二章 第二話



 猫耳少女のアイリスは、可愛らしい服を着せられていた。

 フードの着いた柔らかいパーカー。ミニスカートと黒色のスパッツ。ファンタジー感はまるで皆無だが似合っていることには間違い無い。

 整備用格納庫の中なので場違い感は甚だしいのだが。一応手と足に金属製のブレスレットとアンクレットもある。もっともこちらもハガネ達の装備に比べれば可愛らしい物だ


 これを用意したのはごひいきの武器商人マッドハッターだった。彼の性格や口調はともかく、その仕事は疑うべくもない。

 と、言うワケでハガネ達チームはハッターと共に格納庫に居た。

 理由はハッターに持ってこさせたアイリス用装備の試着である。それとフラムに伝えられたからだ。アイリスの部屋を増設するので伝えるまで家を離れていろと。

 尚前日は多少仕方がなくミウと一緒の部屋で寝て貰った。これからの生活を考えれば、当然の改装と言えるだろう。


 ただ装備の代金に関しては全額ハガネが負担をしている。それ故と言うワケではないのだが、性能の確認は必要だ。

 いやそうでなくともハガネは保護者。アイリスの側に着いているべきだ。

 そのアイリスは服を一通り──確認するとハガネに聞いてきた。小首を傾げ耳をピクつかせて。


「にあう?」

「そうだな。よく似合っている」

「アイリスちゃん、とっても可愛いです!」

「ヒャッハー! 俺が持ってきた装備だ! コーディネートはこうでぃねえとなあ!」


 マッドハッターのジョークはともかく、ハガネとミウの意見は一致した。

 唯一の問題があるとすれば戦闘用に見えない事だけか。


「しかしこれで戦えるのだろうか。実用的には思えないのだが」

「安心しな! 魔法系の装備はデザインがある程度自由なんだ! それを今から説明してやるぜ! この俺が! このマッドハッターが!」


 それを彼が説明するらしい。


「まず服だがデザイナーが俺だと、思えないほど可愛らしく見える! しかし繊維には魔法の回路が、みっちりと張り巡らされてるのさ! それによりソル・アーマと同等の、フィールドやコートが得られるわけだ!」

「それは……凄いな」

「そうだろそうだろ!? ま、作ったのは俺じゃないけどな!」


 にわかには信じがたい話だがマッドハッターは嘘など吐かない。あのただの服はソル・アーマ並みの防御能力を有しているらしい。

 それだけでも驚愕に値する。だがマッドハッターはまだ続けた。


「次にあのお洒落な腕輪と足輪! アレには二つもの役割がある!」

「二つ?」

「そうだ! まず魔法の触媒! 言うなれば魔法の杖ってやつだ!」


 マッドハッターは口調はともかく真っ当なビジネスマンなのである。後言葉のセンスも除けばだが。


「魔法ってのは万能家電でな! 触媒があれば料理に洗濯、お掃除までもこなせちまうんだ! つーかハイレベルの魔法使いにゃ触媒すらも必要ねーんだが」

「ハイレベルとは……」

「お察しの通りだ! 守銭奴フランベルジュ様とかだな! だが一般の魔法使いには、杖的なもんが必要なんだよ!」

「それがあのリング状の物体か」

「エグザクトリィヒャッハーだ大将! ただし魔法を使えない奴にはただのお洒落アイテムなんだがな! 猫耳パワーで何とかなるだろ! て言うか普通に魔法使いだし!?」


 確かにハッターの言った通りだ。ハガネは既にアイリスの力を、四つ目のセンサーで記録している。

 その納得感を把握したのか、ハッターは次の機能に進んだ。


「つーワケで二つ目の機能だが……なんとこれで空が飛べちまうんだ!」


 ぐっと溜めてからびょんと飛び跳ねて、マッドハッターはハガネへと言った。

 だが第一の機能があるのなら、第二の機能をも兼ねられそうだ。


「普通に魔法では、飛べないのか?」

「ちっちっちー。甘すぎるな大将! 飛ぶってのは複雑な機能だぜ!? 攻撃魔法を拳銃としたら飛行魔法は戦闘機だからな! 特にフェアリーみたいにヒラヒラと、飛ぶには魔法回路が必要だ!」

「服の時もでてきた単語だな?」

「魔法回路が施された武具はまーソル・アーマとかと同じだな! コンパクトだが魔力で動作する機械だと思ってくれても良いぜ!」

「便利だ」

「だろう!? 実際あの通り猫耳娘も飛べてるわけだし!」


 ハッターが説明を終えた直後、アイリスが居たはずの方を指した。

 するとどうだろう。確かに彼女はふわりと浮いて宙返りしていた。


「とべた」

「おー。確かに飛べてます」


 ミウは呑気に拍手しているが、ハガネには直ぐに問題が解る。


「勝手に飛んでも問題は無いか?」

「カナヅチにバレなけりゃ大丈夫だ!」

「つまりバレたら?」

「無茶苦茶怒られる! テスト飛行は余所でやれってな!」


 ハッターがその懸念を裏付けた。

 前回ハガネが武装のテストを行ったのは自由領域だ。フラムが所有している空間で、今回も事前に借り切っている。


「アイリス。一度降りてくれないか? テストは自由領域で行う」

「わかった」


 幸い、アイリスは言うとハガネの前にとこりと降り立った。

 後はテレポーターに向かうだけだ。


「ハッターはここからモニタリングを。ワタシ達はあちらでサポートする」

「ヒャッハー! 任せといてくれ大将! それもお代に含まれてるからな!」

「助かる。では行こうか、二人共」


 こうしてハガネはミウとアイリスを伴いテレポーターへと向かった。



 フラムの所有する自由領域。そこは相変わらず穏やかだった。

 森林地帯から覗く砂浜。その向こうに広がる青い海。雲一つ無い空から降り注ぐ、目を焼くほどに眩しい日の光。

 なんのために存在しているのか、不明だがテストには最適だ。人っ子一人居ないこの場所ならライフルも魔法も自由に撃てる。


 そんなわけでテレポーターを抜けて、ハガネ達三人はやって来た。

 ハガネとミウは既にソル・アーマを纏った上でゴツい登場だ。一方アイリスは先ほどまでと全く変わらない服装である。パーカー、ミニスカにスポーツシューズ。腕輪足輪も体にフィットしたとても小さく頼りない装備だ。

 だからこそそれをテストするために、こうして三人で出て来たのだが。


「取り合えず防御、飛行、攻撃の順に装備のテストを行おう。ワタシは彼女の側でサポートを。ミウは少し離れて見て居てくれ。特に落下した場合は即座に、アイリスを掴み上げられるように」

「了解です!」

「アイリスも。わかった」


 尚、例によってマッドハッターは格納庫からモニタリングである。


『俺はしっかりデータを取ってるぜ! この安全な格納庫からなあ!』

「頼む、ハッター。問題が起きれば……」

『即座にシャウトしてやるぜヒャッハー!』


 前回は何も無かったとは言え今回テストするのはアイリスだ。

 機械人のハガネと比較して、彼女はなんともか弱く見える。もっともその実態は不明だが。それもあってテストをするのである。


「ではこれよりテストを開始する。アイリスは指示通り動いてくれ」

「わかった。アイリス、がんばるね?」


 こうして武装テストが始まった。


 ===============


 それからたった十数分の後。自由に飛び回るアイリスを見て、ハガネはいくつかの確信を得た。

 その中でももっとも確かなのは彼女が優秀だと言う事だ。


「彼女は魔法に慣れているようだ」

「ですねー。私も出番無しでした」


 横に居るミウも同感のようだ。両手を合わせてハガネへと返す。

 見た目と強さが合致しないのはミウやフラムで知っていたはずだが。それでもまたハガネは驚いた。この世界に常識など無いのか。

 そんなことを考えながら見上げていたらアイリスが降下してきた。

 そしてフワリと止まって着地する。スパッツなので何も問題無い。そう言うこともしっかり考慮して、デザインしたハッターも優秀だ。


「どう……?」

「装備は使いこなせている。君にも装備にも問題は無い」


 よってハガネは素直にそう言った。

 聞いてきたアイリスは相変わらずそれを聞いても無表情だったが。


『ところが問題発生大将!』


 ハッターが通信で言ってきた。

 と、ほぼ同時にサイレンが鳴って彼の言葉を即座に裏付ける。

 その原因はシステム音声でハガネ達全員に伝えられた。


『特定自由領域にファントム侵入反応を検知しました。特定自由領域は封印。テレポーター等の機能を停止。非戦闘員は避難を開始、戦闘員は対象を抹消。対象が残存していた場合、緩衝領域に指定をします』


 要約するとファントムを殺せと。

 だが見回してもその姿はない。


「ハッターそちらで確認できるか?」

『上だ大将! もうすぐでてくるぜ! 詳しくはレーダーで見えるはずだ!』


 そこで聞くとハッターが返事した。

 ハガネがその場所を確認すると丁度空間がねじれを始める。


「アレか。今見えた。対処する」

『気をつけろよ大将! 大物だぜ!』

「留意する」


 ハガネはハッターに言い、今度はミウ達へと指示を出す。


「二人はここからワタシの援護を。ワタシはファントムを直接叩く」


 そしてハガネはその答を待たず、ソル・アーマで上方に飛び立った。



 隔離されたハガネ達の様子を観察している者が居た。

 一人は木の壁を背に腕を組みモニターを眺めているビーハイヴ。もう一人はティーカップに砂糖を落としてかき混ぜている、フラムだ。

 フラムの執務室にあるモニター。それらはハガネ達を映していた。


「本当にやったのか」

「言ったでしょう? 私って嘘は吐かない主義なの」

「システムに反してまでの行動。執心も過ぎれば身を滅ぼすぞ?」

「あら。それはシステムが決める事よ」


 フラムはスプーンをくるりくるりと回しながら優雅に回答する。

 ビーハイヴの疑念はもっともだが行動を取り消すことは出来ない。


「それより折角のショーなんだから、貴方もそのセンサーに焼き付けて?」

「貴様に言われずとも良く見ておく。取引の材料は逃さない」

「このセプティカのルールですものね」

「それに我々の師匠の教えだ。無視すれば後が怖い。本当に」


 ビーハイヴはフラムに答えると、モニターの中のハガネを見つめた。そのセンサーに映り込むほどに。

 フラムはその姿を見て笑った。



 青空に突如現れた歪み。渦のようなそれは数秒の後漆黒の炎を残して消えた。

 炎は当然ファントムであり、即座に人の形に変化する。それだけならまだ良かったが、彼には金属の部分も出来た。両腕両足、胸部に頭部。問題はその容姿が現在の──ハガネと似通っている事である。


 当のハガネはその様を地上で、思案しながらじっと見つめていた。

 だが放っておくワケにも行かない。ハガネの仕事はアレの撃滅だ。


「二人はここからワタシの援護を。ワタシはファントムを直接叩く」


 ハガネはミウとアイリスへと言うと、ファントムの方に向けて飛び立った。


「あ、ハガネさん!」

「わかった……」


 幸いアイリスは直ぐに応えた。

 ミウもああ見えて慣れている。支援は問題無くこなすだろう。

 ハガネはその二人を地上に置き、あっという間に天へと舞い上がる。

 そしてファントムと同じ高さまで。しかしそこで一旦停止した。


「何者だ?」


 ハガネはそれに問うた。

 普通ファントムは化け物だ。知能と言うより本能で動く。

 だがハガネの目の前に居る敵はハガネを見つめているように見えた。まるで何か値踏みしているように。


 しかしやがてそれにも飽きたのか、腕の上部から剣を造り出す。赤色のエネルギーで出来た剣。それが左右の腕に一本ずつ。

 まるでハガネの武器と同じように、腕の先にスラリと伸びている。


 それを見てハガネは確信をした。

 このファントムが今現れたのは偶然などではなく必然だ。何か尋常成らざる状況がハガネの前で展開されている。

 もっともハガネがそれを確かめる余裕は全く無かったが。


「……!」


 ハガネとファントムは突撃し、剣と剣を互いにぶつけ合った。

 黄色と赤の刃が衝突し、エネルギーの火花を飛散させる。

 しかしそれも一瞬──二人共、弾かれ宙を舞って後退した。まるでスポーツのトリックのように。縦横同時に回転しながら。


 そしてまた接近し斬り結ぶ。

 ハガネとファントムはそれを続けた。息を吐かさぬほどのスピードで。

 それほどの高速戦とも成れば、簡単に射撃支援はできない。


「せめて一瞬でも隙が出来れば……!」

「クリスタル・じゃべりん。たいきモード」


 地上付近で待機する二人はファントムに狙いをつけ待っていた。

 ミウはキャノンとライフルを構えて。アイリスは水晶の槍を浮かべ。

 だがそれを使うタイミングが無い。ハガネがそれを作らない限りは。


 よってハガネは隙を作り出す。反撃のリスクを承知の上で。


「マルチランチャー」


 弾かれた直後に、ハガネは静止してそれを放った。

 脚部から八本の光線が、放たれ曲がってファントムに向かう。

 ファントムはそれを止まって防いだ。フィールドのようなバリアを使って。


 隙はややハガネの方が大きくマルチランチャーの連射は利かない。

 しかし隙は一瞬で十分だ。それで支援するには事足りた。


「今!」

「しゅーと」


 地上から一斉に、支援攻撃が放たれた。

 ミウのキャノンとライフルが同時に。更に水晶の槍がそれを追う。


 ファントムはまず光に呑み込まれ、水晶の追撃も直撃した。

 その姿は眩しさで見えないが確実に傷は負ったはずである。

 しかし直後ハガネはのけぞった。そうしなければ死んでいたからだ。


 恐ろしく長大に伸びた剣がハガネの頭部を水平に斬った。

 もし回避を行っていなければ胸部を斬られ殺られていたはずだ。


「ハガネさん無事ですか!?」

「大丈夫だ。メインカメラが半分に減ったが」


 ハガネは直ぐ態勢を立て直し、ミウに対して通信で応えた。

 幸いファントムからの追撃は先ほどの斬撃以降無かった。

 単に追撃が出来なかったのだ。ファントムは致命傷を負っていた。

 装甲部は傷でボロボロに成り、炎は不安定かつ減っている。その上彼の腹にはアイリスの水晶の槍が突き刺さっていた。

 むしろこの状態で反撃を、良く放ったと褒めるべきだろう。


「何故君はこの場所にやって来た?」


 ハガネはその彼に質問したが答が返ってくるはずもない。

 ファントムの体は崩れ続けて間も無く虚無の存在に還った。

 同時に領域の封印が解除されて、ハッターがお祝いをする。


『ヒャッハー大将! お見事だったぜ!』

「いや。すんでの所で助かった」


 ハガネ的には納得いかないが、まず現状に対処すべきだろう。


「それよりハッター。カナヅチを頼む。こちらは二人と共に帰還する」

『オーケー大将! 任せとけ! ポイントはさっきので釣りが来る!』


 ハガネはハッターの返事を聞いて、地上に向けゆっくりと降下した。

 頭が真っ二つになったままで。ゆっくりと思考を巡らしながら。

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