第2話 彼女と僕
僕は自分のベッドに座っている学園の聖女様と呼ばれる彼女を前に、ため息を吐いた。
「あら、ため息なんて失礼よ」
「失礼って……、なんでいつも僕より先にこの部屋に入ってるの?」
「だって、大樹くんと長い時間い喋りするにはこうするしかないじゃない?」
「鍵は……」
「ママさんから預かってるわ!」
彼女は悪戯が成功したかのような笑顔で、僕に鍵を見せる。
「母さんは本当に僕をなんだと思っているんだろう」
「可愛い息子でしょう?」
「大体、花音ちゃんも中三になってまでどうして僕に構うの? 確かに僕たちは幼馴染だけど……」
「やっと名前呼んでくれたわね! それに、いつも言ってるじゃない」
彼女は、にっこりと綺麗な顔で笑う。
「大樹くんが好きだからよ」
そう言う彼女の顔は、確かに学園の生徒が言うような聖女のような微笑みだった。部屋に来るたびにこの言葉を言われる身にもなって欲しい。
僕は顔の温度が上がるのを感じ、慌てて俯いた。
「照れてるの?」
「照れてないよ……」
自分でも嘘をつくのが下手だなと思った。顔の温度も下がったので、彼女に視線を戻す。彼女はニコニコと僕を観察していた。
「いつも好きっていうけどさ、本気じゃないのは分かってるから」
「私はいつでも本気よ?」
彼女は不思議そうに首を傾けている。
「なら、なんで……」
「……?」
彼女は僕の本当の気持なんか知らない。僕は昔、本気で花音のことが大好きだった。好きすぎて、気持ちをどうしても伝えたくて小学二年の時に告白したが、その時僕は彼女に振られている。
僕が黙っていると、彼女は僕のおでこに手をあてた。
「大丈夫? さっきも顔赤かったし、熱でもあるんじゃない?」
「ないよ……。大丈夫」
昔のことを思い出し、僕は虚しさを感じた。
「今日は課題をしなくちゃいけないんだ。だから今日は帰って?」
「でも……」
「明日は、夜ご飯一緒に食べよう? それならいい?」
「えっ本当に? 約束よ!」
そう言うと彼女は自身の指を僕の小指に絡めてきた。こういうところは昔から変わらないんだなと僕は思った。
「絶対よ! じゃあ、また明日ね。課題頑張って!」
彼女はそう言って、僕の部屋を出ていった。玄関の鍵が閉まる音を聞き、僕はベッドに寝ころんだ。
「僕がまた好きって言ったら、花音はどうするんだろう」
僕は目を閉じあの時の事を思い出した。忘れもしない小学二年の時の記憶だ。
親同士が仲が良かったため、生まれた時からずっと一緒だった。そしてあの時は、僕の家のリビングで二人で遊んでいた。何をして遊んでいたのかまでは思い出せない。でも僕はあの時彼女に自分の気持ちを伝えた。
「花音ちゃん!」
「なぁに? 大樹くん」
「僕、花音ちゃんが大好き! 結婚したいくらい!」
「え……、駄目だよ」
そこからの記憶はないが、母さんの話だと僕は大泣きしていたらしい。それにつられ花音ちゃんも大泣きして大変だったとそう言っていた。
僕はベッドから体を起こし、パンと自分の頬を叩いた。昔のことを思い出しても仕方がない。
「大体、花音ちゃんは学園の聖女様なんだ。僕なんかが釣り合うはずがない」
思っていることが口から零れていく。僕は机に向かい、夜遅くまで無心で課題の空欄を埋めていった。
「大樹―! 今日は早いな!」
教室に入ると、先に来ていた光に声をかけられた。
「光こそ、今日早いね。どうしたの?」
「昨日の小テストの出来が悪くて、課題が増やされてさ……」
光の机の上には、普段の倍くらいのプリントがあった。
「うわぁ……」
「分からなかったら、聞いても良いか?」
「いいけど、力になれるかは分からないよ?」
「ありがとう!」
そう言って、彼はまた課題に向かってカリカリと筆記具を動かしていた。二人で協力したこともあって、光の課題は時間ギリギリに提出することが出来た。
職員室に課題を提出した帰りに廊下を歩いていると、遠くのほうから花音ちゃんが歩いてくるのが見えた。
「聖女様だ! 今日はラッキーだな!」
「ラッキーって……」
そう言っている間に、彼女との距離は近くなった。
「聖女様―! おはよう!」
彼女は顔を上げ、花が咲くようなふわりとした笑顔で返事を返した。
「杉田くん、野村くん。おはよう」
野村くんという言葉にドキッとする。彼女に名字で呼ばれるのは久しぶりだった。光と彼女は楽しそうに会話をしていた。彼女の視線がふと僕に向けられる。視線が合うだけで僕の心臓はドクドクと激しく音を立てていた。
そう、僕はまだ彼女に恋をし続けている。
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