ラスボスと悲劇のヒロイン

 真っ赤な世界を三人は歩いていた。

 アナスタシアは別の世界から逃げてきたのだと宮子に語った。

「私の世界には神に仕える聖女がいます。私はその聖女に選ばれました」

 そう話す横顔は誇らしさも寂しさも見えなかった。まるで記述されたことをそのまま読み上げているかのよう。

「だが、そんな崇高なものじゃない。実際はただの生贄だ」

 冷たく怒気の籠もった声で繋ぐマクベスは見るからに怒っていた。

 神に仕える聖女はその命を捧げる。聖女の命が世界を浄化し、育む。世界の為の生贄。だからアナスタシアを守る為にマクベスは逃げてきたのだと説明してくれた。

「ミヤコの世界にはないのか」

「生贄?昔はあったみたいだけど今はないよ。人殺しはどんな理由があっても犯罪になるからね」

 日本に限らず全世界を見たらあるいはと思ったがそれは今伝えることでもない。

 マクベスも何処か安堵したような様子を見せる。行った先でも同じようなことがあれば狙われかねないからだろう。

 そんな二人を横目見てから宮子は小さく息を吐いた。

 マクベスとアナスタシア。名前に聞き覚えがあると思っていたのは間違ってはいなかった。見た目にも面差しが残っており、話を聞いて確信した。

 二人は宮子の知るゲームキャラクターの名前だ。

 有名作でシリーズもある第一作。全ての始まりの作品。ただし、二人は主人公ではない。ましてアナスタシアはゲーム内に登場したことはない。名前だけの存在。

 マクベスはラスボスだ。

 愛する少女を犠牲にされた少年はそれでも一度は諦めた。けれど犠牲にされた後に世界は戦争が起こり、一緒に生きた村も、大事に育てた花々も焼き尽くされて荒廃していった。アナスタシアの命は無駄にされ、世界を憎んだ少年は人を憎み、少女の命を無駄にしまいと犠牲のある世界を存続させるだけの魔王に変わり果てた。その世界の一欠片に少女を見出して。

 それでもラスボスはラスボス。悪役は滅びる運命。やはり主人公に倒され、世界は奇跡の力で犠牲のない世界ができました。というハッピーエンドだった。

 約束された結末の二人が夢にいる。

 近年ありふれた異世界転生ものの逆を彼等はしようとしているのかもしれない。本来の世界で悪役でも、異世界なら主人公になれる。主人公になれなくても悪役ではなくなる。滅びる結末ではなくなる。

 その方がいい。

 宮子は別にマクベスが嫌いではなかった。一番大切な人を見殺しされた上にそれを無碍にされたら誰だって怒る。それは当然のこと。加えて、主人公にのみ奇跡が起きた。ヒロインもまた聖女に選ばれ犠牲になるはずだった。主人公には許されて、何故マクベスは許されなかったのか。

 主人公ではなかったから。多分それが答えなのだろう。彼等は既に出来ていたシナリオ通りにしか動けない。作者がそう決めたのだから。完成した物語は変わらない。

 しかし、と宮子は二人を見る。

 夢の中であれ二人はそこにいて話している。抜け出した安堵から笑顔すらふいに見られる。いざ並んで分かった。ゲームの中といえど二人はまだ自身より年下の子供で、悲しい思いをする必要なんかないのだと。それならせめて、こちらに来るまでを見届けたい。

「二人はこっちに来たら何をしたい?」

 そんな問いに二人は宮子を見つめた。その顔はきょとんとして子供らしいものだ。

「遊ぶところはいっぱいあるから。向こうとはまるで違うからそもそも見たら驚くかな」

 ゲームは王道ファンタジーの典型的な世界観だから現代のビルやら車やらはきっととんでもないものだろう。魔法の有無さえなければ数百年は先の文明だなのだから。

「……私、お花を見たい」

 しばらくきょとん顔だったアナスタシアは呟くように言うと顔を綻ばせた。

「たくさんのお花を見てみたい。マクベスと一緒に」

 優しく花が咲くように微笑む。

「そっか。植物園とかなら世界中の花とか見られるし……あ、テレビで見たネモフィラ畑とかも好きかな」

「ネモフィラ?」

「私も実物は見たことないけど青い花で、それが丘一面に咲いていて。青空の日とかはすごいんだって」

「そうなの?素敵だわ」

 年相応の笑みを浮かべる。それは楽しそうなもので宮子もつられて笑顔になる。

「マクベスは?」

 視線を奥に向けると不意打ちでも食らったような顔を一瞬見せる。それから少し思考してみせると小さく答えた。

「アナスタシアと一緒ならなんでも」

 そうアナスタシアに微笑みかける。向けられた方は目を瞬かせてから頬を薄っすら赤く染めて笑い返した。

 両思いだな。宮子は苦笑を押し隠しす。笑ったと思われたらおよそマクベスから睨みつけられるのはこの短時間で学んだ。

 実際、二人がこちらに来ることができてもきっと色々面倒なことにはなるだろう。まだ未成年。中学生程度だから保護の対象にはなるからまだマシではあるかもしれないが。

 そこで夢の話に現実を入れてもか。と一度頭を振った。

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