一章 第二話
1
巻き上がり吹きすさぶ土煙。対照的に澄んだ青い空。全身が機械と化したハガネはそんな大地の上に立っていた。
まばらに植物が生えた荒れ地で、ライフルを抱え周囲を見渡す。そこには壮大なる軍隊が、広範囲に展開されていた。
ハガネと同じく機械の兵士。鎧を纏った屈強な男。ローブを纏い杖を持った者に機械を体に着けた女の子。そして何よりも巨大なロボット。タンク型に二足歩行型まで。
統一感などまるでない。それでいて強大な軍隊だ。数を数えるのも面倒なほど無数の兵士と兵器が並ぶ。巨大ロボですら軍全体では何十機居るのかもわからない。
問題はこれほどの軍隊が、何を目的にしているのかだが。
そしてハガネが何故ここに居るのか。それは数分前に
2
戦闘テストをこなしたハガネは木製の部屋へと、辿り着いた。
そこに待っていた赤毛の少女──“フランベルジュ”が、ハガネへと告げる。
「それでは早速で悪いのだけど、ビジネスの話を始めましょうか」
ビジネス。かつてハガネの世界で行われて居た生活の糧だ。
フラムと名乗った少女はハガネに一種の取引を持ちかけて来た。
「貴方はここに用意した武器で、敵を倒してポイントを稼ぐの。私はその一部をピンハネし、双方が相応の利益を得る」
その条件をフラムは提示した。
武器はそれぞれケースに入れられて、ハガネが手に取るのを待っている。
ただし、ハガネが彼女のビジネスに応じるには理由が必要だ。
「何故、ワタシが貴方のビジネスに?」
「良い質問ね。答えてあげる」
フラムがその疑問に返答した。
「このセプティカはポイントが全てよ。貴方の体が機械だとしても、修理やメンテが必要になるわ。錆びて放置されるのは嫌でしょう? それならポイントを稼ぐしかない」
「ポイントは戦闘で稼ぐのか?」
「ええ。ここではそう言うルールなの。もちろん他の仕事もあるけれど、貴方に他の取り柄はなさそうね」
フラムはクスりと笑って言った。
取り柄とはどの程度か不明だが、確かにハガネの仕事は兵士だ。他人を効率よく抹殺する。その技が体に染みついている。
「つまり平穏を得る、そのためには……」
「戦う以外ないと言う事ね」
ハガネの目的は明確だった。平和に平穏に、生きる事。だが現実は生きるためだけに、闘争と殺しが必要になる。
死んで早々ままならない物だ。だが他にすべきこともわからない。
「全ての武装を持ってはいけない」
ハガネは武器のケースを見て、言った。
円筒型のケースが四つあり、それぞれに武器が収められている。バズーカ。ナイフ。ハンドガン二丁。それと攻撃を防ぐための盾。
ハガネは機械になったと言っても腕は人と同じ二本のままだ。全てを同時には装備できない。運搬には入れ物が必要だ。
「この武器はテレポート可能なの」
しかしハガネの危惧は外れていた。
「必要になったら強く念じて。そしたら手元へと呼び出されるわ」
「便利だ」
「でしょう? 弾も要らないし。正確には必要なのだけれど」
「説明する気はない?」
「正解よ。知識もポイント次第なのだから」
全てがポイント次第の世界。フラムの言うとおりなら有り難い。ハガネが居た二十三世紀では、略奪と暴力が基本だった。
もっともまだ疑問は有るのだが。
「それでワタシは何を撃てば良い?」
「黒く燃えている危険な何か。ここではファントムと呼ばれているわ」
「ファントム?」
「見れば直ぐ解るはずよ」
フラムはファントムを狙えと言った。
「後、味方を撃ったら減点ね」
間違って、味方を撃つなとも。
軍人としては基本だが、戦場では実際良く見られる。
そしてそれが最後の助言らしい。
「理解したらテレポーターに行って。時はポイントなりって言うでしょう?」
「意味は解らないが理解は出来た。戻ったら詳しく聞かせて貰う」
「貴方が生きて戻ってこれたらね」
「ワタシはもう死んだと思っていた」
ハガネはフラムにそう言うと、転送装置の元へと戻った。
3
そうして転送された先。それが軍隊の居る荒野だった。
軍隊は機械や人間であり黒く燃えたりなどはしていない。
彼等は確かに異様だが、ハガネに敵対するものではない。そもそもハガネも端から見れば、この大規模な軍隊の一部だ。
空は青く、風は乾いている。荒野自体は静かこの上ない。だが戦争は時に唐突に、平穏に穴を開け粉砕する。
耳を裂くような警告音が、まず鳴り響き始まりを知らせた。
「来るか?」
ハガネは身構えた。
もし体が機械でなかったら、肌を刺す感覚があっただろう。そうでなくとも嫌な感覚が、ハガネに警戒心を抱かせた。
刹那、遠くの空や地の上に、黒い炎がひとりでに湧き出す。家より遥かに巨大な物から、人間程度のサイズの物まで。次々とそれも無数に現れ瞬く間に軍団を造り出す。獣や鳥のような形をした、黒い炎で作られた軍団。
そして──戦争は始まった。
まず動いたのは巨大なロボット。前進し大型の敵を狙う。
一方歩兵サイズの者達は手に持った銃火器を発射する。容易く命中する距離ではない。しかし撃たないよりは良いだろう。
とにかくハガネも仕事をすべきだ。そう考えてライフルを構えた。
するとハガネの捉えている敵が、勝手にズームされ大きく見える。スコープではなくハガネの視界が、その倍率を変えてくれるのだ。しかもハガネの考えたとおりに。まるでそれが当然であるように。
「便利な物だ。機械の体も」
ハガネは言うと、引き金を引いた。
すると青い光りが発射され、狙い通りにファントムを貫く。まだ狙撃と言っても良い距離だ。それでも光は直撃していた。
ファントムと呼ばれる黒い炎は、飛び散った上弱まり霧散する。
だが敵の数は膨大だ。その上にまだ湧き出し襲い来る。
周囲の兵士も射撃しているが、接近する速度の方が早い。
「武器を変える」
そこで、ハガネは武器を取り替えることにした。
ライフルをその場に落とし代わりに、バズーカを右肩に転送する。フランベルジュに指示されたとおりに、強く念じ思い浮かべただけだ。だがバズーカは手元に現れた。これがハガネの機能なのだろう。
深く考えている時間は無い。ハガネはバズーカを構えて撃った。
「砲撃する」
バズーカは光弾を、殆ど無反動で射出した。その光弾は地面に着弾し、炸裂してファントムを吹き飛ばす。
排除したのは二、三体程度だ。それでもこの方が効率が良い。
順調に戦闘はこなせている。そうハガネが考えた時だった。
空中からファントムが飛んできた。それも恐ろしく巨大な個体が。鳥かドラゴンかはっきりしないが、それは巨大ロボットを破壊した。そしてハガネ達の上空を飛ぶ。強力な風を巻き起こしながら。
そしてその途中頭部から、火炎の弾丸をばらまいてきた。上空から降り注ぐ火炎弾。直径一メートルはくだらない。例え機械の体とは言えども当たればどうなるかは自明の理だ。
ハガネを含めて周囲の歩兵は
ハガネは爆風で吹き飛ばされて、荒野を何回転か転がった。
一応直ぐフラリと立ち上がるが、その損傷は決して軽くない。右腕部はバズーカごと吹き飛び、装甲にも多数の傷がある。
「痛みは感じない。違和感はある」
ハガネは唯々感想を述べた。
頭の中ではアラームが──鳴り響き問題を伝えてくる。
だが傷に対処する暇は無い。敵の群は迫って来ているのだ。
幸い先ほどの巨大な敵は、ロボットに撃破され落下したが。
「武器はあと……ハンドガンとナイフ」
ハガネは一応確認すると、ハンドガンを転送して握った。ハンドガンは二丁有ったはずだが、腕の方は左手一本だ。それでも小型のファントムであれば何とか迎撃することは出来る。
走り来るファントムを撃ち抜きつつ、ハガネはゆっくりと、後退する。
「足にも、損傷があるようだ」
右脚部が上手く反応しない。幸い歩くのは問題無いが、走れば転倒してしまうだろう。
それでもハガネは幸運だ。不運な者達は消し飛んでいる。
とは言え前線は下がり始めた。小型の接近を許したためだ。いくら火器では優れると言っても、敵は次から次へと湧いてくる。
「身を隠す事の出来る場所も無い。このままではまた、死ぬ事になる」
言葉ではそう言ったハガネだが、ただ命を捨て去るつもりはない。しかし味方は薄情な物で、ハガネを置いてさっと退いて行く。彼等も敵を撃ちながらであるが、傷を受けたハガネは追い切れない。
そして遂に、敵が、目の前に来た。
ハガネを無視して走り去る敵も、狙撃され撃破される敵もいる。それに加えハガネもハンドガンで、迎撃するがとても間に合わない。
「ナイフ」
そこでハンドガンを捨て、ハガネはナイフをその手に握った。刃渡りは一メートル近く有る、軍事用に近い片刃のナイフ。
そのナイフで飛びかかるファントムを、斬り捨てたがもう既に群の中。
「数が多すぎる」
ハガネは次々、襲いかかるファントムを斬り裂いた。
敵の多くは狼に似ている。体が燃えているという以外は。ナイフ一本でこの獣達を、全て迎撃するのは無理がある。
事実、ファントムに押し倒されかけ、巴投げをしてそれを切り抜けた。このままでは遠からず死に至る。無論まだ生きている前提だが。
運良くハガネの予測は外れた。光線が──ファントムを撃ち抜いた。
そして直後にハガネは飛行した。いや飛行する者に拾われた。
「無事ですか!?」
その何者か──彼女がハガネに声をかけてきた。
彼女は機械を身につけた、金髪で碧眼の少女だった。高速で飛行して接近し、ハガネを拾い上げてくれたらしい。ファントムを撃ったのも彼女だろう。ライフルは既に投げ捨てていたが。
とにかく彼女はブロンドの、長髪をなびかせて空を飛ぶ。自軍の兵士が布陣する側に。つまり退却したと言う事だ。
「テレポーターまで一気に飛びます! もう少しだけ我慢してください!」
「感謝する」
「仲間のためですから」
少女はハガネへと微笑みかけた。
何故彼女はハガネを救ったのか? 何者なのか? 見当も付かない。
とは言えハガネはすんでの所で、一度失った命を拾った。
少女にテレポーターに入れられて、ハガネは戦場から──離脱した。
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