二章 第七話



 ファントムを殺しながら進んでも異界の森は途切れることがない。ハガネ達は光沢を持つ巨大植物を縫いながら飛んでいく。

 しかしようやく変化も見えてきた。

 友軍のヘヴィや、フェアリー装備の兵士を見る事が多くなった。


 包囲を狭めているのだから当然と言えば当然かもしれない。

 点で作られた円の直径が、縮めば点同士の目も詰まる──と、ハガネは考えて居たのだが原因はそれだけではないようだ。


「一時待機エリア?」

「なんでしょう? これ」


 レーダーを見ていたハガネとミウが、殆ど同時に速度を落とした。

 アイリスもそれを見て低速化し、三人で一度空中に止まる。

 理由はレーダーに示されていた黄色いドーナツ状の空間だ。

 尚更にその先はオレンジ色。ネストエリアと表示されている。

 その二つのエリアは何なのか。確認する手段は一つだった。


「マニュアルに接続する。少し待て」

「ここでも見られるんですか!?」

「見られる。二人は周囲を警戒してくれ」


 マニュアル。ポイントさえ持っていれば、あらゆる情報を与えてくれる。

 ハガネはミウとアイリスに言いつつ、そのデータベースへとアクセスする。

 ただしハガネがそれを見る前に、他に対処すべき事が出来たが。


「あいや待たれい。鋼鉄小隊」


 ハガネ達の元に男の声が届いて、三人を困惑させた。

 何故なら声を掛けたと思われる人物やヘヴィは見えないからだ。確かに友軍は通り過ぎるが、ハガネ達に興味はなさそうだ。

 数秒ハガネ達は見回すが、やはり影も形も見当たらない。


 ──と、その時だった。遠くハガネ達が来た方位から、急速に近づくヘヴィが一機。ヘヴィとは思えない機敏さで、流れる影の様に接近する。

 そして姿を現したヘヴィは良く見るタイプとはまるで違った。

 一般的にもっとも多く流通するヘヴィは十メートル弱。色や武器はカスタムされていても基本的な形状は変わらない。装甲は直線的で四角く、いかにも軍用と言った感じだ。


 しかしシュタリと着地したヘヴィはまるで形状もバランスも違う。足先や腕先が細く、まるで忍者のようなイメージの機体だ。その上装甲には漆塗りの重箱を思わせる模様もある。透き通る漆黒の上に映える、黄金で描かれた流れる水。美しいことは美しいのだが、兵器としては不適合に見える。

 最後に屈んではいるものの身長も十五メートルを超えていた。


 そのヘヴィの左胸が光って、立体映像が映し出された。真紅のマフラーを首元に巻く、人のような二つ目の機械人。もっとも、例によって傍目には実物との区別は着きにくいが。


「拙者はゲンブと申す者。ビーハイヴ殿の友人でござる」


 その機械人は腕を組み、ハガネ達へと話しかけてきた。

 ハガネには見覚えの無い者だし、本体はヘヴィに乗り込んでいる。故に判断材料は少なく、彼の発言以外他に無い。

 ゲンブと名乗った機械人はビーハイヴの友人だと自称した。その言葉が真実かは謎だが、ハガネは彼に目をつけられている。仮に友人を送ったとしても、不思議だとは思えない状況だ。


「友の命により貴殿達──鋼鉄小隊を見守っていた。貴殿らの情報を収集し、トレーニングに生かすためにござる」

「言葉通りに受け取れれば良いが」

「安心召されよ。貴殿の憂いどおり他意もしっかりと、あるでござる」


 案の定、ゲンブはハガネに言われ腕を組んだままサラりと明かした。


「拙者の任務は貴殿らの監視。接触する者があれば記録し、妨害があればそれを排除する。猫の首輪に取り付けられた鈴。或いはロリコン監視のために、取り付けられたGPS足輪」


 比喩表現のセンスは微妙だが。


「ワタシは猫か」

「いや、猫はそっち。お主はロリコンの方でござろう」

「ロリコンとは?」

「少女を惑わし拐かしたりする、変態でござるよ」

「ワタシはそのどちらもしていない」

「マジでござるか!? 小隊員を見て、てっきりそちらの趣味があるものと……」


 ハガネは聞いて両肩を落とした。

 確かにセプティカでこのバランスのチームは珍しいと言えるだろう

 しかしハガネは断じて犯罪行為に当たる行いはしていない。


「鋼鉄小隊。得体が知れぬ」


 得体が知れないのはそっちだろう──と、言う突っ込みは一旦置いて。ハガネは最初から気になっていたことを彼に問うてみることにした。


「ところでその鋼鉄小隊とは?」

「ああ。ビーハイヴと拙者とで決めたお主らチームの名前でござる。初期設定では意味の特にない文字と数字の羅列でござるから。気に入らぬなら後でハガネ殿が自ら設定すると良かろうて」


 ゲンブが目を細めてそう言った。

 彼の体には目蓋にあたる、装置が取り付けられているらしい。


「ワタシはその名前で良いと思う」


 ともあれハガネ的にチーム名は、『鋼鉄小隊』で問題が無い。

 ハガネはそもそもチームや自分の呼称にそれほど頓着はしない。


「それは私も賛成です。なんだか少し格好いいですし!」


 ミウもガッツポーズでそう言った。

 残るはアイリスただ一人だが──


「こうてつ?」


 言葉の意味すら怪しい。


「えーと鉄……特定の金属を熱して変化させた金属です。鋼鉄にすることでより丈夫な剣や道具を作れるわけですね」

「わかった」

「小首を傾げながら言われても……。アイリスちゃん、可愛いです!」


 もしライフルを持っていなければ、ミウは彼女を撫でていただろう。

 或いは抱きついてぎゅーっとするか。ミウの方が余程ロリコンらしい。


「では改めて鋼鉄小隊よ。拙者の提案を聞くでござるよ」


 そんな三人を見ていたゲンブが話を本題へと引き戻した。

 彼の目的は本来隠れてハガネ達を見守ることのはずだ。しかし現にこうして話している。

 つまり目的が変わったか、何か別の目当てがあるのだろう。


「実は拙者もウォッチャー探索に、血道を上げる者でござってな。良ければお主らと少し話を、させて欲しいと思ったでござるよ」


 彼はその目当てをハガネに告げた。

 話なら別に今もしているが、そんな意味ではおそらくないだろう。ゲンブはビーハイヴと同様に、ハガネ達の情報を得たいのだ。それがウォッチャーへと繋がっている。確証は無いがそう思っている。

 一方、ハガネの方もウォッチャーの情報を得たいと考えて居た。


「貴方がウォッチャーを捜し求める、その理由を教えてくれるなら」


 よって、ハガネは条件をつけた。

 それを聞くとゲンブはハッハッハと、大きく笑ってこう言った。


「勿論、それでかまわんでござるよ」


 ハガネ的に意外にもあっさりと。

 もう少し考えると思ったが、むしろゲンブは嬉しそうである。


「他二名もそれでいいでござるか?」

「私はハガネさんが良いのなら」

「アイリスも、それで、いいとおもう」


 なんにしても合意は下された。

 ミウもアイリスも同意して、ハガネにも──断る理由は無い。


「では動きながら説明する故、コクリュウオウについて参られよ。それが我がヘヴィの名前でござる」


 ゲンブが言うと彼の姿が消え、ヘヴィが体を起こし宙に浮く。

 そして飛び始めた黒いヘヴィの後をハガネ達小隊は追った。



 それはまだウォッチャーが戦争で、勇名を馳せるその前の話。当時ゲンブは力を追い求めウォッチャーの元へと、辿り着いた。

 弟子のビーハイヴと馬が合ったこともあり、そう難しくはなかった。


 巨大戦艦のブリッジルームを模したような、広大な執務室。その少し高くなった場所。司令官の位置に──彼は居た。虫の様な黒い甲殻を持ち、腕を組んだ一人の機械人。

 ゲンブはその背中の方向から、ウォッチャーらしき者に近づいた。


「貴方が、ウォッチャー殿でござるか?」

「そうだ」


 彼はゲンブの質問に、微動だにせず一言で答えた。

 ゲンブとの距離はおよそ五メートル。ゲンブなら一歩で接近できる。ビーハイヴが背後で見て居るが、制止することは叶わないだろう。


「御免!」


 望みのままにゲンブは、床を蹴ってウォッチャーへと接近した。

 同時に右の手刀を差し出して彼の首に突き付ける算段だ。実際その直前までゲンブの思惑通り事は進んでいた。

 もっともゲンブが停止したとき、ウォッチャーは彼の背後に居たのだが。ゲンブが機械人でなかったら、冷や汗を流していた事だろう。


 ウォッチャーが拳を振るった場合、ゲンブを確実に粉砕できる。

 しかしウォッチャーはそうはせず、ゲンブと静かに対話した。


「気をつけろゲンブ。君がもし、まだ正気で居たいと思うなら」

「どう言う意味でござるか?」

「そのままだ。力を行使する者は力に。権利を行使する者は権利に。富を行使する者は富に、行動や思考を支配されて行く」


 ウォッチャーは力を持っていながらゲンブに対して説教したのだ。

 それに対しゲンブは固まって、彼の説教を素直に聞いた。もし逆らえば力で制される──ゲンブはそう考えて居たからだ。それはまさしくウォッチャーが説いた、支配の理論を体現していた。

 だがゲンブにもまだ言い分がある。いやそれは疑問と言うべきだろう。


「では何を行使すべきでござるか?」

「愛だ」


 その疑問に対して彼は、あまりに陳腐な答を返した。

 力を持つ者であれば力の、持つ支配力は知っているはずだ。


「愛が力に打ち勝つと?」

「違うな。愛に支配されるならばやむなし。他者の前に自らを制さねば、他者の前に自らに制される」


 だがウォッチャーはそれを知った上で、なお愛についてゲンブへと説いた。

 この時点でゲンブは部下でもなく、また友人と呼べる物でもない。ウォッチャーが息を吹けば飛んで行く、木の葉以下の存在であるはずだ。

 つまり彼は今体現していた。彼が説く愛を行動を持って。


 それを知ったときようやくゲンブは体の硬直がするりと解けた。

 と、同時にウォッチャーは消えていた。どこへともなく。そして音もなく。



「そんなわけで拙者はビーハイヴの部下となって、今に至でござる」


 ゲンブがハガネ達にそう言った。

 そのハガネ達は今ゲンブの駆るコクリュウオウと共に浮いて居る。巨大植物の草原の中で、他の兵士と横に列を作り。ただし正確には真っ直ぐでなく、ネストを取り囲んでいるのだが。まだ円が巨大過ぎるため、ハガネ達からは直線に見えた。

 さて問題は包囲した上で、大勢が待機している理由だ。

 ハガネもそれが気になってはいたが、ゲンブへと聞いたのはミウだった。


「なるほどー。それはわかりましたけど、なんでここで止まっているんですか? まだファントムは残っていますよね? 帰還命令も出ていないですし」

「うむ。ズバリそれは一斉に、防衛部隊を殺るためにござる」


 ゲンブはヘヴィに乗ったまま、その疑問にスピーカーで答える。

 口調は変人そのものであるが丁寧にまた至極解りやすく。


「今までお主らが殺って来たのは言わば遊撃部隊なのでござる。ネスト付近には防衛部隊がワラワラと固まってござるから」

「こっちも固まっているワケですね?」

「ずばり。その通りでござそうろう」


 少なくともハガネとそしてミウは彼の説明で理由を解した。

 しかしまだ問題は残っている。いや新たに生まれたと言うべきか。

 次はハガネが彼に問う番だ。


「では……乱戦になると言う事か?」

「まあ十中八九そうでござろう。ビーハイヴ、フランベルジュのような強者が居ればまた別でござるがな」

「彼等なら単機で殲滅できる」

「左様。この程度のネストであれば、丸ごと吹き飛ばせるはずでござる。我らが敗れればそうもなろうが、その心配なら杞憂でござるよ」

「何故だ?」

「拙者がいるでござるから。自惚れに映るのも無理はないが、拙者こう見えて強いのでござる」


 ゲンブにもし表情があったならきっと微笑んでいただろう。

 どうやらウォッチャーの説教の後、彼はその影響を受けたようだ。

 そしてその言葉の後にゲンブは、ハガネ達に提案を投げてきた。


「と、言うワケで鋼鉄小隊。拙者と共に行かないでござるか? 我が友には叱られるでござるが、拙者も動きたいでござそうろう」


 ゲンブとビーハイヴの目的は同じだが、考えには相違がある。だからこそ監視の立場を超えてハガネ達に声を掛けたのだろう。

 最大最後の問題は、彼は信じるにたる者かどうか。

 ゲンブの提案は他意が無ければ、魅力的だと言っても良いだろう。ヘヴィはフェアリーより強力だし彼はビーハイヴの友人である。ハガネ達三人を合わせても、彼の力には及ばないはずだ。

 それ故余計に怪しく思える。都合の良い話には裏がある。


「貴方を信じる根拠が欲しい」

「ま、当然そうなるでござろうな」


 ハガネが提案をするとゲンブは即座にその懸念を考慮した。

 と言うよりは予期していたのだろう。よって答も直ぐに返してくる。


「お主らにもし被害が出た場合、拙者が全てそれを補填する。武装ならばぴかぴかの新品を。怪我ならば医療費の全額を。命ならば拙者の命を持ち、償うと約束をするでござる」

「そこまでをかける価値がウォッチャーに?」

「あるから持ちかけているのでござる。それと拙者が倒したファントムの、ポイントも半分渡すでござる」


 ハガネは非常に驚いたのだが、ゲンブはさも当然のように言う。

 彼にとってウォッチャーはそれほどに価値の有る存在という事か。

 なんにしてもそこまで言うのなら、ハガネに不足のあろうはずもない。


「ワタシとしてはその条件で良い。ミウとアイリスがそれで良いのなら」

「あ、はい。私も良いと思います。どっちにしろ戦うわけですし」

「アイリスは、ハガネがいいならいい」


 幸いミウとアイリスの二人も、ハガネに同意をしてくれた。

 後は正式に契約を、システム上で締結するだけだ。


「では契約書を送るでござるよ」


 ハガネの頭にアラームが響き、契約書を開くと表示される。

 半透明の板に文章が。ハガネの視界の中だけに、だが。

 先ほどゲンブの話した内容。その物が契約書になっていた。


「確認した。それでは承認する」


 こうしてハガネ達とゲンブとは、締結した契約で結ばれた。

 システムで交わされた契約は、システムによって保証されている。

 ハガネにとってもゲンブにとっても勝手に破棄することなど出来ない。


「では改めてよろしくでござるよ。拙者愛に生きる忍者のゲンブ。このコクリュウオウと命を持って、お主らを守ると誓うでござる」

「あ、やっぱり忍者だったんですね」

「うむ。何を隠そう忍者でござる」


 ゲンブはミウにやっぱりと言われて、嬉しそうに返し高笑いした。

 こんなに明るい忍者が居るとは。ハガネには驚愕に値する。しかしミウとゲンブがそう言うなら、そうなのだろうとハガネは思った。

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