第6話


「え、ロッ……ロアが?」


 ――魔物たちを?


 その後に続くの「なぜ?」とか「どうして?」とかそういった質問ばかりが頭の中をグルグルと回っている。人によってはこの時点で気を失っていたかも知れない。


「ええ、そうよ」

「なっ、なぜ。そっ、それに」

「どうしてって?」

「……」


 ――お見通しか。まぁ、当然分かりきっているか。


 正直、大声を出して言い寄りたいところだが、ロアがこの『魔物』たちを呼んだのであれば、下手に言い寄ると逆に自分が危ないかも知れない。


「簡単な話よ。私はね、人間に失望したの」

「しっ、失望」

「そう、失望」


 ロアの顔は笑顔だったのだが、その目は全く笑っていない。それが逆にとてつもなく怖い。

 しかも今でも辺りでは悲鳴などが聞こえ、悲惨な状況だ。

 それなのに、俺の目の前に広がっている光景はいつもと何も変わらない。その上、ロアは笑顔。


「百年、百年よ。私は……私たちは人間たちを信じていたの。それなのに」


 そう言って視線を下に向けているロアの体はワナワナと震えている。それは「怒り」から来ているモノなのだろう。


「人間たちは自分たちの行動を恥じて改めるどころか弱気モノを助けるどころか見下しさげすんだ」

「……」

「だからね、最初から言ってあった通りこの国を滅ぼす事にしたの」


 とても良いニッコリ顔でロアは俺を見ているが、その笑顔が逆にとても怖い。


 ――ん? 最初から?


「……」

「気がついた? 私はね、何も突然こういう事をしているワケじゃないの。ちゃんと前もって言っていたのよ? 律儀に」

「まっ、まさか」


 ――それって。


 俺は以前ロイさんと話していた事を思い出した。そう、それは昔この国の国王と『魔物』との間に「ある条件」を結んだと。


「そう。そして、それを結んだのはロイだったのよ」

「え、ロイ……さんが? いや、でも」


 ――今の話からするとその条件の話は今から百年前。ロイさんは既に亡くなっているけれど。


 とてもお年を召している様には見えなかった。


「ああ、それは私に付いていたからよ」

「?」


 確かにロイさんはロアの護衛として常にそばに付いていた。それによって寿命が延びたというのだろうか。


「私たちの様な『魔物』は、マナを放出しているらしくてね。それが人間を若返らせる事が出来るらしいの。だから、ロイは自然と長生きしたってワケ」

「でも、ロイさんは……」


 病気によって亡くなったはずだ。


「ロイはね。その条件を勝手に結んだとして国王からその責任を取る形で私の護衛に当てたの。要するに監視ね」

「え! でも、ロイさんが条件を結んでくれたおかげで終結したのでは?」


 ロアの話を聞く限り「責任」という形で厄介事を押しつけた様にしか思えない。


「彼はむしろその方がありがたいと思っていたみたいよ?」

「え」

「彼はね、ずっとこの国のあり方に疑問を持っていた。あまりにも自分たちの事しか考えない国王を始めとした貴族たちに対してね。でもね。それと同時に信じてもいたの。彼らを」

「……」


 しかし、ロイさんは亡くなった。


「彼は見限ったの、もう無理だとね。人間を彼らをね。でもね、あなたに関しては少し心残りだったみたい。だから、出来る限りの事をして去ろうと決めた」

「魔物は、ロアは寿命を操れるのか」

「操れはしない。彼の病気も本来ならもっとずっと前に発病していたモノ。それが遅れただけに過ぎなかっただけよ」

「……」


 ロアの表情からは彼女の心情は読み取れない。


「それにしても、まさか隣国に張ったはずの結界が展開する前に帰って来ちゃうとは思わなかったわね」

「結界? まっ、まさか!」


 俺の脳裏に過ぎったのは逃げ惑いながら外を目指す人々の姿。


「そう、そのまさかよ。今逃げている人たちが外に出る事は出来ないの」

「ロアは人類を滅亡させたいのか」

「滅亡? ははは、そんな大それた話をしているワケじゃないわよ」


 そう言ってロアは階段に腰掛ける。


「何も『人』っていうのはね。この国だけにいるワケじゃないの」

「……」


 ――それは確かにそうだ。


「当たり前って顔をしているわね。でも、みんな忘れがちになる。自分の目の前にある世界が全て……ってね」

「……」

「そもそも、ここはね。百年前は誰もいなかったんだけど」

「……」


 ロアの言っている事は確かだ。この土地は百年前、誰もいないただの森が広がっていた。


「ここは『魔物』にとって必要不可欠なマナが豊富だった。元々はたくさんの『魔物』がいた場所に権力争いに負けた人間たちが来ただけ」

「じゃあなぜ子供たちも……」

「子供は親の鏡って言うでしょ? だからよ。それに、貴族の親を持つ子供も似たような思考を持つ。あなたもそれは心当たりがあるでしょ?」

「……」


 俺は拳を握ったままロアの言葉に何も言い返させなかった。なぜなら、何度か王宮に行った時にそういった子供の姿を見ていたからだ。


「……こうして何か変わるんですか」

「さぁ、どうかしら? この国の姿はどこか別の国の姿と同じかも知れない。ただ、違うのは私たち『魔物』と約束をした事」


 そう言いつつロアは俺に近づく。


「でも、あなたたちはそれを破った。ノア、あなたは言ったわよね。それだけ減点が続けばマイナスになってしまう……と、確かにそうよ。最初の頃はプラスだった点数は今はマイナス。そして、それは一年やそこらで覆す事が出来ない程のマイナスになった。だから、邪魔者を排除しているだけの話」

「……」


 下を向いたまま俺は何も言えない。せっかくこの国の存続のためにロイさんはその条件を飲んだというのに、その条件を忘れたのはこちらの方だ。


「でも、あなたの事は惜しいと思っているの」

「……」

「だから、あなたには生きていて欲しいと思ってね」


 そう言ってニッコリと笑うロアに、俺は何も言い返せず固まってしまった――。

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