第3話


 ロアにより突然連れ出された俺だったが、ロアは馬車に乗せた後は何も言わずに外の景色を眺めている。


「……」

「……」


 ――沈黙が重い。


 俺とロアはあまり『主従関係』がない様に思う。これはまぁ、あくまで俺が周囲を見て思った事だ。


 ロアはあまり外出する事はないのだが、それでもたまに外出する事がある。そうした時は嫌でも貴族らしき人たちとすれ違う。

 その時の執事やメイドに対する立ち振る舞いを見ていると、その違いが明確に分かる。

 それでも経緯が経緯なだけに俺は「ロアに拾われた」という認識なのだが、どうやらロアはそうではないらしく、ロアは俺を家族の一員として接してくれている様だ。


 ――そもそも俺は養子だからな。あんまり主従というよりも家族って感じになるのも当然か。


 だからなのか、俺が敬語を使うと時折寂しそうな表情をする。


 俺としてもあまりそういったロアの顔を見たくないから、せめてもと名前だけは普通に呼んでいるのだが、どうやらロアはそれでも寂しいらしい。


 ――とは言え、今や俺はロイさんから仕事を引き継いだからな。あんまり馴れ馴れしいのも、やっぱりな。


 俺自身はそう思っているのだが、そこら辺のさじ加減がどうにも難しい。


――まぁ、それはそれとして……。


「あの、ロア。一体どこに……」


 向かっているというのだろうか。


 ロアに「着いて来て」とだけ言われて場所を聞く暇もなく馬車に乗せられた俺だったが、ここまで来てさすがに逃げはしない。


 ――そもそも逃げるってなんだ。


「着けば分かるわ」

「……」


 しかし、こう言われてしまうと返す言葉がない。


 ――黙って着いて来いって事なのだろうか。


「ところで」


 窓の景色を見たままロアは唐突に話しかける。


「はい?」

「今まで教会で何が起きたのかという話を聞いた事はあったけれど、あの教会には他にも子供がいたのよね?」

「はい、そうですけど」

「そう……よね」

「どうされたんですか? 突然」


 俺が不思議そうに聞くと、ロアは「ちょっと、聞いてみたくなったのよ」と俺の方を見ずに言う。


 ――珍しいな。


「……」


 今までロアが教会の子供たちについて何かを聞いてきた事はない。


 ――唯一そんな話になったのは、俺の名前を聞きたい時に話題として上げたくらいか。


 俺にとって教会での思い出は「楽しいモノ」と「辛いモノ」の二つがあるのだが、残念な事に「辛いモノ」の比率の方が多い。


 ――よく「辛い事も楽しかった事もありましたが……」なんて思い出話をする人間がいるが、そんな思い出話にする程「楽しい記憶」はあまりないな。


 よく聞く「あの辛かった日々も今では良い思い出」として話せるのは「辛い思い出」以上に「楽しい思い出」があるからこそ。

 ほとんど「辛い思い出」しかないのに自分から話す事は……余程の事がなければ話さないだろう。


 ――それこそ、信頼を置ける人間じゃないとな。


 そう思いつつ外に目をやると、俺はその光景にふと見覚えがあった。


「……」


 ――建物は何もない。ただのだだっ広い土地が広がっているだけなのに、なんだ。この既視感。


 そこに広がっているのは木などない少しだけ野原が見えるただの土地。しかし、遠目で見るとどうにもこの光景には見覚えがある。


「そうか」


 俺がいた教会は領民が住んでいる場所から少し離れた坂の上にあった。だから、あまり視界に建物が入る事がなかったのだ。


 ――と、言う事は。


「ロア。今向かっているのはひょっとして……」


 俺がおずおずと尋ねると、ロアは窓に視線を向けたまま「ええ、教会よ」とサラリと答える。


「なっ、なぜ今更……」


 そう思わずにはいられない。


 俺がロアに拾われて既に十年は経っている。あの頃の記憶を吹っ切れたかと言われると、とてもじゃないが「はい」とは言えない。


 ――今でもたまに夢に見て唸るくらいだ。


 それなのにどうして……。


「ようやくね。何とか片が付いたのよ」

「片が付いた……ですか?」

「ええ、騎士団長に手伝ってもらってようやくね。あの人も、コレだけはキチンと片を付けないと死ぬに死ねないって言ってね」

「……」


 そう言えば、朝にロアは一度だけ花屋に寄って花を買った。大きくはないが小さくもないちょうどいい大きさの白い花がたくさん入った花束を。


 てっきり俺はそれをロイさんに手向けるモノだと思っていた……。


「――と」

「さて、着いたわね」


 馬車に揺れが止まり、ロアは立ち上がる。俺は……そこから見えた光景から、ここがどこなのか分かってしまった。


「……どうしたの?」


 ただ、分かってしまったが故に俺は動けなくなってしまった。


 ――俺だけが生き残って、それで今は普通に生活をしている。そんな俺があいつらにどんな面を下げて会えと言うのだろうか。


 今でも思い出すのはどれこれも辛いモノばかり、それでも耐えられたのは俺よりも小さい子たちがいたからだ。守らないといけない。そんな気持ちで日々を生き抜いてきた。


 ――結局、守りきれなかったというのに。


「……ここにね。亡くなった子たちが秘密裏に埋められている事を知ったの」

「え」


 そう、実は子供たちが亡くなった後。教会の人間は遺体を教会の近くに穴を掘って埋めていた。誰にも言わずに。


「さすがに掘り起こすのは忍びなかったから、教会に残っていた名簿で調べてね。あの男が来る前は何度か養子に出された子供もいたみたいだから、ちゃんと調べてその子供たちの名前は外して一覧にして埋められていると思われる場所に墓標を置いたの」

「……じゃあ」

「これからその子たちのお墓参りと報告もしようと思ってあなたを呼んだの」

「……」


 ロアは優しく微笑みながら俺を見る。


「わっ、分かりました」


 こうして俺はようやく立ち上がり、久しぶりにその土地に降り立った。


「っ」


 そのタイミングで風が強く吹いたのだが、それと同時に花びらが舞う――。


「!」


 俺は、墓標に書かれている名前と花が咲き乱れている光景を見ながら……その場で泣き崩れてしまった。


 あまりに綺麗で、みんなと見たかったという思いが溢れてしまって――。


「……」

「! ロア」


 そんな俺の肩にロアは優しく触れ、何も言わずにしばらく俺たちはその光景を見ていた――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 後に聞いた話だが、ロアは俺を保護した後。あの教会について調べまくったらしい。


 この国の重役の権限を使って教会に立ち入り検査を実施し、その時にこの名簿を手に入れた様だ。

 そして、あの男の悪事を暴き、それに全領民が荷担していた事も踏まえて然るべき処置を取ってもらう様に国王に打診しようとした矢先――。


「突然この土地が滅んだわ」

「え」

「理由は分からない。でも、たった一日でこの土地の領民もあの男も全員亡くなって発見された。それが二年前」

「二年前!? それって俺が卒業した年じゃ」

「ええ」

「でも、そんな事一切」


 ――知らない。


「それは仕方がないわよ。あまりに突然だったから。こんな事を公にすると、確実に混乱を招いてしまうでしょ?」

「……確かに」


 つい昨日までそこにあったはずの領地が突然音もなく滅んだとなれば、他の領地でも混乱が起きるノ当たり前だろう。


「何者かの報復かも知れない。さっきも言った通り、あの男が来る前は教会から何人か貴族の養子に出ている子供がいたから、現状を知って乗り込んできた可能性も否定は出来ない」

「それは……」


 ――確かにありえる話ではあるが、今までそんな人。来た事がない。


「もしくは『魔物』の仕業かも知れないわね」

「……珍しいですね。ロアがそんな冗談を言うなんて」


 俺がそう言うと、ロアは「冗談だと思う?」と言って俺の方を見た。それを見た瞬間。俺は自然と「あ、冗談じゃない」と悟った。


 しかし、ロアはそれを「冗談」としてではなく話題に上げた。元々、あまり冗談を言わないロアだから……というワケではない。


「でも、さっきロアは片が付いたって……」


 俺はそう言ったが、ロアはそれに対して何も言わずにこちらを見ているだけだった。その表情を見て……俺はなぜか無性に胸騒ぎがしていた――。

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