第二章『微速』

二章 第一話



 灰色の岩が転がる世界。森林限界を超えた先にはそう言った景色が広がっている。薄まった空気と冷たい風が緑の植物たちを拒絶する。

 露出した岩肌と青い空。しかしそんな場所にも奴らは来る。


 黒い炎の体を持った者。ファントム達がまたぞろ湧いて出た。

 鳥や獣に似た化け物達が群れを成してハガネ達へと迫る。

 しかし何よりも異様だったのは、ハガネが今置かれた状況だ。


 ハガネはソル・アーマで飛びながら、両手で袋を持っていた。上側が開いた黒色の袋。その中には長髪で猫耳の──無表情少女が収まっている。

 こんな状態に陥ったのは、当然フランベルジュのせいだった。



 領主フランベルジュは案内人。それも地獄巡りのそれだった。

 よって彼女に呼び出された場合、相応の覚悟が必要になる。それでもハガネに拒否権は無いが。

 前回フラムの依頼を受けて、宇宙での大戦争を見た後。ハガネとミウは苦悩はしたものの、結局は戦いを続けていた。ポイントを稼ぎ続ける以外に生存する方法は無いからだ。


 その二人が今回呼び出された。ハガネとミウが執務室に行くと、フラムは変わらない様子を見せた。相変わらず可愛らしい姿で、ティーカップを口へと運んでいた。

 しかし見慣れない姿もあったが。


「フランベルジュ。メッセージを見て来た。早速だが彼女は誰だろうか?」


 ハガネは単刀直入に聞いた。

 フラムの机の前方に、立ち尽くすローブの姿について。そのローブはフラムと同等に、身長の小さい人物だった。漆黒のフード付きローブにより、それ以上情報は得られない。

 だがなんにせよこの場に居る以上、何らかの関連はあるのだろう。


「ふふ。ハガネそんなに焦らないで。彼女は新しいチームメイトよ」


 すると案の定と言うべきだろう。

 フラムはハガネに対して答えた。


「チームメイト?」

「貴方達二人には、多くの戦力が必要でしょう? 丁度良い人材を見つけたから、個人的に転生させてみたの」


 フラムの言う事はもっともである。

 しかし彼女は守銭奴のフラムだ。


「それで取引の条件は?」

「この子の教育係を任すわ。私もこれで暇ではないでしょう? それに貴方の方が得意だもの。女の子の相手をするのはね」

「印象を悪くはしないでほしい。だが真っ当な条件に思える」


 ハガネはフラムから条件を聞き、逡巡した後彼女に返した。

 何か裏があるような気もするが、戦力不足を否定は出来ない。大戦争を目の当たりにしては、その対処を検討したくもなる。

 無論ハガネを誘導するために、観戦させた可能性も在るが。ハガネ達が貧乏である以上贅沢を言う事は難しい。

 とは言え情報は必要だろう。


「ただし情報が開示されるなら。ワタシに任せるというのであれば、名前と顔は明かして貰いたい」

「私としては別に構わないわ。勿論あの子が了承すればね」


 自分で聞けとそう言う事らしい。フラムは視線でそれを促した。

 ハガネがその視線を追ってみると、相変わらずローブは立っていた。言葉も発さずその気配も無い。ただハガネ達の方を向いている。

 フードで表情すら見えないので、目を開けているかどうかすら謎だ。


 得体の知れない相手ではあるがフラムの発言も的を射ている。

 ハガネが彼女を預かるのならば、ハガネ自身がローブに聞くべきだ。ハガネはローブの目の前に向かい、その頭を見下ろしながら聞いた。


「了解した。それではローブの人。君のここでの名を教えてほしい。それと出来れば顔も見せてほしい」


 すると少し考えたのだろうか。

 数秒ほど静寂が続いたが、やがてローブはそのフードを取った。

 中から出てきたのは黄土色の──髪色をした無表情の少女。いやその瞳の中を見る限り、少し怯えが見て取れるだろうか。だがそれより何より目を引くのは彼女の頭に生えている耳だ。猫のような毛に被われた耳が、確かに頭の上に着いていた。


「わ。可愛い……」


 ミウはそう喋ったが、ハガネ的には困惑をしている。


「君は?」

「アイリス」

「人間か?」


 ハガネは聞いたが少女の方は、名前を答えてそれきりだ。

 意味が伝わっていないのか。答えたくない理由でも有るのか。

 なんにせよ沈黙が続いた後、彼女の代わりにフラムが答えた。


「その子は地球の生まれではないの。でも今の貴方よりは人間よ。それは私の方が保証するわ」

「確かに。ワタシは怪しいところだ」


 ハガネもズバリ言われ納得した。

 客観的に見れば少女よりもハガネの方が余程人外だ。

 そして条件は果たされた。ならばハガネも答えねばならない。


「了解した。アイリスは支援する」

「助かるわ。じゃあ後は任せるわね」


 ハガネはフラムに言われたそばから、アイリスの前に屈んで伝えた。


「君は非常に不安だと思うが、取り合えず今は着いてきてほしい。ワタシ達の部屋で説明をする。君の現状とこれからについて」


 そしてハガネはアイリスへと言うと、今度はミウに支援を願い出る。


「ミウ。彼女を部屋に導いてくれ。ワタシは見た目に威圧感がある」

「えーと、確かにちょっと怖いかも? あ、私は思っていませんけど!」

「とにかく頼む」

「はい。了解です……」


 ミウは少しだけ落ち込みながらも、アイリスの元へと歩いて向かう。

 その様子を眺めながらフラムは、少し趣味の悪い笑みを浮かべた。



 それからハガネは自室に直行。アイリスに説明を開始した。

 まずミウと彼女を椅子に座らせ机に軽食を並べてからだ。幸い常備食の食パンと、冷蔵庫の中に食材がある。それを挟めばサンドイッチである。そう言う気遣いも必要なのだ。

 それらを机に並べると、ハガネはアイリスに語り始めた。

 アイリスは警戒していたのだがミウが食べると安心したらしい。サンドイッチをハムハムとしながら、たまに頷いたりして聞いていた。


 このセプティカに於ける基本ルール。ファントムを倒しポイントを稼ぐ。そしてそのポイントで生活する。何を得るにも、何を知るためにも、ポイントが全てを支配している。

 そして一通り説明が終わり、ハガネはアイリスへと聞いてみた。


「と言う具合だが、解っただろうか?」

「うん」

「本当にか?」

「たぶん。わかった」


 と、アイリスは返事をしているが──おそらく本質は解っていない。もし本当に理解していたら、ハガネはむしろ驚愕するだろう。なにせハガネ本人がセプティカを、完全には理解していないのだ。

 だが今は問い詰めるよりも他に、やるべき事がハガネ達にはある。


「それでは君のジョブは、ウォーリアだが。君は戦闘がこなせるだろうか?」


 ハガネはアイリスのことを知らない。ならば当然聞いておくべきだ。

 いざ戦場に出て何かあっては、ハガネ達も彼女も危険になる。


「せんとう?」

「戦えるかと言う事だ。ワタシは武装を提供されたが、君は一見すると無手に見える」


 その疑問に対してアイリスは、言葉ではなく行動で答えた。


「クリスタル・すたちゅー」


 唱えると、彼女の両手の中に現れた。水晶で作られた小さな木。モミの木の様な針葉樹である。


「あげる」


 彼女はそれを指しだした。

 おそらくインテリアの一種だろう。

 ここで重要なのはそのオブジェを、彼女が作り出したということだ。何も無いところから突然に。

 ハガネはそれを静かに受け取った。美しくそして儚いオブジェを。


「これは魔法か?」

「うん」

「興味深い。フラムの魔法を見たことはあるが、何度見ても仕組みがわからないな」


 ハガネはそれを見つめながら言った。

 地球で工芸品を作るには、多くの行程が必要だった。原料の採取。精製。成形。全ては職人が行う事だ。それをアイリスは一瞬で、容易くしかも無からやってのけた。

 フラムが選んだだけのことはある。おそらくはそう言う事なのだろう。


「ではとりあえず戦場で試そう。君の力が通じるかどうかを」


 そこでハガネは提案をしてみた。

 しかし直ぐ反対の意見が飛ぶ。


「いきなりですか? 賛成できません。こんなに小さな女の子なのに……」


 ハガネを制止したのはミウだった。

 彼女の意見は実にもっともだ。セプティカでなければの話だが。

 とは言えハガネにも言い分はある。しかもこちらも至極真っ当な。


「だがいずれは経験することだ。それにワタシはフラム達と違い、彼女を一人で行かせる気はない。ワタシ達二人でフォローをすれば、危険は最低限で済むはずだ」


 ハガネはミウにそれを説明した。


「ワタシはフラムに託された。アイリスのセプティカでの人生を。アイリスの選択はわからないが、彼女には真実を見せるべきだ」


 アイリスがウォーリアである以上、ファントムとは戦わざるを得ない。

 ならせめて道を示すべきだろう。それがハガネの考え方である。

 ミウもそれを否定出来ないはずだ。無論納得は出来ないだろうが。


「じゃあ、アイリスちゃんがそれで良ければ。私は全力で支援をします」

「助かる。それでアイリス。どうだろう?」


 ミウの了承も得られた所で、ハガネは改めて提案をした。

 小さな猫耳少女は果たして、どのような反応を見せるのか。

 それはハガネにとって意外だった。


「わかった。アイリスたたかう。がんばる」


 彼女はハガネに対して言った。怯えや戸惑いなど全く無く。

 むしろハガネの方が面食らった。昔の自分に重なって見えて。



 そんなわけでハガネは山岳地の、空にアイリスを持って浮いて居た。正確には彼女をすっぽりと、入れた袋を持った状態でだ。

 一見間抜けな姿に見えるがハガネは思惑がありやっている。


 山岳地なのは見晴らしの面で市街地などより優れているため。袋入りなのはアイリスの、動きをなるべく阻害しないため。ミウも援護してくれる今ならば、リスクは低く抑えられるだろう。

 ハガネ達も情報が無いなりに考えて行動を選んでいる。それが正しいのかは不明だが、考え無しに動くよりはマシだ。


「来たか」


 そんなハガネ達より遠く、黒い炎がまたぞろ湧いてきた。

 ファントム。彼等が何かも謎だが、ハガネ達は彼等を狩る者だ。


「予定通り行動を開始する。ミウは援護を、アイリスは攻撃。ワタシは足とシールドを務める」

「了解です!」

「わかった」

「では始める」


 ハガネはミウとアイリスから聞くと、高度を下げファントムに近づいた。

 今回の敵は獣に似ている。猫科動物と鳥飛行タイプ。猫科は器用に山岳地を駆け、鳥は羽ばたきゲートウェイに向かう。その途中に居るハガネ達、兵士を攻撃して倒しながら。

 何も反撃をしなければいずれ、彼等は目的を達するだろう。

 故にアイリスはやらねばならない。それが与えられた職務だからだ。

 アイリスも既にそれを知っていた。


「クリスタル・しゅーと」


 アイリスが言うと水晶の矢が周囲に作られた。そして下に向かって飛んでいく。複数個の水晶が連続で。

 狙いは猫科タイプのファントムだ。それは次々と放たれて、ファントムに突き刺さり排除する。炎で出来た体は燃え尽きて、やがて跡形も無く消滅する。


 だが敵は──空にも充ち満ちていた。

 無論友軍も居るのだが、全てを撃ち落とせるわけではない。

 そこで太いビームが一閃し、鳥のファントムを一気に墜とした。


「飛行タイプは私にお任せを!」


 ミウが肩のキャノンでやったのだ。

 さらにライフルで追撃し、ハガネに接近する敵を潰す。


「助かる。アイリスは地上の敵を……」

「うん。だいじょうぶ」

「それは頼もしいが」


 確かにアイリスが語ったとおり、攻撃は敵に通用している。

 ハガネが初陣を飾ったときと比較しても、勝っていると言えた。

 しかしそれでもアイリスは子供だ。ハガネは気を遣わずに居られない。


「無理はするな。ワタシも援護する」


 ハガネは言うと支援を行った。


「マルチ・ランチャー」


 脚部の装甲がほんの数センチ持ち上がり、その隙間から複数のビームが放たれ曲がって敵へと向かう。

 両足合わせて一六発のそれはファントムを同時に撃破する。


「すごい」

「成長した結果だろう。最初は君よりずっと弱かった」

「ほんとう?」

「ああ本当だ。本当に」


 その後も戦闘は継続したがここは激戦地ではないらしい。

 暫くすると敵は減り始めて、やがて最後の一匹が倒れた。

 ハガネ達が強くなったとは言え、それで戦局が変わるわけもない。


「なんだかあっさりですね?」

「そのようだ。何にしても我々は帰還する」


 とは言えハガネはミウに答えると、反転して飛行を開始した。

 無論アイリスにも声を掛けてだ。


「アイリスも上出来だ。良くやった」

「やくにたった?」

「十分、役に立った。帰還したら休息をとると良い」

「わかった。ありがと」


 少女は呟くようにそう返す。戦闘行為の後だというのに。

 まるで意にも介してもいないようだ。彼女を運ぶハガネとは違って。

 ハガネは子供を利用することに納得しきることは出来なかった。かつて彼を利用した者達の行いと少し重なったからだ。

 もっともハガネは彼等とは違い、アイリスを気にかけてはいたのだが。

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