第4話
その日は雲が厚く、少し天気が心配になる。
「ノア」
「はい?」
「今、幸せ?」
唐突に聞かれたこの質問に、俺は思わず固まった。
「……」
教会の子供たちが埋葬されている墓標を訪れて以降、ロアにこういった内容を聞かれる事が増えていた。
――それにしても、幸せ……か。
以前いた環境を考えれば、今の環境は雲泥の差がある。それを考えれば、確かに今の俺は「幸せ」なのだろう。
ただ「幸せ」と言われても、正直答えに困る。
「幸せじゃない?」
「いっ、いえ。そうではないのですが……」
――どう答えるのが正解なんだ?
「何か気になる事があるの?」
あまりにも俺が答えるのに時間がかかっていたからだろう。ロアは心配そうな表情で尋ねる。
「いや……気になる事は何も。ただ」
「ただ?」
俺自身に限って言えば確かに今の状況は「幸せ」そのものだ。しかし――。
「おっ、俺自身はロア様に拾って頂き確かに幸せです。ただ」
「自分だけが幸せになっていいのかと思う?」
ロアにそう聞かれると、答えられない。
――どんなに時間が過ぎ去ろうと、彼らの声を聞く事は出来ない。
どうしても「なんでお前が」とか「お前だけが」と言われている様に思えてならない。そして、その事が頭に残っているのは事実なのだ。
「あの……突然どうして」
「こんな事を……って?」
ロアにおずおずと尋ねると、ロアもそれを聞かれるのが分かりきっていたのか、小さく「はぁ」とため息をつく。
「あなたの様子がおかしかったからよ。もちろん、墓標に連れて行ってからどことなく申し訳なさそうな顔をしていたけれど、ここ最近のあなたは上の空だったから」
「そっ、それは申し訳ございません」
――しまった! だからこんな聞き方をしたのか。
原因が分かった事により、俺はすぐにロアに謝罪した。
「故人を思う事も悪い事とは言わないけれど、あまりにも上の空だと仕事にも支障が出ちゃうかも知れないでしょ?」
「すみません」
俺が再度謝ると、ロアは目の前にある机に腕を立てて頬杖をついた。
「まぁ、あなたがそうなった理由は分かっているけど」
「え」
「え……って、ノア。あなた自分でも分かっていないの?」
――いや、思いっきり驚いた顔をしているけど。
正直全く覚えがない。
確かにここ最近上の空だった事は認める。そして、それが教会にいた頃の子供たちを思い出してのモノだと思い込んでいたのだ。
「まぁ、確かに墓標も一つのきっかけだったとは思うけれど、一番の原因は多分あれね」
「あれ……とは?」
「はぁ、ほら。この間外出をした時に見かけたでしょ? まるで奴隷の様に扱われている子供の姿」
「あ」
「あの日からよ。あなたの態度がどことなくぎこちなくなったのは」
「……」
ロアに言われてようやく気がついた。
あの日、珍しく「買い物をしたい」と言ったロアに俺は護衛として一緒について行ったのだ。そして、その道中でその子供の姿を見たのだ。
――そうか、だから俺は……。
どうやらその子供と教会にいた子供たちを重ね合わせていたらしい。
「あの子供を連れていた人物が何者なのかは分かっていないわ。でも、子供にあんなたくさんの荷物を持たせて、しかも重そうなモノを。とても許される事じゃないわ」
「……あの、どうされるおつもりで」
「とりあえず、あの人物が誰なのか調べて然るべき処置を取るつもりよ。全く、ああいった事をおおっぴらにやる輩はちょっと突けば埃がどんどん出て来るモノなのよ」
「……」
――相当怒っているな、コレは。
ロアの纏っている雰囲気は明らかに「怒り」そのものだ。元々、ロアは「弱いモノは助ける」を信条として掲げている。
そしてそれと同時に「弱いモノを虐げている輩を許せない」という正義感の塊でもあった。
「はぁ、減点五十点ね。全く、百年で一体どれだけ減点すればいいのやら」
「ははは、これじゃあプラスどころかマイナスになりますね」
ロアはたまにこういった光景を見ると「減点」と言って点数を付けている。
俺はそれを「おおよそ国王に報告するために分かりやすくしているモノ」だと思っていた。
でも、それは違った。
いや、正確に言えば俺の予想は当たっていたのだ。
ただ、このロアの言っている「減点」や「点数」が指すモノがもっととんでもなく大きな意味を持ち、それこそこの国の存亡をかけたモノだと俺が知るのは……そんなに遅くはなかった。
しかし、それを知ったのは「最悪の形で」だったが――。
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