第59話

 留めき無く溢れ出る涙。

 久しぶりに感じた温かさと美味しさに涙が止まらない。


「美味しい……美味しい……」

 

 僕は泣きながらスープを啜る。

 少ない量しかなかったスープはすぐに飲み終わってしまう。


「ひっく……ひっく。すみません……もう一杯貰えますか?……いや、後十杯ほど」

 

「お、おう」

 

 泣きながらスープを飲み、おかわりを要求する僕に若干を気圧されながら屋台の店主は僕にスープを渡してくれる。


「……は?」


 10杯のスープの器を魔法を使って浮かせ、また少し離れたところへと戻る。


「美味しい……美味しい……」


 そして僕は黙々とスープを飲み続けた。

 

「ふぅー」

 

 スープを飲み終えた僕は一度大きく息を吐き、涙を拭う。何が起きているのかはわからない。 

 だが、味覚が戻った。それ以上に重要なことはない。あるわけがない。

 アレーヌも……表情とか声とか仕草とかは結構違うけど『アレーヌ』だ。


「んー」


 とりあえずアレーヌのところに戻ろないと。心配させてしまう。


「おじさん」

 

 僕は屋台の店主に声をかける。


「ありがとうございました。美味しかったです。これはお礼です」

 

 僕は屋台の店主に金貨を数枚渡す。


「ほわぁ!?」


 金貨を見て屋台の店主が驚愕に満ちた声を上げる。


「それでは……ありがとうございました」


 固まっている屋台の店主を置いて僕は路地裏から出て、表の大通りへと出る。

 とりあえずアレーヌのところに戻らないと。

 僕が歩き始めた時。


「ゼロ!!!」

 

 僕の名前を叫ぶアレーヌの声が聞こえてきて、僕の体は強い衝撃を受ける。

 アレーヌの豊かな胸に僕の顔が埋められる。


「心配したんだぞ!?いきなり何処に行っていたのだ!?」


 アレーヌが僕に抱きついてきたのだ。

 周りを歩いていた通行人は空気を読んで僕たちから少し離れて、距離を取っている。


「ごめん……ちょっと用事が……」


「うぅぅぅぅ。ゼロが無事で良かった」


 そりゃ僕は無事だよ。僕を害する事ができるのなんてアレーヌくらいだし。


「僕は大丈夫だから」


「本当か?怪我でもしていないか?」


「僕に傷を負わせられるのなんてアレーヌくらいだよ。アレーヌが僕の敵にならない限り僕の柔肌に傷はつかないよ」


「そんな!私がゼロに敵対するなんてありえない!」


「でしょ?なら大丈夫だよ。早く戻るよ」


「そうだな。まだ食事の続きだった」

 

 僕とアレーヌは共に冒険者ギルドの方に戻っていった。

 そして冒険者ギルドで食事の続きをして僕は思った。


 

 この世界の美味しいものを余すこと無く全て僕の腹の中に入れてやろう、と。



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