一章 第三話
1
戦場で痛めつけられたハガネ。右の腕は丸ごと消滅し、全身が傷だらけになっていた。もしも体が機械でなかったら、二度目の死を迎えていただろう。
よってその傷を修復するため、ハガネは今工業エリアにいた。戦場のテレポーターに入ると、この場所に転送されてきたのだ。
そこは巨大な鈍色のエリアで、様々な機械が働いていた。無論それを操る人間もだ。生身の者も、機械の人間も。
その内一人がハガネに対して、すたすたと早足で歩み寄った。
彼女はツナギを着た、黒髪を頭の後ろで縛った女性だ。齢は二十歳前後だろうか。ハガネの世界の常識ではだが。
「新人。随分派手にやられたね。ま、戻ってこれただけ御の字か」
その彼女はハガネの前に来て、ハガネの体を眺めて言った。
「アタシはカナヅチ。メカニックだよ。さあさあぼさっと突っ立ってないで、こっちに来い。体を見るからね」
「了解した」
ハガネはとりあえず、彼女の指示に素直に従った。
マークのつけられた床まで歩き、直立不動で待機する。
「よーし。それじゃあスキャンしてみるかな」
するとカナヅチが機械を動かし、光がハガネの体を照らす。
頭の天辺から足先まで。くまなく、それも数秒の内に。
「見た目の通りだね。知ってたけど」
「酷いか?」
「まあね。でも安心しな」
カナヅチは何かモニターを見ると、ハガネを次の場所へと誘った。
「ほら、この装置だ。入った入った。後は、動かずにじっとしてりゃ良い。まあ動きたきゃ動いても良いけど、頭から腕が生えてくるかもね」
「了解した。じっとしていよう」
ハガネは笑うカナヅチへと応え、円筒型の装置へと入った。
テレポーターの倍はある装置で、どうやら修理に利用するらしい。ハガネが入って中央に立つと、同時に装置の扉が閉じた。
「さーて。それじゃR2起動と」
「R2?」
「リペア・レプリケーター。ま、見てな。結構驚くから」
スピーカー越しにカナヅチが言った。
直後ハガネの体が文字通り、自動的に修復されていく。アームやツールでの修理ではなく、欠損部分が──“生成”される。
それはやはり数秒で完了し、ハガネの前に丸が表示された。
「よーし、もう動いてもオーケーだ」
「これは?」
「レプリケーターの一種さ。データから物体を造り出す。基本的には何でも造れるよ。ま、もちろんデータがあればだけど」
カナヅチはハガネに笑って言った。
一方ハガネの方はと言えば、体は完全に元の通りだ。いや相変わらず機械のままだが、腕や足は完全に元通り。
ハガネが軽く動作させてみると、四肢は至極滑らかに駆動した。
さて、これで修理は完了したが、果たして次はどうするべきなのか?
ハガネは装置から歩いてでると、カナヅチに聞いてみることにした。
「ワタシは、これからどうすれば良い?」
「は? ああそうか。新人なんだね? アンタの体にゃ色んな機能がついてるから、そいつを使えば良い」
すると意外にも普通に応えた。ポイントを要求することもなく。
「機能とは?」
「マニュアルとかメール? あとはポイントの支払いとかだね。アタシらは端末を使うけど、アンタらなら頭の中で済む」
「便利だ」
「そう思う奴は少ない。大抵のヤツは気持ち悪がるし。あんたちょっと変わったウォーリアだね。まあ悪いことではないんだけどさ」
カナヅチが腰に手を当てて言った。
──と、そのときだった。音が鳴った。ハガネの脳内で。
どうやらカナヅチが言った機能が、早速仕事を開始したらしい。ハガネはメッセージを受信した。フラムからテレポーターで来い、と。
「フラムから呼び出されているようだ」
「あの
「確かに、ポイントが好きなようだが」
「だから守銭奴さ。わかりやすいだろ? まあポイントは金にも使えるし、嫌いな奴もいないと思うけど」
カナヅチは無料で教えてくれた。
彼女が非常に親切なのか、普通なのかハガネにはわからない。とは言えすべきことは明確だ。メッセージに従わざるを得ない。
「では、何もなければ失礼する」
「そうだな。じゃあ一つ助言しとくよ」
ハガネが言うとカナヅチが答えた。
「メカニックとは仲良くしておきな。修理の度に嫌味を言われたり、手を抜かれたりしたくないならね」
確かにメカニックは大切だ。特に機械の体のハガネには。
「助言感謝する。それと修理にも。ではカナヅチさん。また近いうちに」
ハガネは言って彼女の名を呼ぶと、テレポーターに向けて歩き出した。
「あんたが次も生きて戻れたらね」
カナヅチの言葉を背に受けながら。
2
初めてフラムと会った執務室。ハガネは再びそこを訪れた。アンティークと機械の混ざり合った、何とも不思議な雰囲気の部屋だ。
ハガネを呼び出したフラムの方は椅子に座って紅茶を飲んでいた。そしてハガネに気付きカップを置き、子供の声で話しかけてくる。
「お帰りなさいハガネ。どうかしら? ファントムとの戦争は楽しめた?」
「危うく死にかけたが生きている。ワタシは少し運が良いようだ」
「ふふ。確かに低ランクの戦士の、生還率は極端に低いわ。十回も戦場に出られるのは、ほんの一握りのウォーリアだけね」
先に言っておくべき事柄を。
だがハガネの前世は兵士である。理不尽な命令には慣れている。
それより今は何故呼びつけたのか。そしてこれから何をすべきかだ。
「でも貴方は初戦を生き延びた。おかげでポイントもたまったでしょう? 質問があれば答えてあげるわ。勿論ポイントは頂くけれど」
フラムがそれをハガネへと伝えた。つまりQ&Aと言う奴だ。もっともハガネはポイントが、溜まったのかどうかも解らないが。
と、言うワケでまずはそこからだ。
「そもそもポイントとはなんなのだ? どうやって確認をすれば良い?」
「カナヅチから聞いていないのかしら? ポイントは基本的には通貨よ。貴方なら付与されたポイントは、考えるだけで確認できるわ」
フラムは呆れた様子で答えた。
そこでハガネが『ポイントを確認』と、考えると確かに理解出来た。視界の端にも表示されている。曰く──
「八万二千ポイントだ。だがポイントの価値がわからない」
「まともな昼食は五百ポイント。質素なパンなら、百ポイントね。因みにこれは無料にしておくわ。本当に基本的なことだから」
「なるほど。その気遣い、感謝する」
ハガネは返しながら考えた。
もしもハガネが肉の体なら、一日の食費は千から二千。つまり八万二千ポイントなら八十二日食いっぱぐれない。無論他に支出が無ければだが。何が必要なのかすら不明だ。
フラムはそんなハガネの考えを、見透かしたように提案してくる。
「その貴方のポイントの使い道、私が、貴方に教えてあげる。マニュアルを読む値段の半額で。時間も省ける、フェアな取引ね」
「マニュアルを読むのにもポイントが?」
「当然かかるわ。有料よ」
マニュアルを読むか、フラムに聞くか。ここでハガネは二択を迫られた。
フラムが果たして信用に足るか、ハガネに判断できるはずもない。しかしマニュアルが正しいか? それもハガネには判断できない。
ハガネはここでは赤子に等しい。無知で無力で、そして生まれたてだ。素直に従うより道が無い。先ほど戦地に赴いたように。
「わかった。その条件で応じる」
「では契約書を貴方に送るわ」
フラムが言うとハガネの脳内に、彼女からのメッセージが届いた。彼女に呼ばれた時と同様だ。文章と承認のボタンがある。
メッセージは彼女の言葉通り。承認することに問題はない。
尚、彼女が回答をする前に、払うポイントが解る設計だ。ハガネが下手な質問を投げかけ、破産するような事もないだろう。
「承認した」
「じゃあ話すわね。もっともまず貴方が聞くのだけど」
フラム様からのお達しだ。
そこでハガネは問答を始めた。
「そもそもここはどこだ?」
「セプティカよ。より正確に表現するのなら、セプティカ・ベースのフランベルジュ領。私が管理するベースの区画。小さな国のようなものかしら」
「セプティカとは?」
「ファントムを迎え撃つ。そのために在る空間の集合」
「ではファントムとは?」
「私達の敵。それ以上は誰にもわからない。正確に言えばそれを知ることが、究極の目的の一つなの」
テンポ良く疑問に答えるフラム。
一方、ハガネはそこで停止した。一答につき約五百ポイント。ポイントの方はまだ問題無い。だが情報は整理しなければ。いったいハガネは何を知るべきか。
考えてから質問を続ける。沈着冷静且つ、慎重に。
「マニュアルの項目を開けることが、我々の最終目的なのか?」
「いいえ。答はマニュアルにはない。システムと……直接対話するの」
「そのためにはいくらポイントがいる?」
「それを知るのにもポイントがいるわ。しかも他言無用の条件付き」
「条件を無視した場合、どうなる?」
「懸賞首ね。財産も没収」
つまり目的を知るためにすらも、戦いを続ける必要が有る。何をすべきか。何故、蘇ったか。何のために、ファントムと戦うか。
ならばせめてファントムを知るべきだ。彼等の持つ能力や、生態を。
「敵を知り己を知ればとも言う。最低限でも情報が欲しい」
当然、ハガネはフラムに問うた。
しかしフラムが答を言う前に、謎のアラーム音が鳴り響く。これはハガネの脳の中ではない。机の上の時計が元凶だ。
「残念。悪いけどタイムアップね。これから人と会う予定があるの」
フラムは紅茶を一口飲むと、ハガネに向かって微笑んで告げた。
「後は貴方自身で調べなさい。貴方の部屋は用意しておいたわ。そこは自由に使っても良いから、第二の人生を堪能してね。折角得た新たな命だもの。生き急ぐ必要も無いでしょう?」
どうやら問答はここまでらしい。
ハガネはフラムの言葉を聞くと、無言で背中を向けて部屋を出た。やるべき事は山ほど在るだろう。それが何かすらまだわからないが。
3
フラムは茶請けのケーキをフォークで崩しつつ、ある者を待っていた。ハガネが去った執務室の中。そこに彼は間も無く現れる。金属の自動ドアの向こうから、ハガネと同じ機械の人間が。
「相変わらずのようだ。フランベルジュ」
「そう言う貴方もね。ビーハイヴ」
フラムは現れた彼に、答えた。
彼の名はビーハイヴ。
フラムは彼と旧知の仲であり、今日は彼に頼まれ面会した。
「それで、私に何か用かしら? これで私も、忙しいのだけど」
「部下が君の部下と接触をした。それが思い立った理由ではある。だが会いに来た理由はシンプルだ。単に旧友と話したくなった」
ビーハイヴは仁王立ちをしたまま、微動だにせずフラムへと答えた。
「セプティカで生きるのは楽ではない。付き合いの長い者は限られる」
「レディに歳の話は失礼よ?」
「では話題を他のものに移そう」
ビーハイヴは言って話題を変える。
それこそが彼の真の目的だ。フランベルジュもそれを知っていた。
「フランベルジュ。システムと話したか?」
「それが聞きたくてここまで来たの? 相変わらず回りくどい男ね」
「老練だと言って欲しいものだが。覚えていたら以後は気をつけよう。記憶力は歳に反比例する。機械の体には当てはまらんが」
ビーハイヴがフラムに謝罪した。だが引き下がるつもりは無いようだ。
彼はそのままそこに立ち尽くし、フラムからの答を待っている。
「話していても話していなくても、他言無用よ? 知っているでしょう?」
仕方なくフラムは話し始めた。
「確かに。君の言葉通りだが、それは建前の話に過ぎない。システムと会話したその多くは、このセプティカに戻る事はない」
「なら聞くまでもないんじゃないかしら? 私は今この場に居るのだから」
フラムはビーハイヴに微笑んだ。
今現在フラムはここに居る。なら答は出ているはずだろうと。
確かにそれはその通りなのだが、ビーハイヴもそれは織り込み済みだ。
「だからこそ君に聞いている。何故システムと対話した者は、皆セプティカから消え失せてしまう?」
ビーハイヴはフラムに問い糾した。
そのビーハイヴの問を聞いたとき、フラムは彼の葛藤に気付いた。
「ふふ。貴方は恐怖しているのね。知るべきか、知らずに生きるべきか」
「そうだと言ったら、軽蔑するか?」
「賢明とは言えないと思うけど」
フラムはクスりと笑って言った。
そして彼に少しだけ助言する。
「私から言えるのは一つだけよ。貴方の道は貴方で決めなさい。人は何をしても後悔するわ。人の心は脆いものだもの」
「冷たい女だが頼りにもなる」
「私を褒めても何もでないわよ?」
「それでも感謝しよう。フランベルジュ。万物を焼き尽くす炎の魔女」
ビーハイヴはフラムに伝えると、背を向けてゆっくりと歩き出した。床を金属の足で踏みしめて。だがその背は少し小さく見えた。
4
テレポーターからの一本道を数メートル進むとそこに在った。ハガネがフラムにより与えられた、狭いがプライベートな空間が。
そこは金属の壁で覆われた、四畳半ほどの一室であった。窓も無ければ机も椅子も無い。置かれているのは武器のラックだけ。ハガネが失った四種の武器も、そこにしっかりと備えられている。
ハガネは一通り確認すると、助言通りマニュアルを見始めた。と、言っても客観的に見れば、ただ立ち尽くしているだけなのだが。
それを──数時間続ける事で、セプティカの基礎は理解出来てきた。
「要点はある程度、理解した」
ハガネは一人孤独に呟いた。
あくまでハガネの私見ではあるが、そう言っても問題は無いだろう。ファントムについてだけでなく、セプティカでの暮らし方についても。
「残りポイントは……六万弱。感謝は示した方が良いだろう」
そこでハガネは一つ考えた。
ハガネを助けてくれたあの少女。彼女に感謝を伝えることをだ。ルールで決まっているわけではない。が、この世界の常識ではある。
特別助けてくれた相手にはポイントとメッセージを送るのだ。礼を欠けば兵士は生きられない。それは兵士のハガネも知っていた。
とは言え、ハガネは貧乏だ。
「一口一万ポイントとしても、二万ポイントまでが限界だ。後は文章で伝えるしかない。逆に怒らせなければ良いのだが」
言いながらハガネはあの少女へとメッセージを書き、転送してみた。
ついでに機能のテストも出来る。一石二鳥だとも言えるだろう。
「後は残りをどこでどう使うか」
使えるのは残り四万弱だ。
ファントムと戦う事を思えば、武器や防具を揃えるべきだろう。などとハガネが思案していると、メッセージの返事が返ってきた。
返ってきた早さも以外だが、その内容は更に意外である。
曰く──
『メッセージ受け取りました。
こちらこそありがとうございます。
ハガネさんがご無事で何よりです。傷が深く心配していました。
そこで一つご相談なのですが、良ければ一度お会いできませんか?
私がそちらに伺いますので是非前向きにご検討ください。
ビーハイヴ領のミウ』
とのことだ。
相手か少女と知らずに読めば、怪しさしかないメッセージである。
しかし返信元は間違い無くハガネを助けたあの少女。システムを誤魔化す方法は無い。少女の思惑までは不明だが。
「会ってみても問題はないはずだ」
ハガネは腕を組んで呟いた。
ハガネが今までに話した者は皆フラム領に所属する者だ。しかもたったの二名だけである。情報源の不足は否めない。
マニュアルは多くを教えてくれる。しかし情報はまるで無機質だ。それにマニュアルはポイントがかかる。無論取引も無料ではないが。
何にしてもハガネは取り合えず、会って話をしてみることにした。
情報を得るという意味もあるが、命の恩人からのお願いだ。こうしてハガネとミウと言う少女──二人は街で会う運びとなった。
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