ」


 そのレプリケータボックスを、彼はハガネの足下へと置いた。

 次いでもう一つ転送し、今度は隣のミウの足下に。


「これからは三日を一組として、実戦、訓練、休日と回す」

「訓練、実戦、休日ではなく?」

「そうだ。理由は直ぐ理解出来る」


 ビーハイヴはそこまで説明して、ハガネに背を向けその場を去った。

 最後に「後の事はゲンブに聞け」。そう言い残して理由も告げずに。


「それでは特訓開始でござるよ」


 そんな訳でゲンブが号令して、ハガネ達の特訓は始まった。

 ゲンブが微妙に楽しそうなのを、この時気に駆けておくべきだった。



 ハガネ達がひたすら訓練するその十メートルほど横の場所。ゲンブは腕を組み足を揃えて、小さなアイリスを見つめて言った。


「えーそれではこれよりゲンブ式の魔法訓練を始めるでござる」

「わかった」

「うむ。良い返事でござるな」


 忍者な機械人と猫耳と。アンバランスあふれる取り合わせだ。

 しかし二人は共通点がある。魔法を使う戦士と言う事だ。


「では基本の説明からでござる。尚、拙者らの声はハガネ殿とミウ殿にも聞こえてござるから……お主が知っていることであっても取り合えず聞いて欲しいでござるよ」


 ゲンブが言うとアイリスはコクリと、首を縦に振りゲンブを見上げた。

 まあミウとハガネの二人組には、落ち着いて聞く余裕は無いのだが。


「ああ! また潰れた!」

「柔らかい物を、箸でつまみ上げるのに似ているな」

「今度は吹っ飛んでいっちゃいました!」

「難易度はこちらの方が上だが」


 ミウは潰したり飛ばしたり。

 ハガネのボールはゆっくりと上下した後、地面に落下した。

 こうして意識を集中しながら話を理解するのは困難だ。精々話を録音しておき後で聞くのが関の山だろう。


「と、言うワケで忍者のゲンブ式魔法製作のススメにござる」


 そんなことなどゲンブは気にせずに、アイリスに向かって話し始めた。


「魔法はプログラミングに似ている……と、言っても通じんでござろうか。アイリス殿向けに噛み砕くなら魔法は文章に似てるでござる」


 ゲンブは組んでいた腕をほどくと、右手人指し指をひょいと立てた。

 するとその直後指の尖端に小さな炎が灯って揺らめく。


「この炎を分解して行くと、『右手の人指し指の尖端で燃え続ける小さな赤い炎』。しいて言えばそんな感じでござる。無論、肉体などの感覚で補える部分もあるではござるが」


 ゲンブがそこまで説明すると指先の炎に異変が起きる。

 最初の炎が指から離れて円を描くように移動を開始。更にそれと同じ物が次々、生まれて合計五つの炎に。まるで指先で五つの炎がジャグリングされているように見える。


「当然こうして機能を増やせば文章も複雑化するでござる。細かく言うのは止めるでござるが死ぬ程長くなりそうでござるな。しかし単純な魔法ほど、敵には見切られやすい物」


 ゲンブはそこで──炎を消した。


「よって、これからアイリス殿には試行錯誤をして貰うでござる。ターゲットはちゃんと用意する故。出でよ! 訓練用デコイ棒!」


 そして炎の代わりに長い棒──本当に長い棒が握られる。柄の長さだけで十数メートル。尖端に金の球がつけられた、通称訓練用デコイ棒。

 何とも怪しい道具ではあるが、怪しいゲンブとは釣り合っていた。


「この尖端を狙って色々と攻撃魔法を使うでござる。ただし拙者は棒を動かす故、当たるように工夫するでござるよ。棒は拙者が強化している故、破壊する心配はないでござる。ただしハガネ殿とミウ殿とには当てないように気をつけるでござる」


 訓練の方法は意外にも、単純明快な手法だったが。

 それ故アイリスにも理解出来た。


「わかった」


 こうして魔法訓練がゲンブの主導で始まった。

 それはハガネとミウに比べれば、非常にど派手な訓練であった。


「あ、また潰れました」

「ワタシもだ」


 単にハガネとミウの訓練が、地味すぎるだけなのかも知れないが。



 訓練を始めてから二時間後。青かった空はまだ青かった。

 朝訓練を開始したのだから、二時間ほどで日暮れにはならない。

 もっともハガネとミウの二名には永劫の時のように感じたが。


「もう。限界ですー」

「右に同じだ」


 ハガネは先に言ったミウと共に、倒れて透き通る空を仰いだ。

 まさかボールを浮かしていただけでこれほど疲労困憊しようとは。

 とにかくハガネとミウの精神は気絶一歩手前の状態だ。


「では、今日はここまでにするでござる」


 そこでようやくゲンブが指示をした。

 そしてアイリスを伴って、ハガネ達の側へと歩いて来る。

 アイリスも疲れてはいるようだがハガネ達より遥かにマシである。


「だいじょうぶ?」

「空が青いです」

「ああ。ワタシにも空が青く見える」


 それが証拠にアイリスに聞かれてミウとハガネは力なく返した。

 しかしゲンブの方はスパルタだ。いや忍者だがスパルタ教育だ。


「はっはっは。家に帰還するまでが訓練でござるよー、御両名」


 ゲンブは楽しそうに笑いながら、ハガネ達に立つよう促した。

 そう楽しそうに。訓練前にも同じように楽しそうにしていた。

 ゲンブからすればこの結果、予想通りだったと言う事だ。


「ビーハイヴが言っていたでござろう? 訓練の次の日が休暇なのは、訓練をすればわかるでござると」


 当然ビーハイヴも知っていた。

 知らなかったのは今倒れている二人とついでにアイリスだけだ。

 そんな訳でハガネは取り合えず、サイダーのプログラムを起動した。シュワシュワできんきんに冷えた奴だ。


「あ! ハガネさんだけ酷いですよう!」


 ミウには文句を言われたが、使わなければ立ち上がれなかった。

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