第3話
コンコン
夜、僕は慣れた手付きで扉を叩く。もうこの部屋には何度も来たことがある。慣れたものだった。
一応アレーヌさんに言われたとおり誰にもバレないようにここまでやってきた。
「あぁ、入ってくれ」
「失礼します」
僕は一言断りを入れ、部屋の中に入る。
部屋の中。そこには着飾ったアレーヌさんの姿があった。
「……え?」
僕は呆然とアレーヌさんの姿を見る。
い、いつもおしゃれ?なにそれ美味しいの?って感じのアレーヌさんが……?なんで?わけがわからない。何の心境の変化?
「お、おい。そんなにマジマジと見ないでくれ。恥ずかしいだろう……」
少しだけ動揺したような気配を感じるアレーヌさんの声が聞こえてくる。
「す、すみません。珍しい姿に見惚れてしまって」
僕は咄嗟の言葉を告げる。
見惚れていた、というより困惑した。のほうが正しいのだが、そんなもの言わないほうが良い。
「なっ。……お世辞を言っても何も出ては来ないぞ……その、どうだろうか?似合っているだろうか?」
「はい。とても」
少しためらいがちに聞かれたアレーヌさんの言葉に僕は頷く。
とても似合っていた。落ち着いて、見てみると似合っていて、美しかった。
「あ、ありがとう。あぁ。立ち話と言うのもなんだ。そこのソファにでも座ってくれ」
「はい」
僕はソファに座る。
そして、アレーヌさんは僕の隣に腰を下ろした。
……近くない?
「どうだ?酒でも飲むか?良いお酒が手に入ったのだが」
「いえ、大丈夫です」
僕はアレーヌさんの申し出を断る。
どうせ酒の味なんてわからない。わかるのは吐きたくなるくらいにクソまずいってことだ。
僕の壊滅的な味覚は水分でも発動する。
本来なら味なんてほとんどしないであろうお水ですら泣きたくなるくらいにまずい。本当に生きていくのが苦痛だ。苦痛しか無い。
まともな食事も睡眠もとれず、何の楽しみもなくただひたすらに体を鍛える。それが僕の生活なのだ。
……今更ながら改めて思うとすごいな。僕。よくもまぁここまで耐えたものだ。平和な日本暮らしの僕が。
「……そうか」
アレーヌさんが少しだけ寂しそうな声を上げる。……申し訳ない気持ちで僕は一杯になる。
しかし、味のわからない。水も酒も同じクソみてぇな味しか感じない僕にはもったいないだろう。
リアルにゲロと酒の違いもわからないだろう。同じまずさだ。
「そ、それで?君の話というのは何なんだ?」
アレーヌさんは僕に早速本題を聞いてくる。
「アレーヌさん」
僕は今までの人生で最も真面目な声で告げる。
「は、はい」
「僕。騎士団を辞めようと思います。……今までお世話になりました」
僕はアレーヌさんに向かって深々と頭を下げる。
本当に、今まで信じられないほどにお世話になった。感謝しか無い。
「あ?」
その場の空気が凍りつき、魔力が吹き荒れた。
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