第五話 祁答院橙子と黄桃
祖母がやってきた。やってきたと言う割には会話の端々に違和感を覚えるだろう。第三者からすれば、家族というよりも他人なのではないかと疑ってしまいたくなるほど、祖母と私達のやり取りは淡白であった。祖母が、車に乗り、住処である自宅へ帰っていく姿を、結ヰと共に見送った。
「相変わらずだったなあ。」
煙草に火をつけ、煙を吐いては楽しんだ。非喫煙者である結ヰは、僅かに鼻をくんくんと尖らせて煙草の匂いを嗅いだ。吸わないが、煙草の香りは好ましいらしい。
「思うに、花吹雪みたいな人だよね。」
「花吹雪?」
「そう。一瞬にしてやってきて色んなものを掻っ攫っていくけれど、やっぱり存在感は残していく。優しい感情だったり、ほんの少しの寂しさだとか。」
「まるでどこぞの歌詞の一部みたいな感想。」
私達は非力で、一人で育つことはやけに難しい。命を尊ばれるくせに、守ってくれる人らやたらと少なかったりする。何かに怯えても、不安になっても、結構簡単に放り出されたりする。でもその中で得られる逞しさや強さも確実にあるのだ。
たしかに、祖母は花吹雪のような人かもしれない。私達のことを時に守るヴェールとなって、そうして呆気なくどこかへ去ってしまう。
「クッキー、喜んでくれたかな。」
結ヰがぽつりと呟いた言葉に、私は深く頷いた。すると実妹は嬉しそうに頬を緩ませ、眉をへにゃりと下げてみせた。
朝。六時起床。随分と早い目覚めに、携帯電話の画面を二度見した。特にやることもなく目覚めの一本でも吸おうかと思ったが、どういうわけか乗り気ではなかった。白湯でも飲んでみれば気分が変わるかもしれないと、謎の思いつき通りにしてみたものの、味気ない水分が体には染み渡るのみであった。
「二度寝するか、それとも、どこかに出掛けてみるか。はたまた、やっぱり吸ってみるか。」
独り言に茶々を入れる者は一人も居らず、私は玄関へと向かう。慣れないことを一度してみたのだから、この際とことん不慣れな出来事をこなしてみようかと思ったのだ。理由は、全然分からない。
けれど、祖母が来て以来なんとなく自分の将来というものを、突き詰めて考えたくなる機会は、明らかに増えた。
「これも花吹雪効果ですかねえ。」
なんだそれは。と、お笑い芸人がいてくれたら意味不明な発言にも突っ込んでくれそうだなと、ひとり、笑う。
ふと、祖母が別れ際に言ったことを思い返す。
笑った顔が、あの子そっくり。親子ね。
もう会えない家族の話。祖母だけが分かる共通点。それを提示し、微笑んだ祖母は、どこまでも美しかった。私達はやはり家族なのだ。結ヰがいて、私がいて、祖母がいて、そして両親がいた。この繋がりは、他人がどう感じようが決して絆されない、唯一無二の繋がりだった。
「美味しい煙草の為に、おいしい空気でも吸いに行きますか。」
やけに清々しい気持ちで、サンダルに足をつっかけた。激安スーパーで値下がりしていそうな簡素な作りの茶色いサンダルだった。でも足取りは、相当軽い。履き心地だって良い。値段では結論づけられない価値、意義。
私達は昔からそれらを知っているはずなのに、遺伝子の中にあるもの全てを忘れたかのように、生きることに精一杯。それじゃあ私は、今から少し、寄り道をしよう。燻らせるのだ。人生とやらを。
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