鏡
どうにか取り戻した視界の中、そこにはやたら見慣れた、しゃらしゃらいう布をまとったしなやかな姿が、きつい目で獅子をにらみ下ろして空に浮いていた。
「やっぱりやめた。あなたには、もすこし生きてもらうわ。わたしの分までね。」
「やっぱりって・・」
すると途中までは“その気”があったってことだろうか?バーリは気になったがこの際細かい詮索は無用だった。
「バーリ!」
「よし!」
シャクティはふわりとバーリのうしろに舞い降りた。足はまだ地面のすこし上に浮いている。ふたりは呼吸をあわせ、一瞬目を閉じた。
「はっ!」
バーリとシャクティは気合いのこもった声を同時に発した。ふたりのからだから一気に、さきほどシャクティが出した光とは比べものにならないくらいの光が放射された。すべてを溶かすほどの熱がかかっている。獅子の吠える声が聞こえたような気がした。しかしそれは空耳かもしれなかった。
ごおっと風がうなり、ふたりの髪を舞わせたが、バーリもシャクティも熱を感じることはなかった。ふっ、と突然あたりは元の静けさを取り戻し、そこには熱さえもう残ってはいなかった。近くの岩壁にすこしばかり焦げ跡がついただけだった。獅子の姿はどこにもなかった。
「魔獣はあとに残らないのね。」
シャクティが周りを見回して言った。ふたりの熱線は主に対象物だけに作用する。まわりの余計なものまで燃やしてしまう心配はそのため、ない。普通なら対象物の焼けたあとは残るのだが、魔獣はそのまま消え去ってしまうらしい。
「シャクティ・・」
「挨拶はあとっ。扉開いてるわよ、先に行きなさい。可愛い妹が心配しててよ。」
「・・ああ。」
シャクティに促されてバーリは次の間に入った。そこはまた小さな部屋で、正面突き当たりにごく簡素な祭壇とおぼしきものがあった。ファルの姿はないようだ。
バーリはそこにあった鏡のひとつに手を伸ばした。質素な飾りの金の縁のそれには、表面にラーダーナの名がきれいな飾り文字で彫り込まれている。派手さはないがあきらかに上質の金、上質の細工である。これがラーダーナの鏡か・・。
「?」
おかしいな。
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