二章 第十話



 ビーハイヴの訓練開始から──十日と一日経過したその日。本来なら実戦の日であるが、ハガネ達は自由領域に居た。

 いつも訓練をしている草原。ただし普段と違う事もある。ハガネとミウはソル・アーマを始め武装を纏っていないのだ。アイリスは装具を纏っているが一見するとただの私服である。

 一方彼等を待っていた、ビーハイヴとゲンブも無手だった。

 まあこちらはいつもの事である。彼等には武装など必要無い。


「来たか。時間通りだ。褒めてやる」


 ハガネ達が彼等に近づくと、ビーハイヴがハガネへと言ってきた。

 いつもの威圧的な言動でだ。実に彼らしいと言えなくもない。


 今日ハガネ達がこの場に来たのは彼等に呼び出されたためである。訓練が不調と言うワケでなく、むしろ逆に順調だったからだ。

 実戦で上達を確かめつつハガネ達の技術は向上した。今やハガネもミウも五個以上のピンポン球を自在に動かせる。

 とは言えこれから何を行うか。詳細な説明は無かったが。


「はっはっは。几帳面でござるな。では早速転送・鉄パイプ!」


 と、そんなハガネ達を見て、ゲンブは鉄パイプを転送した。

 何の変哲もない鉄パイプだ。長さは一メートル弱程度で、振り回すには適しているだろう。


「せめて説明をして欲しいのだが」

「うむ。今からミウ殿がこの棒を、全力でチョップするのでござるよ」

「言語システムが壊れたようだ」

「いやいや。おそらく正常でござる」


 ゲンブは楽しそうにそう言った。

 しかしハガネには意味不明である。ミウがソル・アーマを纏っていれば鉄パイプなどパンの如しである。

 だがミニスカ姿の現在は、鉄パイプは鉄パイプに過ぎない。


「まあまあ、ここはこのゲンブを信じ思い切ってバキッとやるでござる」

「訓練の感じを忘れなければ、怪我をする可能性はないだろう」

「えー……」


 ミウは露骨に嫌がっているが、ゲンブもビーハイヴも本気である。

 彼等が本気である以上、生徒に選択肢は在りはしない。


「じゃあ、一回だけですよ?」


 仕方なく──と言う体で、ミウはゲンブの前に立ち構えた。両足を肩幅程に開いて、空手チョップを食らわす態勢だ。

 一方ゲンブは横向きに、両手で鉄パイプを固定する。

 後は右手と左手の間に真っ直ぐ手刀を振り下ろすだけだ。


「ミウ。大丈夫か?」

「はい。ハガネさん。一回なら軽い怪我で済むかと」


 ミウ本人すらこの鉄パイプをどうにか出来るなど思っていない。

 この状態でチョップしたとしてもミウが痛がる未来しか見えない。


「えい!」


 だがそこには現実が在った。ミウの手刀がパイプを折り曲げて断絶させるという現実が。

 ゴギンと言う鈍い音を伴い、ミウのチョップが鉄パイプを折った。斬り裂く形にならなかったのはミウに躊躇いがあったからだろう。


「えええええええええ!?」


 ミウ本人も驚いてはいるが、この事実は受け止めざるを得ない。

 どう言う理屈か不明だが、ミウは素手で鉄パイプを砕いた。


「ふっふっふー。驚いたでござろう?」

「首尾は上々と言う事か。及第点はやっても良い出来だ」


 ゲンブとビーハイヴはこの調子だ。

 彼等の実力は確かであるが、教育者としては問題がある。


「今度こそ、説明して欲しい」

「そう急くな。貴様らには良いことだ。ソルを少し使えるようになった」


 ハガネが聞くとビーハイヴが言った。

 とは言え隣に立っていた、ゲンブが代わりに解説をしたが。


「我が友の代わりに説明すると、そもそも拙者らの体は全てソル対応になってるでござるよ。ただし殆どは使いこなせずに、武装を必要としてるでござる」

「つまり使いこなせるようになった?」

「うむ拙者らほどでないでござるが」


 ゲンブの解説は納得できる。

 少なくともハガネはそう感じた。

 事実ミウはチョップで鉄パイプを一撃の下にへし折っているし、かつてビーハイヴは何も使わずハガネの斬撃を防いで見せた。

 それはそれで問題無いのだが、次の疑問が鎌首をもたげる。


「そうすると具体的にはどうなる?」

「まず、今までとは非にならぬほどに戦闘能力が上がるでござる。武具も今までよりも高ランクの、アーマや銃が使えるでござるよ」

「値段は張りそうだが」

「そこはそれ。自分で稼ぐが良かろうでござる」


 ゲンブはまたハッハッハと笑った。

 しかし強くなったと言うだけなら呼び出す必要などないだろう。

 実際ゲンブはそこから続ける。


「しかし最も肝要な所は、また別に存在するでござるが」

「それは?」

「ヘヴィに必要でござるよ」


 ゲンブは真面目な感じで言った。


「ヘヴィを使う為に最低限、必要な能力で御座候」

「我々はヘヴィを持ってはいない」

「左様。故に訓練したでござる」


 ここまで言われればハガネどころか、ミウにも言わんとする事は解る。


「私達ヘヴィに乗れるんですか!?」

「まー今すぐには無理でござるがな。そのために訓練はしたでござる」


 ゲンブがその疑問に答えると、解説役がビーハイヴに変わる。


「貴様らには免許を取って貰う。そして、より強力になって貰う」

「免許とは?」

「ヘヴィを使う為には、試験をクリアする必要が有る。これはセプティカ法で定められた、絶対変更不能のルールだ」


 ビーハイヴは腕を組みそう言った。

 そしてゲンブがまたぞろ補足する。


「えー因みに、セプティカの法律は大きく分けて二つあるでござる。セプティカ法と領法でござるな。セプティカ法はシステムが管理を、領法は領主が決めるでござる」

「つまり、システムが決めた法律か」

「うむ。よってズルは出来ないでござる」


 ヘヴィに乗るためには試験を受け、クリアする以外に方法は無い。ゲンブによるとそう言う事らしい。

 まだビーハイヴの話は続くが。


「ヘヴィの代金はワタシが出そう。受験料は貴様らが負担しろ」

「ただし仕様は口を出すでござる。ヘヴィを用意も出来るでござるが?」


 そうして二人は提案してきた。

 丸ごとヘヴィをくれるのであれば、これほど楽なこともないだろう。

 しかしハガネは少し考えて、ゲンブの提案を蹴ることにした。


「いや。ひいきの武器屋に依頼する。仕様は別途転送して欲しい」

「御意御意でござる。では改めて、試験対策を始めるでござる」


 ゲンブはマフラーをなびかせ言った。ふふふ──と、不敵に笑いつつ。



 素敵な未来都市の地下にある、ゴミゴミとした怪しい武器ショップ。試験対策が済んだ後、ハガネはその場所へとやって来た。

 すると最初のフロアの入り口で、早速そこの店主が出迎える。武器ショップ・フォーリナーズのオーナー。機械人のマッドハッターである。


「ヒャッハー! らっしゃい大将! 元気か!? オレはこの通り無茶苦茶元気だ!」


 彼はいつものへんてこな動きで、ハガネの前へと躍り出て言った。

 今回──彼が現れたのはハガネが事前に伝えていたからだ。

 そうでなくとも前は現れたが、今回はちゃんとアポを取ってある。それはハガネの目的が単なるショッピングとは異なるためである。


「それで、打ち合わせはどこでする?」

「ヒャッハー! 大将! こっちだぜ!」


 ハガネが聞くとマッドハッターは、店の奥の方に歩いて行った。勿論怪しげな動きでである。

 地下一階フロアの奥の奥。そこに着けられた秘密の扉へ。その前で彼が「オープンセサミ!」と唱えると扉が壁に引っ込む。

 そして扉を潜ってその先へ。するとテレポーターが現れた。


「オレに続いてテレポートしてくれ! この先が商談用の部屋だぜ!」

「了解した。君の指示に従う」


 どちらにせよ背後のドアは閉じた。

 テレポーターに入るほかにない。


「ではこの先に進むヒャッハーは、あらゆる希望をここに置いていけ!」

「それは地獄の門の一節では?」

「ジョークだ! それじゃお先にヒャッハーだ!」


 マッドハッターはテレポーターへと一人で入ってボタンを押した。すると当然バシュっと音がして、再びテレポーターが空になる。

 そこで今度はハガネがその中へ。ボタンを押してやはり転移した。

 光りに包まれ視界が戻ると一見して大した変化はない。しかし扉が開くとその先は既に商談用の部屋だった。

 今までの部屋の作りとは違い、直接テレポーターが置いてある。後はホワイトボードに長机。一般的な会議用の部屋だ。


「ようこそ! 秘密の商談ルームへ! ここならどんなヒャッハーを言っても、外に発言が漏れることはねえ! 放送禁止用語もオーケーだ! ピー音は後で入れておいてやる!」


 そこでマッドハッターは豪語した。

 確かにそうかも知れないが、ハガネはそんな事を言う気は無い。とは言え人に聞かれてはいけない話をしに来たのは確かだった。


「わかった。転送したメッセージは?」

「ヒャッハー! ざざざっと目は通したぜ!」


 ハガネが聞くとハッターが答えた。

 ゲンブから送られた情報を、ハガネはハッターへと転送した。ヘヴィ発注のためでもあるが、内容を精査してもらう為だ。


「何か問題はなかったか?」

「たぶんきっと、おそらくなかったぜ! まだ細切れには見られてねーけど!」

「意外だ」

「ヒャッハー! そうなのか!?」


 マッドハッターは普通に答えた。

 一方、ハガネの方はと言えば、眉間に自然と力が入った。実際、筋肉も皮も無いのでシワが寄ることは無論ない。

 しかし考え込んだのは事実だ。そのワケを話しておくべきだろう。既にハッターは巻き込まれている。ハガネ達の抱える問題に。


「君はウォッチャーと呼ばれる戦士を、知っているか?」

「前のここの領主か!?」

「そう聞いている」

「それなら知ってるぜ! だが大将と何の関係が!?」


 ハッターは両のこめかみに、人指し指を当て首を傾げた。何故そんなことを聞くのかと。おそらくそう言う事だろう。

 確かに経緯を知らない者なら、急に話に出たと思うはずだ。


「彼を探すのにワタシが役立つ。そうビーハイヴ達は考えた」

「ヒャッハー! なんでだ!?」

「フラムがワタシに、執着していると思ったらしい」


 そこで端的に理由を述べた。

 もっともハッターはそれを聞いても、頭を傾けたままであったが。

 説明したハガネも完全には、理解出来ていないので仕方ない。

 それでも対処は必要だ。よってハガネは内密に話した。


「とにかく彼等は目的のために、ワタシの情報を欲しがるはずだ」

「なるほど! それを集積する物が、無いか確かめてほしいって事か!」

「そうだ。或いは転送する物を、重点的に調査してほしい」


 信頼の置ける兵器でなければ命を預ける気になどなれない。それがハガネの命だけではなく、チームの命となれば尚更に。


「ワタシも多少は確かめてみたが複雑すぎて理解出来なかった。わかったのは三人乗りのヘヴィ。通常より大きいことくらいだ」

「それだけでもヒャッハー珍しいぜ! 調査のしがいがあるってもんだ!」

「報酬は別途支払うつもりだ。幸い最近収入があった」


 ゲンブがネストを潰したおかげでハガネは今ちょっとした金持ちだ。

 領主などとは比べられないが、調査費くらい払う用意はある。


「ヒャッハッハー! 水くさいぜ大将! お客様は神様って言うだろ!? それにヘヴィは大型案件だ! オレも儲けさせてもらってるしな!」


 だがハッターは楽しそうに言うと、くるっと回って親指を立てた。


「つーワケでお仕事は任された! 大将は宇宙船に乗った気で、お嬢や猫耳と遊んでてくれ! なんだったら色々買ってくか!? 双六的な玩具も置いてるぜ!」


 結局ハガネは色々と、玩具やゲームを買うことになった。だが調査の危険を考えれば、安い物だとハガネは考えた。



 ハガネはハッターへの依頼を終え、街を通って自宅へと戻った。そしてリビングに入ったところで、ミウが早速声を掛けてくる。


「あ、ハガネさん! なんなんですかこれ!?」


 割と強めの口調で聞いてきた。

 彼女の前には種々様々な、遊び道具が集められている。


「郵便用の転送装置から次々送られてきたんですけど!?」


 どうやらハッターから買った物がハガネの自宅へと届いたらしい。何も聞いていないミウにとっては、青天の霹靂もいいところだ。

 アイリスも物珍しかったのか、床に座ってじっと見つめている。


「ハッターから色々と買ってきた。彼によるとおすすめの品らしい」

「それにしてもいっぱいありますね? ハガネさん、遊び方わかってます?」

「いや。ワタシにはわからない。だがミウならわかると信じている」


 ハガネは格好良さげに言ってみた。

 しかし、これでは丸投げそのものだ。ミウも今度ばかりは呆れている。

 それでもハガネは言い訳できない。依頼は彼女達に秘密だった。もし依頼を彼女達に話せば、不安を感じさせてしまうだろう。それに依頼したことがバレたとき、責任はハガネだけが負うべきだ。

 そんな訳で経緯は秘密である。ハガネはただショッピングをしてきた。


「んー。あ、やったことあるゲームだ」

「ゲーム?」

「はい。双六とミニゲーム。二つを組み合わせたようなもので──たぶんやってみた方が早いかと」


 その中でミウが手に取ったのは、電子ゲームのパッケージであった。

 デフォルメされた3Dのキャラが描かれているポップなパッケージ。その名もアリスパーリー2100。


「幸いゲーム機も買っていますし。流石マッドハッターさんですねー」


 いきなりゲーム機はレベルが高い──などとハガネには言えない立場だ。

 ミウがモニターにゲーム機を繋げ、起動するのを黙って見守った。


 ===============


 数分後。ハガネ達三人は、ピコピコとゲームに勤しんでいた。

 三人でモニターの前に座り、コントローラーを握り操作する。それを一番楽しんでいたのは、意外にもと言うべきかミウだった。


「くらえハガネさん! 足止めファイヤー!」

「ここで使う為に持っていたのか」

「ミウ。うまい」

「経験者ですから」


 ミウはアイリスに褒められて、フッフッフと笑顔で胸を張った。

 プレイヤーはNPCを含め全部で四人。それが仕様である。

 暫定のランキングではその内、ぶっちぎりの一位がミウである。尚、ミウはアイリスには甘いためハガネは第三位に甘んじた。アイリスが二位なのは言わずもがな。NPCは当然最下位だ。


 そんな確認をしていたら、またミニゲームが始まった。

 ルールはハガネのキャラがロボに乗り、他三人を撃破するものだ。となれば当然狙いは一人。

 先ほど炎で黒焦げにされた、キノコキャラがロボットの上に乗る。これがハガネ。お姫様がミウで、アイリスは恐竜?的なキャラだ。


「あのー、ハガネさん?」

「ミウ覚悟」

「わーずるいです! 卑怯です!」


 なんと言われようとこれがゲームだ。

 ハガネは火炎放射で真っ先に、手練れのミウの尻に火をつけた。


 そしてその後もゲームは続く。結局なんだかんだと言いながら、三人はゲームを楽しんでいた。

 思いかけずの出来事であったが、ハガネはまた幸福を知ったのだ。

 しかしそれは一時だけのこと。ハガネは十分に理解していた。



 翌日。フランベルジュ領にある、全面ガラス張りの摩天楼。

 鋼鉄小隊の三人組はその内部を案内されていた。制服を着た美女が三人を、先導し目的地に連れて行く。エレベーターで上階へと上がり、白い廊下を静かに連れ立って。

 そして目的地へと辿り着いた。U936と書かれた部屋だ。


「ここが試験の会場となります。室内に試験官が居ますので、後は指示に従ってくださいね」


 美女はドアを開けて一歩下がると最後にハガネ達にこう言った。「皆さんのヘヴィ搭乗資格試験合格をお祈りしています」。

 実際思っているかはともかく、特に裏のなさそうな笑顔でだ。


「感謝する」


 ハガネは彼女に言うと、素直に部屋の中に歩を進めた。

 すると中には見知った人物が、楽しそうな様子で待っていた。


「試験会場へようこそ──なんて。少しは驚いて貰えたかしら?」

「貴方に一々驚いていたら、心臓が幾つあっても足りない」


 ハガネはフラムにジョークを言った。

 蓋の開いたカプセル状ベッドが、均一に並べられた部屋。そこに制服を纏ったフラムが椅子に腰掛けて、待っていた。

 彼女が何を考えているのか、相変わらずハガネには分からない。

 分かることは今回もハガネには選択肢など無いと言う事だ。


「じゃあ早速試験を始めましょう。一人ずつカプセルに入って寝て。大丈夫。痛いことはしないから」


 フラムは子供の様な声色で、言うと悪戯っぽく微笑んだ。

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