先はない

「宮子!宮子!」

 大きな声が名前を呼ぶ。

「先生呼んでくる!」

 聞き慣れた声が遠くなる。

 瞬いて視界を確認すると母親が泣きながらそこにいた。

「お母さん……?」

 何故泣いているのだろうか分からなかった。目だけで周りを見ると全く見知らぬ部屋で寝ていることに気付いた。

 飾り気のない天井。薄っすらピンクが入ったそれなりの年季を感じる長いカーテン。そのカーテンは天井から吊るされたレールから垂れている。まるで保健室のようだ。

「よかった……覚えてる?」

 何を? と問う前にふっと記憶が湧いてきた。

 日直でいつもより帰りが遅くなった。暗くなった帰り道を少し急ぎ足で歩いていて……背後から凄まじい音を聞いた。

 そこから先はない。でも、なんとなく分かる。きっと交通事故に巻き込まれたのだ。

「あれ……?」

「どうかしたの?」

 凄まじい音がして、そこから先はない。

 先はない。

「……ううん。なんでもない」

 先はない。

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先はない 東雲 @sikimura

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