朝
「本当に行くの?」
シャクティが声を押し殺して聞いてきた。バーリは黙って小さくうなづく。
「やっぱり城に着くまでは陰から見てることにするよ。」
それがいいわね、と言ってシャクティは姿を消した。
あの時、祭壇の前でファルの涙を見て、バーリは正体がバレたかと一瞬冷や汗をかいた。その前さんざん自分は偽者なのかと繰り返し思っていたからで、いつのまにかそれを口に出してやしなかっただろうかと大変心配になったからだった。
しかしどうやらそういうわけでもなかったようで、立ち上がりバーリに近付くなりファルは少しだけ震える声で、ありがとうございます兄者様、と小さな声で言った。早まって余計なことしなくて本当によかった。
「姉者様もきっと喜んでいらっしゃると思います。」
そう言われて自分が何と怒鳴ったかを思い出し、バーリはまた違う冷や汗をかいた。あんなことを口にするなんて我ながら信じられない。
とはいえ言ってしまった一種の爽快感と、感涙にむせんでくれているファルの姿に心暖まるものを感じ、それでもその一方でやはり、バーリは釈然としないものを感じてもいた。
やはり自分は試されたのだろうか?これは何かのテストだったのだろうか。そう思うと何やら気分が悪くなってくる。これも受け流せばいいのだろうが、どうやらそれが出来ない性分だ。このまま宮廷暮らしはやっぱりどうも無理だろう。しつこいようだがラーダーナもいないのに。
改めてバーリはこのまま出奔する決心を固めた。最後の野宿、ここからなら半日も行けば城に着く。やっぱりうしろからこっそり付いて行くことにもしたし(彼女に気付かれないようにするのは至極難しいと思われたが)、ファルは無事にうちに戻っていくだろう。目覚めてバーリがいないことが判ればそりゃあ彼女驚くかもしれないが、まるっきりの子どもってわけでもないんだしそんなに心配もいらないはずだ。
“さよなら、ファル。”
バーリは足音を忍ばせて外に向かった。後ろで小さな音がした気がして振り返ってみたが変わりは何もなく、白いカーテン一枚へだてた向こうには、ファルがひとりすやすやと目を閉じてそこにいるだけだと思われた。
しかし。
バーリは踵を返すと、再びカーテンをめくってファルのそばに行き膝をついた。
「ファル。」
ファルはぴくりとも動かない。バーリはもう一度その名を呼ぶ。
「ファル?」
しばらく待ってみる。
ようやっとファルはその円らな瞳をそっと開いた。その拍子に露の玉のような涙がほろりと落ちた。
「起きてたのか。」
ファルは黙ってこくんとうなづいた。身体を起こしその場に座り込む。
「兄者様、どうぞこのままお越し下さいませ。」
ファルはいつもよりすこし小さな声でそう言った。
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