一章 第九話&エピローグ



 フランベルジュが使う執務室。

 そこに呼び出されてやって来たのは、ハガネ達でなくビーハイヴだった。

 機械の体で整然と、歩いてフラムの元へと近づく。

 そしてビーハイヴはフラムに聞いた。


「最近君に良く会う気がするが」

「それは私が呼んでいるからよ。記憶機能をスキャンするべきだわ」

「大きなお世話と言わせて貰おう。それより何の用で呼び出した?」


 いくらフラムが気まぐれと言っても、何も無いのに呼び出すはずはない。

 ビーハイヴに取引があるはずだ。それくらいは彼にもわかっていた。


「ふふ。察しが良くて助かるわ。実は貴方にはお願いがあるの」

「対価は?」

「無しよ」

「馬鹿にしているのか?」

「いいえ。正当に評価しているの。貴方はポイントには興味がない。でも情報の方は別でしょう?」


 そんなビーハイヴにフラムは言った。


「今回貴方に依頼することが、そのまま貴方への報酬になる」

「と言う事はやはり彼関係か。あのハガネと言う名の機械人」


 ビーハイヴも当然気にしていた。何故フラムがこうも気にかけるのか。

 ハガネはビーハイヴからしてみれば強兵とは言えない存在だ。彼より強いフラムなら尚更、今のハガネに興味はないはずだ。


「良いだろう。聞くだけは聞いておく」

「貴方ならそう言うと思ってたわ」


 半分呆れているビーハイヴに、フラムは怪しい笑顔を向けた。



 ビーハイヴが話していたその頃。

 ハガネはミウと共に装備を着け、宇宙空間の中に浮いて居た。

 と言っても真っ暗な場所ではなく、青色に輝くエリアであるが。


「どうですハガネさん。大丈夫です?」

「ああ。システムは全て正常だ。ソル・エネルギーはワタシを取り巻き、過酷な環境から守っている」


 ハガネはミウにあるがままを述べた。

 この装備をフラムがよこしたのは、或いはこれが目的だったのか。


「それにしても宇宙が綺麗ですね」

「緩衝領域における宇宙は通常よりも明るくなっている。ファントム達を識別するためだ」

「もしかしてマニュアル情報ですか?」

「そうだ。一応確かめておいた」


 ファントムは宇宙と同じく黒い。

 もし宇宙がそのままの色ならば、人間には視認困難だろう。もっとも機械人のハガネなら、ハイライト表示する事も出来る。

 とは言えやはり不安な空間だ。上も下も無い宇宙空間は。

 そこでハガネは一つ気になった。


「ミウ。君は不安は感じないか? 君は確か……」

「ええと大丈夫です。気にならないわけではないですけど」

「なら良いのだが、無理は必要無い」


 ハガネは彼女を気遣って言った。

 彼女の死因は宇宙での事故だ。恐怖を感じるのが普通だろう。

 無論フォローをする準備はあるが、この危険な場所に絶対はない。


「個人的には好きにはなれないな。この寒々しさ。意識に染みいる」


 例えミウは大丈夫だとしても、ハガネは不安感を感じていた。



 格納庫と呼ばれる空間にも実に様々なサイズ感がある。

 ここは格納庫の中でも巨大。それも特別に巨大なエリアだ。

 その理由は中央に立っている、二足歩行ロボットに由来する。百メートルを超える黒と金の、色をした人型の機動兵器。かつてハガネとミウの居た街を、焼き払ったあの巨大ロボットだ。

 そこでハガネはビーハイヴと会った。無論ミウも一緒に引き連れて。


「ビーハイヴ。やはり貴方の兵器か」

「そうだ。これがワタシのタイタンだ。ゼグヴェル、と言う名前で呼んでいる」

「タイタン?」

「機械の兵器の中でも、一定サイズ以上のモノの名だ。良く見る小型の人型機械はヘヴィと呼ばれてその数も多い。貴様らのような身体装着型の兵器はフェアリーと呼ばれる。そしてその総称がソル・アーマだ。覚えておいて損はないだろう」


 ハガネが言うとビーハイヴの方が、懇切丁寧に説明をした。

 意外と言っても良いだろう。説明は彼になんの得も無い。

 そんなビーハイヴに用事があって、今回ハガネとミウはやって来た。


「それでワタシ達はどうすれば良い?」

「少しだけそこで待っていろ。直ぐにワタシのタイタンを動かす」


 ビーハイヴは言うとハガネの前で少ししゃがみ、その後飛び立った。ほぼ垂直に。タイタンに向かって。

 何も装備は着けていないのだが、機械の体に機能があるのか。

 そのままゼグヴェルと言うタイタンの、胸部コクピットへと乗り込んだ。


 コクピットハッチが閉じるとそこは球状の空間になっていた。

 ビーハイヴはその中心に向かい、タイタンのゼグヴェルを起動する。


「ゼグヴェル通常起動。システムオールクリア。ハンガーラックを解除」


 するとゼグヴェルに明かりが灯り、音を立ててハンガーがどいていく。

 それを見たビーハイヴはゼグヴェルを、屈ませて右手の平を下ろした。

 そしてハガネ達に──指示を出す。


「貴様らもフェアリーを装着し、ゼグヴェルの手の平に搭乗しろ。そのまま転送し、戦地に向かう。それが今回のワタシの仕事だ」


 フラムに受けた指示と合致する。

 二人はそれに頷きジャンプした。ビーハイヴほど高くにではないが。


「「武装転移」」


 その上で唱えると、二人の体が武装を纏う。

 ハガネとミウはその機能を使い、ゼグヴェルの手の平に着地した。


「思った以上に大きいですね」

「確かに。多少圧迫感もある」


 ハガネはミウに対して答えたが、ビーハイヴにも聞こえていたらしい。


「安心しろ。握りつぶしはしない。ソル・フィールドで体を固定する。指に掴まる必要すらも無い」


 遙か上方で彼が言った後、手の平が高速で上昇した。

 しかし確かに二人は衝撃や、重力を感じる事すらもない。まるで見えない固体に包まれて、それごと持ち上げられたようである。

 ゼグヴェルの胸の前まで一気に、上昇し手の平は停止した。ハガネとミウもピタリと停止して、これで出撃準備は完了だ。


「ではこのまま戦地へと転移する。解らない事があれば聞いておけ」

「ワタシ達は──何をすれば良い?」

「死にたくなければ勝手に動くな。ワタシから言えるのはそれだけだ」


 ビーハイヴはハガネに答えた後、ゼグヴェルを戦地へと転移させた。



 ハガネ達が転送された先は、想像を絶する空間だった。

 青く明るい宇宙空間に、浮かぶ機械で作られた惑星。その各部から黒色の炎が、吹き出しファントムだと教えている。惑星級ファントムと呼ぶべきか。その周囲には同じく金属の、人型ファントムが多数存在。セプティカ側のヘヴィやタイタンと激しい殺し合いを演じている。


 敵ファントムは様々な場所から白い光線を発射し攻撃。最早化け物と言うよりもそれは一種の兵器にすらも見て取れる。黒い炎を出していなければ、ファントムだと気付くのも難しい。


「これが我々の戦場だ」


 その宇宙に浮かんだゼグヴェルの、コクピットからビーハイヴは言った。

 手の平に乗ったハガネとミウに、一体何が起こっているのかを。


「ファントムは高レベルになるにつれ、その体を実体化させて行く。ある者はまるで兵器のように。ある者はまるで獣のように。そしてあれほどまで強大になる。それを破壊するのがワタシ達だ」


 ビーハイヴの言わんとする事は、この先に待つ残酷な事実だ。


「ここまで成長するウォーリアは、何万か……何億分の一か。君達はまだ魚卵の一粒か、それ以下にしか過ぎない存在だ」


 ハガネ達の戦いはこの敵を殺すための訓練に過ぎないと。

 その過程で命を賭けている。戦う理由すら知らないままに。

 もっとも計り知れない現実は、ビーハイヴの方にもあるのだが。


「だがその取るに足らない存在に、フラムは労力を傾けている。あの惑星を破壊して得られるポイントは何テラかわからないが。それをワタシに提供してまでも、この光景を君らに見せている」


 故にかビーハイヴは問うてきた。


「ハガネ、貴様は一体何者だ?」


 神話にも無い戦争を見ながら。

 しかしハガネにわかるはずもない。ハガネはまだ生まれたてなのだから。

 ハガネはただ無言で惑星が、爆ぜる様を遠く、眺めていた。


エピローグ


 チーズケーキを口に運ぶフラム。それが彼女のオフィスにやって来た、ビーハイヴが目にした景色だった。

 大規模な戦闘は終結し、時間は既に夜になっていた。もっともこのオフィスには窓が無い。故にいつもと変わらぬ様子だが。


「アレで良かったのか?」

「ええ。とっても」


 ビーハイヴがフラムに問い糾すと、彼女は機嫌が良さそうに言った。

 その反応に嘘は見られない。彼女は嘘が得意だとしてもだ。

 ビーハイヴはそれを見て更に聞く。


「これでなにか変わるとは思えんが?」

「当然ね。まだまだ仕込みだもの」


 するとフラムはケーキを一欠片、フォークで突き刺し見せながら言った。


「熟成には時間がかかるものよ。私は手間は惜しまない質なの」


 ビーハイヴはせっかちと言いたげに。

 その言葉を受け取りビーハイヴは、無言のまま小さく腕を組んだ。

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