一章 第四話



 天高く青いドーム状の空。壮大なスケールの機械都市。それがセプティカに建造された、フラム領のマーケット地区だった。

 見回すと実に未来的な光景があふれハガネを圧倒する。幾何学的デザインの摩天楼。歩き回り飛び回る機械人。もちろん普通の人間も居るが、ファンタジックな者も紛れている。


 そんな街の中に在る公園で、ハガネは少女と待ち合わせていた。ミウと名乗った金髪の少女。ハガネを戦場で助けた者だ。

 ハガネが噴水を眺めていると、彼女はパタパタと駆け寄ってきた。

 見覚えのある可愛らしい少女。ただし装甲を纏ってはいない。長袖のジャケットとミニスカート。極々一般的取り合わせだ。

 良く見ると身長はかなり低く、歳は十五かそれより下だろう。


「ごめんなさい。待たせてしまいまして」


 そんな彼女はハガネに近づくと、これまた普通の言葉を言った。

 もっとも彼女を取り巻く景色は一般的とは言えないが。


「大丈夫だ。景色を眺めていた。この街並みは実に興味深い」


 そこでハガネは彼女をフォローした。ワケではなく本音を言ったのだが。フォローしているようにも受け取れる。

 内心かなり警戒していたが。

 その警戒は正しかったらしい。


「あの、実は言いにくいのですが……」


 ミウはもじもじとしながら言った。


「今日ここに会いに来てもらったのは、上司に指示をされたからなんです」


 なんともばつの悪そうな様子だ。もしこれが全て演技なら、彼女は女優に向いているだろう。

 だがもしそれが真実だとすれば、説明する理由がわからない。


「それをワタシに言って良かったのか?」

「うう。正直微妙な所です。でも私、隠し事が苦手で。バレるくらいなら先に言おうかと。あ、何かをする気はありません。ただ会えと言うだけの指示ですし」


 そこでハガネが素直に尋ねると、ミウはおずおずと返事した。

 もっとも聞いたところでハガネには、嘘かどうか判断が着かないが。いくらマニュアルを読んだと言ってもハガネはまだまだ情報不足だ。

 それ故今は疑っているより行動するべきだと判断した。


「わかった。ではとにかくショッピングだ」

「はい? あの、怒らないのですか?」

「命の恩人を無下にはしない。それに買い出しはするつもりだった」


 ハガネは努めて冷静に言った。

 新天地でのこれが第一歩だ。少しは楽しむのも良いだろう。ハガネが居た二十三世紀よりはるかにマシな世界だろうから。



 ミウと合流してから数分後。ハガネは賑やかな機械の街を迷い無くすたすたと進んでいた。

 ハガネは目的地を決めており、ミウはその後を着いて来る。少し距離を置いて。だがまあそれは、二人の関係なら普通だろう。もっともこんな関係の二人が、そうそう居るとは思えないのだが。

 とにかく目的地に到着した。


「どうやらこの周辺にあるようだ」


 ハガネは足を止めてそう言った。

 するとミウは側にある背の高い、クールなデザインのビルを見上げる。


「わあ。大きな、建物ですね?」

「いやそっちじゃない。そこの階段だ」


 しかしハガネは別の場所を指した。

 地下へと続く階段の入り口。道幅は三、四メートルであり、明らかに色々古ぼけている。

 だがマップはこの場所を指していた。


「え? あのー、ここを降りるんですか?」

「友人から紹介された店だ」


 友人とはカナヅチのことである。

 メカニックの彼女を信じるなら、ここは武器やパーツの穴場らしい。


 そんなワケでハガネが降りていくと、遅れてミウもトコトコ着いてきた。流石に恐怖を感じているのかハガネの横にピタリと寄り添って。

 おそらくこう言うのが目的で、お化け屋敷は利用されるのだ。まあ幸い中はかなり明るく雑多な電気店の様相だが。

 それでも油断はするべきではない。


「ヒャッハー! ようこそ破壊の殿堂! オーバーキルショップ、フォーリナーズへ! 俺は店主のマッドハッターだ!」


 とんでもなく騒がしい機械人。彼が飛び出て二人を出迎えた。

 無駄にトゲトゲが着いた四肢。何故かアンテナが伸びている頭。ある意味異様な彼の外観に、ハガネも不安になってきた。喋り口は言うまでもなくである。


 ミウなど怯えてハガネの後ろにピッタリとくっついて隠れている。

 もっともハガネにしてみれば、危険はそれほど感じないのだが。それでも言葉が口を突いて出た。


「ふむ道を間違えたかもしれない」

「いやいやここであってるぜ新人! カナヅチから聞いたとおりだからな! この穴場をいきなり教えるとはお前アイツに気に入られたらしい!」

「そんな要素はどこにもなかったが?」

「そりゃアイツは見た目よりシャイだから!」


 君に比べれば誰でもシャイでは──と、ハガネは言葉を呑み込んだ。彼に突っ込みを入れ続けたら、一日がそれだけで終わりそうだ。

 それよりも今はショッピングである。


「ところで……」

「商品だな! わかってるぜ! 撃ちまくる奴か!? ふっとばす奴か!? それとも両方とも出来る奴か!?」

「いや移動できるモノが良い」

「なるほど! ならこっちだ! 着いて来な!」


 マッドハッターはハガネに聞くと、ぴょんぴょん跳ねるように歩き出した。

 ハガネはすたすたミウはおずおずと、その背中を見ながら着いて行った。


 −−−−−−−−−−−−−−−


 それから数分。エスカレーターを数階分降りると辿り着いた。目的の商品のあるエリアに。

 フォーリナーズは外観はともかく、中は非常に広大な施設だ。ワンフロアごとの天井も高く、地下だというのを忘れそうになる。


「さあ着いたぜ! 移動パーツ売り場だ! 中でも激安なのが在る場所な!」


 その一角でマッドハッターが、止まって両手を拡げて言った。

 口調や容姿は特徴的だが商人としては真っ当なようだ。事実周囲には機械のパーツが所狭しと並べられている。


「助かる。見て良いか?」

「もちろんだ! 出世払いはNGだけどなあ!」

「了解した。案内感謝する」


 とにかくハガネはミウを伴ってその商品を見てみることにした。

 するとミウも興味が出て来たのか、立てかけてあったボードを手に取る。


「うわあ。色んな物がありますね」

「そいつはジェットボード! 飛べる奴だ! 他にもジェットパック、ジェットブーツ、ジェットハットなんてのも売ってるぜ!」


 それを見てマッドハッターが言った。

 流石は商人と言った所か。もっとも問題が一つあったが。


「えーと、お値段は……百万ポイント!?」

「ジェット機に比べりゃお買い得だぜ!」


 マッドハッターはこう言っているがハガネにとっては高嶺の花だ。

 それにそこまでの性能を、今回ハガネは求めてはいない。


「緊急回避できればそれで良い。前回回避できずに死にかけた」

「ならこう言うのはどうかな、大将!」


 ハガネが要望を説明すると、マッドハッターがパーツを示した。

 拳大の四角い箱である。一見どう使うかもわからない。


「これは?」

「使い切りのブースターだ! 出力抑えりゃ二回は使える! 固定した方向に向けてブーン! 一気に移動できる代物だぜ!」

「値段は?」

「二万ポイントってとこだ! 戻って修理すりゃまた使えるし、緊急回避には持って来いだぜ! つーかカナヅチに予算聞いてるし! 最初から用意してたんだけどな!」


 ハガネ的には有り難い話だ。彼を信じるならの話だが。

 元々ハガネの予算は少ない。何にせよ選択肢は限られる。


「了解した。ではこれをいただこう」

「まいどあり! 装着はカナヅチにな!」


 そんなわけでハガネは購入した。

 一方、そんなやり取りの間もミウは色々と見て回っていた。マッドハッターには彼女も客だ。その様子を見逃すはずもない。

 マッドハッターがピョンと跳びだした。


「嬢ちゃんもなんか入り用かい!? 全力で勉強させて貰うぜ! これでも教師受けは良かったんだ!」

「あの、お気持ちは嬉しいのですが、見ての通り私は人間で……」

「人間用の武器もおいてるぜ! エネルギータイプにもよるけどな!」


 中々ぐいぐい迫る押し売りだ。

 とは言えミウは困惑をしていた。


「エネルギータイプってなんですか?」


 用語がよくわからなかったらしい。実はハガネも右に同じだが。


「そこからか! 良いぜ説明してやる!」


 すると機械人マッドハッターは親切にも説明し始めた。


「このセプティカで使うエネルギーは全部で何と四つもありやがる! マナ、魔力、気、ソル・エネルギーだ! 俺達機械タイプはソル使い! だから機械の体なんだよなあ!」


 そこでハガネが少し気になった。

 そもそもハガネは何故機械なのか。実は理解していなかったからだ。

 無論強靱で便利だが、どうやらそれだけではないらしい。


「ワタシもその話は興味がある」

「じゃあ音声センサーで聞きやがれ! 良いかセプティカに呼ばれる奴らは、もれなく全員一回死んでる。だがその出自は実に様々だ!」

「様々とは?」

「勇者に魔法使い! 兵士に暗殺者にメカニック! 使える奴は殆どなんでもだ! だがファントムには物理が効かねえ!」

「しかしワタシは現に撃破したが……」

「そこでさっき言ってたエネルギーだ! 全てはマナから派生して〜俺らに使えるよう変換する! 機械人に転生してる奴は元々それが使えなかった奴! 魂が発する超絶パワー! それを知らずに死んで行った奴だ!」


 マッドハッターの解説スキルは、その口調とだいぶ乖離していた。

 おかげでハガネにも、理解出来た。


「確かに。ワタシはワタシの世界で火薬等を使い戦っていた」

「そう言う奴でも中にはマナを、使える素質がある奴らがいる! かく言う俺もその一人だけどな!? そう言う奴は体を取り替えて、この世界に転生させるわけだ!」

「なるほど」


 ハガネは納得しかけた。

 だが直ぐに一つの疑問が浮かぶ。もしこの説明が真実ならば、ミウは特殊な能力が使える。彼女はどう見ても肉の体だ。戦場では機械をつけていたが。

 ミウ自身もそれに気付いたらしい。


「あのー私人間なんですけど、魔法とか使ったり出来ませんよ?」

「そりゃソル・エネルギー使いだからだ!」


 マッドハッターは二人の疑問に、矛盾したような答を返した。

 しかし解説はまだ続くらしい。


「ソル・エネルギーを外付け機械で使える文明も希少だがある! なんちゃらフォースやなんちゃらフィールド! なんちゃらパゥワーとか言う奴だな! ソル・エネルギーはその総称だ! 嬢ちゃんはそんなとこ出身だろ?」

「あ、はい。それならわかります」

「てことは機械人間と同様ソル・エネルギータイプってことだぜ! まーさすがに規格がちげーから、全く同じとは行かねーけどな!」


 これで解説は一旦終わった。

 よってここからは商談タイムだ。


「つーワケでまあ色々見ていけよ! どうせ時間は腐るほどあるんだ! そんでもって出来れば買ってくれ!」


 ハガネ的にはもうポイントはない。故に今この場所に用はない。

 だがマッドハッターを見る限り、ショッピングは長引きそうだった。



 マッドハッターを何とか振り切り、フォーリナーズを出てから数分後。

 ハガネとミウは何故か二人きりでカラオケボックスにしけ込んでいた。

 と、言っても不純な動機はない。タダ二人きりで会話するためだ。

 そもそもこの場所へと誘ったのは女の子であるミウの方だった。


「ふう。流石に少し疲れました」

「ワタシは機械なので大丈夫だ。それより本題を話してほしい。ワタシは歌を歌うのは不得手だ。よって歌う気はない。基本的に」


 そんなわけでハガネは問い糾した。

 するとミウがもじもじとした後に、意を決した様子で話し出す。


「では単刀直入に、言いますね。ハガネさん。私と協力する……パートナーになって貰えませんか?」


 ミウがハガネの目を見つめて言った。実に真剣な表情で。

 だがハガネは兵士で冷静だ。常に物事の裏を考える。


「それも君の上司の指示なのか?」

「違います! 確かに、上司からは接触するよう命じられました。でもこれは私個人の意思です」


 その指摘をハガネが行うと、ミウは身を乗り出して反論した。

 もっとも直ぐに椅子に戻ったが。彼女はどうやら本気のようだ。

 しかしだとするとハガネには、その理由が全くわからない。


「正直ワタシは困惑している。君はワタシより確実に強い。力になれないとは言わないが、必要としているとも思えない」


 兵士は常に合理的である。と、ハガネ自身は考えていた。実際違うことも知っていたが、大抵の場合それは当てはまる。

 それを覆す理由が有るのか。


「笑わないで聞いてくださいますか?」

「この顔では笑えないと思うが」


 結論としてはあったようである。


「実は私、人見知りなんです。それにここに居る人達は、皆さんなんだかピリピリしていて。正直かなり怖いと言いますか」

「ワタシは違うと言う事だろうか?」

「はい! ハガネさんは落ち着いていて、理知的だし頼りになるんです」


 彼女はハガネの人間性を、評価して提案してきたらしい。

 それなら納得出来ないが、言いたいことはわからなくもない。

 問題は提案を受け入れるか、それとも無視するかの二択だが。ハガネは折衷案を考えた。


「では条件を出して良いだろうか? 共に戦う以上最低限、君の来歴を教えて欲しい。無論ワタシも君に教えよう」


 ミウの言葉が真実だとすればハガネにとっては渡りに船だ。彼女は瀕死のハガネを救い、空を飛んで無事帰還して見せた。もし連携することが可能なら、生還できる可能性は上がる。


 非常に魅力的な提案だ。それだけにハガネも慎重になる。

 ミウがハガネを謀る理由など、ハガネには想像もつかないが、無いと言いきる根拠も共に無い。

 だからこそ条件をつけたのだ。


「わかりました。信じて貰えるなら」

「助かる」


 ミウはその条件に同意して、自己紹介が始まった。

 もっともそこで得られた内容はハガネの想像を、超えていたが。


「私は火星という惑星で、防衛隊に所属していました。西暦という暦の上で、二千八百年代の生まれです」


 ミウは何事も無いように言った。

 しかしハガネには驚きだ。なにせハガネは二十三世紀、それも地球の生まれだからである。


「驚いたな。君は未来人か」

「えーと、それはどう言うことでしょう?」

「ワタシの生まれは二十三世紀。荒れ果てた地球で戦っていた」


 ハガネはそれをミウに伝えてみた。

 するとミウも驚いたようである。ただしミウは同時に混乱し、ハガネに対し疑問を呈したが。


「二十三世紀。荒れ果てた地球……私が習ったのと違うような」

「どう言う意味だ?」

「歴史の授業では地球史も、当然習います。でも二十三世紀には地球は無事、荒れ果てていなかったと思います」


 ミウに言われてハガネも気が付いた。

 二人の言う歴史は矛盾がある。


「確かに。あれから五世紀経っても火星に住まえるとは思えない。ワタシが居た地球は荒廃し、文明は既に滅びかけていた」

「そうなんですか!?」

「君の方はどうだ?」

「環境問題はありましたけど、技術で克服したと思います。その技術を応用して火星をテラフォーミング……改良したんです。私は行ったことはないですけど、観光地も普通にあったような」


 つまり二人は同じ世界に居て、同時に別の時間軸に居た。

 どこで分岐したかは不明だが、歴史が枝分かれしているようだ。ミウが嘘を言っていなければだが。


「わかった。ワタシはこれで十分だ」


 ハガネは言いようのない不気味さを、感じてこの話題を打ち切った。

 知れば知るほどに謎が増えていく。このセプティカはいかなる場所なのか。


「あの、じゃあよろしくお願いします!」


 とにかくこうしてハガネとミウは、ここに来て初めての友となった。



 広葉樹の茂る深い密林。次の戦場はそんな場所だった。

 前回と同じ様な軍隊が展開してファントムを待ち受ける。

 しかし前回と違うのは、ハガネが持っている情報量だ。

 マニュアルを読んだハガネはルールを、最低限度には把握していた。


 それに今回はミウが居る。

 彼女は白色の機械をつけて、ハガネの上空で制止していた。

 ハガネはその彼女と通信する。


「防衛線は問題無いようだ」

「はい。こちらでも確認しています」


 ハガネが言うとミウが返事した。

 無論彼女も通信装置でだ。並んで戦うよりもこの方がミウの力を発揮できるだろう。

 そのミウが不安そうに聞いてきた。


「ゲートウェイは守り切れるでしょうか?」

「総戦力は足りているはずだが、結果はやる前にはわからない」


 ハガネはそれに正直に答える。

 ミウの言ったとおり防衛戦はゲートウェイを守るのが目的だ。ゲートウェイと呼ばれる場所に進むファントムを待ち伏せし迎撃する。

 それはマニュアルを読んでわかったが、どうなるかはハガネにもわからない。気休めを言うことは簡単だが油断をされてはハガネも困る。

 これはハガネミウペアの初陣だ。集中するにこしたことはない。


 などと話していたその時だった。遠く黒い影が湧き出したのは。


「噂をする時間が長引くほど、影がさす可能性も高くなる」

「えーと、もしかして怒っています?」

「いや、一般論を述べた次第だ。そう感じさせたなら謝罪する」


 ハガネはミウに一言謝ると、ライフルを右腕に転移させた。

 そしてそれをそのままファントムに、向かって構えて狙いをつける。

 ミウも上空でライフルを出してファントムの到来に備えている。


 周囲の兵士達もまた同じだ。その直後に斉射が始まった。

 森林地帯に於ける戦闘は視界が悪く狙いがつけにくい。その上敵はまるでサルのように、木を蹴り枝に乗って接近する。


 ファントムにも色々形がある。おそらくは、そう言う事なのだろう。

 それをハガネは至極冷静に、一匹一匹撃ち抜いて落とす。


「ハガネさん! 前線後退開始!」


 そんな時にミウがハガネに言った。

 彼女は空に居て把握しやすい。ハガネも今回は気づいて居たが。


「そうだな。ワタシ達も合わせよう」


 ハガネは言うと後退を始めた。無論ファントムを牽制しながら。

 機械人にもレーダーがあるので、ある程度状況はわかるのだ。前回戦地に赴いたときはその機能を知らなかったわけだが。

 とにかくその後もハガネとミウは、ファントムに向けて射撃を続けた。



 穴が開き所々折れた木々。ジャンクになって転がる機械人。

 結果から言えばこの戦場ではファントムをあらかたは片付けた。ハガネもミウも生き残ったままで。多くの犠牲を払いはしたが、勝利したと言っても良いだろう。


 だがそういう気の緩んだときこそ真の危険とは襲い来るモノだ。実際に今回もそうだった。

 突如新たなファントムが湧き出し、それが空中へと集まりだした。それらは流れるように集まって、瞬く間に質量を増していく。

 球体の形状はそのままに、やがて直径数キロサイズまで。およそ宙に浮くとは思えない、巨大なファントムスフィアと成った。


 当然その様子をハガネ達もただ見物していたわけではない。

 ハガネミウその他大勢の者がソル・エネルギーの銃を斉射した。人間サイズの兵士だけでなく、大型ロボット兵器達までも。だが結果として効果は見られず、ファントムの球体は完成した。

 その瞬間ハガネは即断する。


「ミウ」

「了解! 離脱を支援します!」


 ミウもそれを理解してくれたのか、名を呼ぶだけで彼女は降下した。

 そしてハガネの体に抱きついて、そのまま再び宙に舞い上がる。巨大ファントムから逃れながらだ。

 なんとも情けない姿であるが破壊されてしまうよりずっと良い。あれだけのエネルギーを受け止めて全く無傷のふざけた相手だ。これからどんな策を弄そうと、アレに勝利できるとは思えない──少なくともハガネはそう思った。

 結果それは正しくなかったが。


『大丈夫よ。慌てて逃げなくても』


 機械で出来たハガネの脳内に、聞き覚えのある声が囁いた。

 女の子らしく可愛い音程。相反する大人びたその口調。フラムだ。正確にはフランベルジュ。彼女が通信をしてきたらしい。


 そしてその直後ハガネは驚き、思考が停止する事態となった。

 先ほどまで無敵と思われた、ファントムの炎で出来た球体。その中心を光線が貫き、一撃で消滅させたのである。

 細く橙色をした光線。その貫いた部分に穴が開き、ファントムスフィアは破裂した。黒い炎は降り注いだものの、最早それに力はないらしい。


 だがハガネを驚愕させたのは、むしろその後起こった出来事だ。

 その光線を発射した“何か”が停止したミウの前に飛来した。ハガネを掴んで浮くミウの前に。いつもの様子で微笑むフラムが。

 つまり、あの巨大なファントムよりもフラムの方が上と言う事だ。

 その上フラムは機械もつけず、当然の様に空を飛んでいる。


「出会ったときから思ってはいたが、君は少し普通ではないようだ」


 ハガネは素直な感想を述べた。いやまあかなり控え目ではあるが。

 一方フラムはくすりと笑い、ハガネ──と言うよりミウをからかう。


「貴方は思うより手が早いわね。もう女の子をたぶらかすなんて」

「違います! 別にそう言う訳では!」


 その結果、ハガネは落下した。

 慌てたミウが思わず手を離し、重力に引っ張られたからである。

 もちろん直ぐに拾い上げられたが。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「いや良い。それより帰還を急ぐべきだろう。この空間は間も無く消え失せる」


 ハガネはミウに言って息をついた。いや口は無いので気分だけだが。

 ファントムが滅びた場所は消え去る。そのルールで消滅しないために。

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