第2話


 それから数年が経ち、俺はロアの家に引き取られ養子となった。ただ驚いたのはロアの年齢だ。


 ――まさか、拾われた俺と同じような年齢に見える子供の様な見た目で成人していたとは……。


 要するに、俺はロアの弟ではなく『子供』として引き取られた。


 ――貴族の人というのは、年齢不詳なのだろうか。


 それくらいロアの見た目はかなり若い。


 ――ただ。


 ロアが貴族でよくある夜会などに行っている光景を見た事もなく、また俺に着いてくる様に言う事もなく、いつも家にいる。


 ――家も貴族の中じゃ小さい方だったんだよな。


 当初、いつも一人だった俺はロアがいてくれる事をとても喜んだが、今となっては不思議で溜まらない。

 だから、今はもしくは「貴族ではなく、この国で重要な役職。人物」なのかも知れないと思う様になった。


 ――でも。それでも、ロアからちゃんと説明をされた事はないんだよな。


 そして俺は今、ある学園に通っている。ロアの……というより、俺が望んでロアに頼んだ。ただ、こうしたのも一番の目的はロアの役に立つ為だ。


「……どうされたんですか。こんなところに」

「ああ、すごいね。ノアくん」


 チラッと見ただけだが、多分。後ろにはいつもロアの横についているはずの男性がいる。


 ――確か名前は「ロイ」だったよな。


 男性にしては髪を長く伸ばし、腰に剣を差している姿は「執事」と言うより「騎士」の方が合っている様に思う。


「何がです」

「気配を察知する能力だよ。王宮の騎士団の精鋭でも私が近づいても全く気がつかないからね」

「……そうですか。それだけ殺気がすごいのに」

「小さい頃から遊ぶように手合わせをしていたからかな。君以上の腕は私よりも上ではないかね」


 ロイさんの賛辞に、俺は思わず「ご冗談を」と鼻で笑いながら言うと、後ろにいたロイさんは俺の隣に座った。


 ――まぁ、ここにいる理由なんて大体予想は出来るけどな。


 時間はちょうど昼休み。通常は学園の関係者以外立ち入り禁止なのだが、こうしてここにいるという事は、ロアの使い出来たのだろう。


 ――たまに来ているしな。


「ははは、いつまでも老いぼれに縋られちゃいけないのさ」

「……」


 ――よく言うな。


 ロイさんは笑っているが、俺が思うにロイさんは自分で言うほど「年をとっている」とは思えない。


 ――それにしても、笑顔はどことなく元気がないな。


「俺の心配をしてくれるのか?」

「心配なんてしていませんよ。それにしても、一つ気になったのですが」

「なんだ?」

「いえ、ロイさんはいつもロアに付いているのでご家族の方はいらっしゃらないのかと」

「ああ。俺には妻も子供もいない」

「そっ、それは……すみません」


 ――しまった。コレは聞いたらいけなかった事だったか。


 俺は思わず自分の言った事を恥じたが、ロイさんは苦笑いをしながら「いや、気にしなくていい」と許してくれた。


「……妻と息子は昔。魔物に殺された。いくら周りが英雄だとか言ってもてはやしたところで、俺の価値は『家族を救ってやれなかったダメ親父』だ」

「……え」


 ――ちょっと待て。今『魔物』って言ったか?


 俺は思わずロイさんの言葉に耳を疑った。


 ――確か『魔物』って。


 この世界では『魔物』というモノが存在するらしい。

 人々は百年くらい前までその存在に怯えていたらしいが「魔物の主」という存在が人間側にある条件を提案したらしい。


 ――それが「人間同士で仲良く暮らす事」という事は授業でも習った。


 この条件は一見すると簡単そうに見えるモノだが、俺自身の幼少期を踏まえて考えると、この条件がいかに難しいか俺自身がよく分かっていた。

 期限は特にないらしいが、この条件を満たしていないと判断した時。魔物は今度こそ人間を滅ぼすというモノらしい。


 しかし、その条件が出されてかなり時間が経過しているらしく、人々の中には「こんな条件はなかった」と思っている人や、そもそもごく一部の人間しかその存在を見ていないとされているため、この話すら作り話とすら言われている。


「魔物は……本当に存在するのでしょうか。空想上の生物とすら言われていますが」

「――する。それは断言出来る」

「それは、ご家族を」


 ――殺されたから。


「そうじゃない。俺自身が見たからだ」


 ロイさんは断言した上に真剣な眼差しだ。


「そう……ですか」


 ――コレは嘘を言っている目じゃないな。


「それにしても」

「はい?」

「随分板に付いたな。敬語」


「それは……使い慣れれば誰でも」

「そうか? ロアはちょっと寂しそうにしていたけどな」

「ああ」


 そう、俺が色々と学ぶにつれ、話し方が変わってくると、ロアは少し寂しそうな顔をする。


「なんでも、遠くなった様な気がするそうですよ」


 俺がそう言うと、ロイさんは「ははは!」と笑った。


「……ところでノア。お前さん、今何年生になった」

「俺ですか? 二年生ですよ」


 実は俺は自分の誕生日はおろか自分の年齢を知らない。一応、拾われた当時医師に診てもらって「大体」の年齢は分かったが、正確な年齢は分からないままだ。


 だから、周囲の人間と俺の年齢が合っているのかは定かではない。


「二年……か。それじゃあ、あと一年は生きねぇとな」


 ――なっ、なんだ?


 ニッコリと笑うロイさんの顔がちょうど陽に当たってまぶしい。何と言うか……消えてしまいそうになるくらいに。


「なっ、何を言っているんですか。まだまだ元気でしょう」


 俺はすぐにハッとして言葉を返す。


「ははは、人生何があるか分からねぇぞ?」

「あなたがいなくなったらロアが悲しみます」


 そう、ロイさんはロア専属の護衛役も務めている。


 将来的には俺がなりたいところだが、今はまだ力も何も足りていない。


 ――せめてロイさんくらいの力はないとな。


「まぁ、そうだな。お前さんがちゃんと一人前になるまでは頑張らねぇとな」

「だから、そんな事を言わずにちゃんとおじいさんになるまで生き抜いてください」


 少し説教くさくなってしまった……と思いつつもそう言ってロイさんを見ると、今まで見た事がないほど穏やかな表情で「そうだな」と言って笑い、そのまま去ってしまった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 それから二年後、ロイさんはあっけなく逝ってしまった。


「……最期に何とか一本取れたんだけどな」


 空を見上げながら俺は小さく呟く。今日はロイさんと最期のお別れをした日と同じように青い空が広がる穏やか日だ。


 ――ロイさんは、ご家族に会えただろうか。


「ロイさん!?」

「よぉ、卒業おめでとう、ノア」


 卒業式の日。唐突に現れたロイさんは俺に手合わせを申し込んで来た。学園で一番の腕前になっていた俺としても自分のレベルを知りたくて団長の申し出を受けた。


「くっ!」


 ――やっぱり強い!


 繰り出される剣技はどれも鋭く、とても「年寄り」とは思えなかった。


 ――受け流すのが精一杯……だが!


 受け流す事が出来ているという事は、受け流してすぐに攻撃に転じる事も可能という事を意味している。


 ――それに、体力勝負になればまだこちらにも分があるいうモノだ!


 ロイさんが普通の男性という事は重々承知している。しかし、それでも寄る年端の波は避けられないというモノだ。


「っ!」

「はぁ、はぁ……取った!」


 その俺の予想は的中し、一瞬の隙を突いてロイさん喉元に剣が触れるか触れないかの絶妙なタイミングで俺は剣を止めた。


「そこまで! 勝者、ノア!」


 審判役を務めた教師の声が響き、俺はこの時初めてロイさんから一本を取る事が出来た……と実感をした。


 ――そこからあっという間だったな。


 卒業式を終えてからロイさんから色々と仕事を引き継いだ……のだが、ロイさんが倒れたのは俺がようやく一人で仕事が出来る様になったタイミングだった。


 ――亡くなった原因は「持病の悪化」か。


 何でも、この屋敷にいる頃から抱えている病だったそうだが、俺はその事を亡くなるギリギリまで知らなかった。


 ――いや、言われても分からない。そんな事を感じさせない程の強さを持った人だったな。


 棺に横たわっているロイさんは、本当に死んでいるのか分からないほど穏やかな表情をしていた。


 ――それこそ、すぐに目を覚ましそうな程に。


「本当、すごいよなぁ。何というか、誰にも迷惑をかけないように全てキッチリ終わらせて」


 それを考えると正直、俺はロイさんに一生敵わないような気がする。


 もしかしたら、俺が卒業してすぐに仕事を教えたのも自分の身に起きる事を察知しての事かも知れない。


 ――正直、それすら「ありえる」と思えてしまうな。


 なぜなら、生前ロイさんはずっと「自分の事は自分がよく分かっている」と言っていたからだ。


「……ノア」

「はい」

「これから、時間あるかしら」

「はい、ありますが」


 俺がそう言うと、ロアは「ちょっと着いて来て」とだけ言い、そのまま俺の手を引き何も言わず馬車に乗せたのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る